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魂の次元で響かせる――第54回文藝賞受賞作『おらおらでひとりいぐも』 選考委員・町田康氏贈呈式スピーチ

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魂の次元で響かせる――第54回文藝賞受賞作『おらおらでひとりいぐも』 選考委員・町田康氏贈呈式スピーチ

 

小説を読んだり音楽を聴いたりする時に、何か違うな、ピンとこないな、ということがあります。また、音楽を演奏する時にも、何かいまひとつだな、ノリが違うなということがあって、それが何故ダメなのか、何故心に響かないのかということまで、ふつう深くは考えずにいます。
何故そうなのかを分析すると、三つのポイントがあります。たとえば音楽でいえば、まず一つは演奏者に技術が無いということです。
一方で、技術はあるけれども……という場合もあって、つまりある程度評価もされている演奏者だし、一流の音楽家と一緒に共演した実績もあって、技術が無いはずはない、おかしいな、と。何故ダメなのか。そうか、わかった、センスがないんだ!……ということもあります。ただ、技術に関しては練習すればうまくなるし、センスは天性のものもありますが、普段聴く音楽などで磨く努力はできます。
もっと深いバックグラウンドにあるもの、これが三つめで、最も重要なポイントだと私は思うのですが、人格なんです。その人の人間性です。人間性がイマイチだと、書くものもイマイチになるんです。
もちろん、世の中には技術とセンスだけでカバーできることもあります。たとえば、ある女性と親密な一夜を過ごしたいという目的がある場合、豪華なディナーを食べながら素敵なジャズを聴くのなら、演奏者の技術とセンスだけでその目的を満たすことができるかもしれない。
しかし、もっと深く、魂の次元で響くようなものを聴きたいという時は、どうしても人格が必要になります。人格というのは、その人が何を考えてどういう人間観を持っているのか、ということです。その人が普段どんな音楽を聴いているのかや、どんな小説を読んでいるのかと同じように、何を考えて生きているのかが、ものすごく重要になるんです。自分というものを、そして他人というものを、その人がどういうふうにとらえているのか。そこが、技術やセンス以前の、物事を魂のレベルで響かせる時の、最大のポイントです。
僕が今回の受賞作を一番素晴らしいと思った点はそこです。つまり、あらかじめ持っている文章の技術、言葉のセンスや感覚があって、しかしそれ以前に自分について、そして他人について、どういうふうに考えているのか、そのための問いと答えが、小説のなかで絶え間なく描かれているところです。
自分自身の人間観を問うのは、ものすごく厳しいことだと思います。あらかじめ問いを用意したうえで、それに合わせて技術とセンスで小説を書くのではなく、問いそのものがこの小説のなかには表れています。また、問いに対する結論を描くのではなく、答えが絶えず新たな問いを生み、また別の答えが出てくる。こうした、ものすごく深い所でのダイアローグがこの小説のなかでは成立している。そこが、僕が一番心を打たれた点です。
こんなに良い作品を受賞作にできて、本当に幸せだと思いました。若竹さん、ありがとうございました。若竹さん、おめでとうございます。

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