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“無職太郎”が欲しくもない「あなたへのおすすめ」を返品するため大冒険! もうすぐ現実になる?超監視&スコア化社会を描く爆笑ディストピア小説。

恋人や趣味までアルゴリズムで決定される究極の格付社会で、「役立たず」階級認定された主人公が欠陥ロボットを従えて権力に立ち向かうドイツ発の大ベストセラー『クオリティランド』邦訳版が8月末、日本で刊行されました。
発売を記念して、本作の魅力がぎゅっと凝縮された訳者あとがきを公開します。訳者は『帰ってきたヒトラー』の翻訳も担当した森内薫さんです。

 

「あなたへのおすすめ」というやつがある。アマゾンにも、ユーチューブにも、ツイッターにも、インスタグラムにも。
 ときどき、「なぜこんなものをすすめてくるのだろう?」とムッとしたり、首を傾げたりする。「なぜ知っているのだろう?(家族と話題にしただけなのに/ネットで検索していないのに)」と不気味に思うこともある。
 ただの手違いなのだろう、と思う。あるいはただの偶然だと。
 でも、それが「手違い」でも「偶然」でもなかったら? 注文もしておらず、ほしいと思ったことさえない「あなたへのおすすめ」が勝手に送られてきて、どうやってもそれを送り返すことができなかったら?

 

 本書『クオリティランド』で描かれるのはそういう世界だ。舞台は、おそらく近未来のドイツと思われる国家。国の名前は「クオリティランド」に改められ、町の名前も人々の名字も改められ、男の子は男親の職業名を、女の子は女親の職業名を名字にするように定められている。国民はさまざまな情報をもとに1から100までのレベルに細かくランク分けされている。町中を走り回る流しの自動運転車は、住所を告げられなくても人々を目的地まで迅速に送り届ける。仕事も人間関係も余暇も、すべてがアルゴリズムによって最適化され、人々の全データを掌握する世界最大のオンライン・リテーラー「ザ・ショップ」は、人々の望んでいる商品をドローンで配達する。人々はみずから注文をしなくても、自分が意識下で──あるいは無意識下で──望んだ商品を送り届けられる。いっぽう、消費保護法(消費者保護法ではない。念のため)の施行によって機械の修理が禁止されたため、ロボットもアンドロイドも自動運転車もスクラップを恐れ、自分の欠陥をひた隠しにしている。

 

 本書の主人公である青年、ペーター・ジョブレス(日本語にするなら「無職太郎」か)の「レベル」は10。社会からギリギリまともに扱われるレベルだ。しかし、ある出来事を機にペーターは1桁の、いわゆる「役立たず」のレベルに転落する。そんな彼のもとに、ある「望んでいない」商品が届く。コールセンターに電話をしても、サービスセンターに足を運んでも、返品は受け入れられない。相手の主張は「それはあなたの望んでいるものだ」の一点張りだ。こうしてペーターは、「望んでいない」商品を突き返すために、強大なシステムに戦いを挑むことになる。超監視社会を風刺的に描いている点はむろんジョージ・オーウェルの『1984』を想起させるが、後半ではどこか『オズの魔法使い』を思わせる冒険が繰り広げられる本書は、いうなれば「愉快なディストピア小説」だ。

 ドイツで2017年に発表され、ベストセラーになり、2018年にはドイツSF大賞の第一位に輝いた本書『クオリティランド』(原題『Qualityland』)の作者、マルク=ウヴェ・クリングはどんな人物かというと──

 かなり変わった人らしい。

 1982年、ドイツ・シュトゥットガルトに生まれる。ベルリン自由大学で哲学と演劇学を学ぶ。ウィキペディアによれば現在の肩書は、ソングライター、作家、カバレティスト。カバレティストとは、ドイツのお笑いの主流である風刺漫談「カバレット」を行う芸人さんのことだ。カバレティストとしての活動を2003年からベルリンを中心に開始し、2004年には朗読と歌のコラボレーション企画をスタートさせる。2005年には、2名のカバレティストおよびバンドと組んで全国ツアーに乗り出し、チケットは毎回ほぼ完売という人気を誇る。そのほかに人気ボードゲームの制作などもしているから、本当に多芸な人である。

 

 そんなクリングが初めて発表した書籍は、2009年からラジオで放送したコメディ「カンガルー通信」を書籍化した『カンガルー・クロニクル』(未邦訳)だ。主人公マルク=ウヴェ・クリングと隣に越してきたカンガルーとの日常生活を面白おかしく描いたこの小説は、2010年の第一巻発売以来、カンガルー・シリーズとしてさらに第四巻まで発売され、作者自身の読み上げによるCDとともに大ベストセラーになった。ちなみに本書『クオリティランド』の末尾に出てくる短い一節は、このシリーズの一節をもじったものだ(カンガルーは共産主義者で、ロックバンド「ニルヴァーナ」の熱烈なファンである)。

 

 カンガルー・シリーズに続く第二の長編として発表されたのが本書『クオリティランド』だが、クリングはこの本を「ダーク版」と「ライト版」の二種類で同時に発売した。ダーク版もライト版も物語自体はまったく同じだが、章の合間に挟まれる広告やニュース記事(黒地に白い文字のページ)が、ダーク版はより辛辣な内容になっている。『ディー・ツァイト』紙によれば、クリングはプレス宛てに手紙を──メールではなく、紙に書いた古典的な手紙を──送り、二つの版を出した経緯を説明している。彼によればダーク版は悲観主義者向けで、ライト版は楽観主義者向けだという。本当ならば二つではなく、読者の好みに合わせた数千の版をつくりたかったというクリングの言葉が示すように、これは、ニュース記事や広告の個別化という現代的な現象を皮肉ったつくりと言えるだろう。ドイツで読者の反響が圧倒的に多いのはダーク版のほうであり、日本語版をつくるさいにもこちらを底本とした。

 

 この『クオリティランド』もカンガルー・シリーズと同様、作者の読み上げによるCDとともに大ヒットし、クリングはドイツ全国で朗読パフォーマンスを行っている。2019年三月にはアメリカのケーブルテレビ局HBOが、同作のテレビシリーズ化を発表した。
 本書の内容に話を戻そう。本書には、「望んでいない」商品に加えて、もうひとつ大きなテーマがある。それは「アンドロイドを国政のトップに据える」というものだ。クオリティランドの政治を連立で担ってきた二大与党のひとつは、次期大統領選を控えて連立の解消を宣言する。そして、人望のない現党首の代わりに大統領候補に据えられたのが、映画『インデペンデンス・デイ』の大統領役に似た外見をもつ知的なアンドロイド、ジョン・オブ・アスだ。党が選挙戦のために掲げたスローガンは「機械は過ちを犯さない」だ。

 

 ジョン・オブ・アスは人々の注目を集め、選挙戦の滑り出しは上々に思われた。だが、完ぺきな記憶力をもち、けっして過ちを犯さないジョンは、「人々のため」の政策を一貫して説き続け、徐々に党の思惑とは外れた〝失言〟をするようになる。ジョンのその後は物語の重要なポイントであるため、あえてここで言及はしない。それはともかく、政治にまつわる本書の描写はきわめて辛辣で、読む者を笑わせずにおかない。だが、現実の政治はこれほど空疎で喜劇じみてはいないと、私たちは果たして言い切ることができるのだろうか?

 

 もうひとつ特筆すべきは、本書に書かれている内容のいくつかが文字通り、現実になり始めている点だろう。最初に原書を読んだとき、私はただ単純に面白がり、笑っていた。だが翻訳を進めるうちに、「現実が小説に猛スピードで追いついてきている」という気味の悪さを感じるようになった。本書に描かれている「超監視社会」や「スコア化社会」は、もはや絵空事ではなく現実の話になりつつある。たとえば中国では、ラオライ・マップ(老頼地図)というアプリを使えば誰でも、現在位置から半径500メートル以内に住む借金滞納者を表示することができる。人々はこの情報を参考に物件選びをし、借金滞納者はこの地図上に登録されるとブラックリスト扱いになり、生活上さまざまな不利を被るという。また、中国最大のネット通販会社・アリババグループの関連企業が開発した個人信用評価システム「信用」は、細かな個人情報をもとに人々の信用度を点数化する。そしてこの「芝麻信用」の点数が就職やパートナー選びの材料にされているらしい。

 こうした個人の信用のスコア化は日本でも徐々に導入されつつあり、それはこの先もおそらく止まることのない流れだろう。そこに何がしかのメリットがあるのはたしかだが、本書で戯画的に描かれているような、たとえば「本人の知らないところでデータに誤りが生じていたらどうするのか」「何かの事情で負のスパイラルに入ってしまった人はどうなるのか」などの問題があることも事実だ。こうした負の側面に対応するため、たとえばEU(欧州連合)はGDPR(一般データ保護規則)という新しい規制を導入し、個人のデータやプライバシーの保護を強化している。同規則では、AIなど自動処理のみにもとづいて採用や与信のような重要な決定が下されない権利が明文化されている。米国カリフォルニア州でもこれと同じ流れの、CCPA(カリフォルニア州消費者個人情報保護法)という州法がすでに制定され、2020年から施行される予定だ。日本はまだこうした危機意識が薄いかもしれない。

「超監視社会」や「スコア化社会」の出現に私個人はやはり恐怖を感じるし、人格や心の中までアルゴリズムに評価されたり監視されたりしたくはないと思う。本書を通じて読者にもそうした問題を考えていただければ嬉しい。それこそが風刺小説の真骨頂だろう。

 小説として文句なしに面白く、しかも深い内容の本作を翻訳できたのは、とても幸せだった。そしていつものように私の訳文を読み、評価し、笑い転げてくれた家族にも感謝を送る。

森内薫(訳者)

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