★まるごと1話試し読み★「5分シリーズ」創刊一周年記念!『5分後に恋するラスト』収録「放課後スピーチ」

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★まるごと1話試し読み★「5分シリーズ」創刊一周年記念!『5分後に恋するラスト』収録「放課後スピーチ」

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「放課後スピーチ」 ノライノウエ

 

第一章 藤川(ふじかわ)君

お店の窓からは、終わりかけの桜並木がぼんやりと見えた。
よくよく目を凝(こ)らしてみると、枝々にピンク色の花びらが、微(わず)かにしがみついている。
頑張(がんば)っている春を、ちょっとだけ応援(おうえん)したくなった。
中学に入学して以降、私の視力は下がる一方だった。
二年に進級してすぐの視力検査では、案の定、新しいメガネを作るようにと言われた。
お母さんは「今日はあなたの誕生日だから、ちょうど良かったじゃない」と、プレゼントのつもりで、近くのメガネ屋に私を引っ張っていった。
「他で買い物をしているから、その間に決めておいてね」
長時間、鏡と格闘(かくとう)している私を見て、母親はそう言って、お店を出ていった。
鏡を見ながらいつも思う。
メガネは家と同じ気がする。
土台が悪いと良い家も建たない。
だから美人が羨(うらや)ましい。
土台がしっかりしてるから、きっとどんなメガネでも似合うのだろう。
そんなことを考えながら唸(うな)っていると、「これなんかどう?」と突然(とつぜん)声を掛(か)けられた。
私は慌(あわ)てた。思わずお店を飛び出したくなった。
同じクラスの藤川君だった。
なぜ藤川君が、こんなところにいるのか。
「おばあちゃんの付き添(そ)いなんだよ」
藤川君は店内のイスに座っているおばあちゃんを指さした。
「野山(のやま)、新しいの作るの?」
「う、うん」
「これなんか、いいんじゃないか?」
藤川君は手に持っていたメガネを、再度私に勧(すす)めた。
「あ、ありがとう」
言われるがまま、かけてみる。
心の動揺(どうよう)がおさまらないので、鏡をのぞき込(こ)んでも、似合っているのか、似合っていないのか、正直さっぱりわからない。
「何でも買ってやるって、おばあちゃんに言われてついてきたんだけど、まずは自分の用事を済ませてからだ、なんてさ。だまされちゃったなぁ」
藤川君はボヤきながらも、次々と私にメガネを渡(わた)す。
私は流れ作業のように試着していく。
時折、私の顔をのぞき込む、藤川君の顔が眩(まぶ)しく、視線を逸(そ)らさずにはいられなかった。
「今日俺(おれ)の誕生日なのにさ」
試着中だったメガネのタグが、思いっきり揺(ゆ)れた。
「藤川君も今日誕生日なの?」
「え、野山も?」
「うん」
何だか運命すら感じてしまった。
藤川君も、ものすごく驚(おどろ)いていた。
「そうなんだぁ。生まれた時間は?」
「時間?」
「そうだよ、何時何分に生まれたの?」
正直、よくは覚えていなかったが、前にお母さんと話していて、何となく話題に上がったことがあった。
予定日が終わる寸前に、陣痛(じんつう)が来て、予定日ピッタリに、ギリギリに生まれてきたから、この子は、律儀(りちぎ)で真面目な子なんだねぇ、と看護士さんが感心していた、なんて言っていたっけ、そういえば。
「二十三時くらいかなぁ」
「じゃあ、俺のほうが兄貴だな」
藤川君はそう言って微笑(ほほえ)んだ。
でも、メガネを選ぶスピードは一向に緩(ゆる)まない。
私の試着はだいぶ遅(おく)れ、メガネが渋滞(じゅうたい)していた。
あわあわと、鏡を見ていると、突然、藤川君が「それいいじゃん」と言った。
「そ、そうかなぁ……」
私は自信なさげにそう返した。
「今、着けているやつが一番いいよ」
藤川君は無邪気(むじゃき)な笑顔を浮(う)かべた。
「じゃあこれにしようかなぁ」
「そうしなよ」
「うん」
お礼を言おうとしたが、藤川君は、私のほうをもう見ていなかった。
「ちょうど、おばあちゃん終わったみたいだ」と、私が止める間もなく、藤川君は手を振(ふ)り、足早に去っていった。
藤川君推薦(すいせん)のメガネを片手に、お礼を言い損ねてしまったと、果てしなく落ち込んだ。

第二章 日直

幸せな日の翌日に、不幸せな日は訪れる。
あまりにも憂鬱(ゆううつ)な日の始まりだった。
登校中、昨日お店から見えた桜並木を通った。
昨日の深夜から明け方にかけて、大雨が降り、頑張っていた桜は全部散ってしまった。
ため息をつきながら、花びらが無数に張り付くタイル張りの道を歩いた。
花びらを、なるべく踏(ふ)まないように歩こうと決めたが、それは、なかなか難しかった。
今日は進級して、最初の日直の日だった。
日直だから最低な日──。
大袈裟(おおげさ)かもしれないが、そうなのだ。
授業前の号令をかけたり、黒板を掃除(そうじ)したり、日誌を書いたりと、そこまでは別に憂鬱ではないのだが、日直には最大最悪の仕事がある。
帰りのホームルームに行う一分間スピーチだ。
毎回、担任の先生に決められたテーマごとに話す。
私はこれが一年生の時から憂鬱で仕方なかった。
いつまで経ってもみんなの前に出て、話すことに慣れない。
教壇(きょうだん)に立ち、みんなの前で話しているうちに、声どころか、体まで震(ふる)えてくるし、視界は歪(ゆが)み、自分で何をしゃべっているのかも分からなくなる。
それに今回は同じクラスに藤川君がいるのだ。
緊張(きんちょう)しないほうがおかしかった。
「私、緊張しいだから、もう最悪だよぉ」
登校中一緒(いっしょ)になった、明美(あけみ)に愚痴(ぐち)を言ってみた。
「そんなに大袈裟に考えなくてもさぁ」
「考えるよぉ、なんか年々、緊張が増してきてる気がする」
「適当でいいんだって、一分なんてあっと言う間なんだから」
「それにね、昨日からメガネも変えちゃって……」
「あ、やっぱり。いいよね、そのメガネ。よく似合う」
明美に褒(ほ)められて嬉(うれ)しい。明美はおしゃれだから。
それに藤川君のセンスも同時に褒められているみたいで、さらに嬉しい。
「ありがとう」
「メガネ変えたことと、緊張って関係あるの?」
「あるよ。度数上がってるから、視界がめちゃめちゃクリアなの」
ただでさえ緊張体質なのに、あまりにも周りが良く見えすぎるせいで、さらに緊張に拍車(はくしゃ)がかかるのではないかと、今から気が気ではない。
「どうしよう」
「スピーチするときだけ、メガネ外したら?」
「うーん……」
「だめ?」
「不自然すぎない?」
「そうかなぁ」
中学に入学して以降、ずっとメガネキャラの私がスピーチの時だけ、メガネを外していたら、あまりにも不自然すぎる気がする。
「じゃあ、他にいい方法でも?」
明美にそう聞かれたが、何も返せなかった。

第三章 スピーチ

帰りのホームルーム──。スピーチの時間がやってきた。
心臓がバクバクいっている。手には汗(あせ)がにじみ、小刻みな体の震えが止まらない。
「日直の野山、一分間スピーチよろしく」
担任の先生に言われ、私は教壇の上に立った。
一番前の席に座っている明美が、小さな声で「頑張れ」と言った。
私は明美に向かって小さく頷(うなず)いた。
「じゃあ、スタート」
私はゆっくりとメガネを外した。
「私のた、宝物はこのメガネです」
そう言って、外したメガネを掲(かか)げながら、みんなに見せた。
今回のスピーチのテーマが「私の宝物」で助かった。
このメガネが宝物だったら、自然にメガネを外せる。
みんなにこの宝物を見てもらうために。
そしてこのメガネは宝物に間違(まちが)いなかった。
裸眼(らがん)だと視力は極端(きょくたん)に悪い。みんなの顔はぼやけて見える。
誰(だれ)が誰だか、どんな顔をして聞いているのかも、はっきりしない。
お酒を飲んだことがないから分からないけど、酔(よ)っぱらった感覚に似ているのかもしれない。
目が見えないとまるで別世界で、少しだけ大胆(だいたん)になれる。
緊張はなかった。
あとは、事前に考えたスピーチの内容をつっかえないようにゆっくりと言うだけだった。
メガネの自分が嫌(きら)いだったけど、これは自分でも気に入っていること──。
友達からも褒められて、メガネの自分が少し好きになれたこと──。
今日はこれを着けて登校することが楽しかったこと──。
そんな話をした。
「きっと選んでくれた人のセンスが良かったんだと思います」
藤川君に面と向かって、お礼が言えなかったから、この場を借りて言ってしまった。
普段(ふだん)だったら絶対に言えないだろう。
「はい、ありがとう」
担任の先生がそう言うと、教室にパチパチとまばらな拍手(はくしゅ)が響(ひび)いた。
私はすぐさま教壇から離(はな)れたかったが、それは許されなかった。
スピーチの後、少しだけ先生の質問が入るのが恒例(こうれい)となっているのだ。
「ちなみにそのメガネは誰が選んでくれたの?」
先生の素朴(そぼく)な疑問だった。
まさか、クラスの藤川君に選んでもらいましたなんて、言えない。
明美にだって藤川君のことは何一つ教えていないのだ。
「誰?」
どうしよう──。
「家族?」
先生の追及(ついきゅう)に、少しパニックになった私は、とんでもないことを思わず口走ってしまった。
「そうですね。た、大切な人です」
自分でも何を言っているのか、分からなかった。
ぼんやりとしか教室が見えないことをいいことに、藤川君のほうを見て、そう言ってしまった。
藤川君は、どんな表情でこの話を聞いているのだろうか。
「大切な人って、お父さん? お母さん?」
「い、いえ、お兄さん……です」
「あれー、友菜、お兄さんなんていたっけ?」
明美がそう聞いてきた。
私は藤川君のほうを見ないように「親戚(しんせき)の……」と誤魔化(ごまか)した。
「確かに大切なお兄ちゃんがくれた宝物なんだろう。今日は授業そっちの気(け)で、メガネの掃除ばっかりしてたからなぁ」
先生がそう言うと、教室に笑いが溢(あふ)れた。
自分でも真っ赤になっているのが分かるくらい、顔が熱かった。

第四章 放課後

あの後、藤川君の顔は全く見られなかった。
放課後、私は一人、日誌に向かっていた。
ペン先が震えているのが分かる。
あまりにも震えるので、日誌の余白は全く埋(う)まらない。
ただでさえ日誌を書くのが苦手なのに、こんな状態じゃいつまで経っても終わりが見えない。
ペンを置き、天を仰(あお)いだ。
あの時、言った瞬間(しゅんかん)、後悔(こうかい)はなかった。
でも今思い返せば、なぜあんなことを言ってしまったのか。
あんな大胆なことがよくできたものだと、悶(もだ)え、叫(さけ)びたくなった。
「やっぱりさぁ、そのメガネ似合うよ」
誰もいない放課後の教室に覚えのある声が響いた。
藤川君だった。
藤川君がそばにやってきて、近くのイスに座った。
私は何が起こっているのか、これは現実なのか夢の中なのか、理解できなかった。
思わずメガネを外した。
「褒めてるのに、なんで外すの?」
藤川君は私の顔をのぞき込み、笑いながら言う。
「……するから」
「え?」
私は顔を上げた。
藤川君の顔が思いの外、近くにあった。
これだけ近いと、いくら視力が悪くても、顔立ちが良く分かる。
恥(は)ずかしさで、ちょっと泣きそうだった。
「緊張するから……」
私はまた目を伏(ふ)せた。
「緊張すると外すって、何か関係あるの?」
「外すとね……」
自分の声が震えているのがよく分かった。
「外すと、視界がぼけて、夢見心地な感じになって、そんなに緊張しなくなるの……」
「へぇ、そんなもんなのかね」
「私、緊張しいだから」
藤川君は大きく息を吸い、そして吐(は)いた。
「……。俺にもメガネあったらいいのにな」
「え?」
「俺、今、めっちゃ緊張してるから」
私は何も言えなかったし、顔を上げることができなかった。
「これから大事なこと言わなきゃいけないから」
藤川君の声も微かに震えていた。

「ずいぶんと遅(おそ)かったなぁ」
職員室に日誌を持っていくと、担任の先生はそう言った。
先生は日誌をパラパラとめくり、「でも、時間かけたせいか、よく書けているな」と言った。
「すみません、遅くなりまして……」
先生の言う通りだという自覚があった。
今日の日誌には素敵な言葉や表現が溢れていると思うし、最後に書き込んだ日付には、いつも以上に力が入っていた。
特別な日になったから。
日誌を提出し、校門を出ると藤川君が待っていてくれた。
私たちは散り散りになった桜並木を、並んで歩いていた。
閑散(かんさん)とした桜並木のように、二人の間にも会話はなかった。
普段は饒舌(じょうぜつ)な藤川君も、恥ずかしそうに、上を向いたりするばかりだった。
間が持たないなぁ──。
私がまたメガネを外そうとすると、藤川君が「もう緊張しないでしょ、さすがに」と笑った。
それでも私はメガネを外した。
「先が思いやられるよ」と藤川君はため息を漏(も)らした。
「別に緊張しているわけじゃなくて」
「じゃあ、何で? 似合ってるのに」
「今、見えないから」
「え?」
私は藤川君の親指をそっと握(にぎ)った。
「見えないから。ちゃんと連れてってね」
藤川君は何も言わなかった。
何も言わず、ゆっくりと私の手を握り返し、緑色に変わった桜並木を照れくさそうに見上げていた。

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エブリスタ

「エブリスタ」は、国内最大級の小説投稿サイト。『王様ゲーム』『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』など、書籍化に留まらず、コミックやゲーム、実写映画やTVアニメに展開される作品を次々生み出している。

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