単行本 - 外国文学

スペイン語圏を代表する作家フリオ・リャマサーレスの自選短篇集が発売!——『リャマサーレス』短篇集「訳者あとがき」公開

名作『黄色い雨』の著者フリオ・リャマサーレスの「集大成」となる自選短篇集『リャマサーレス短篇集』が5/27に発売となります。
訳者は、フリオ・コルタサル『遊戯の終わり』、バルガス=リョサ『緑の家』、ガルシア=マルケス『コレラの時代の愛』など、数々のスペイン語圏小説の名作の紹介者として知られる木村榮一さん。
木村さんによる14ページにわたる圧巻の「訳者あとがき」を公開いたします。外国文学を研究する方々への熱い激励の言葉も含んだ名あとがき。ぜひお読みください。

 

 

訳者あとがき

 この作品の著者フリオ・リャマサーレスは、一九五五年、スペイン北部のカスティーリャ・イ・レオン州のベガミアンという山間部の田舎町で生まれた。父親が小学校の先生をしていた関係で転勤が多く、少年時代の彼は北部の町や村を転々とした。ここに収められているいくつかの短篇で、スペインの山間部で逆境に耐えながらひたむきに生きる人々の姿が描かれているのは、そうした体験と深く結びついているからにちがいない。
 その後、彼は首都にあるマドリッド大学の法学部に進み、卒業したあと一時弁護士の仕事に就くが、性に合わなかったのか、しばらくしてジャーナリストとして働きはじめる。ここに収められている作品の中に、ジャーナリズム関係の仕事をしている人物が登場するものがいくつかあるのは、自身の体験が織り込まれているからだろう。この頃から詩を書きはじめ、一九八二年に詩集『雪の思い出』を発表し、スペインの重要な文学賞のひとつホルヘ・ギリェン賞を受賞して、詩人としての才能を開花させた。しかしその後、詩を通して伝えようとしているものは、散文でも伝えられるはずだと考えて、小説、短篇、紀行文、エッセイなどを書きはじめる。
 ジャーナリストになったばかりの頃に書いたのが『ヘナリンの埋葬』(一九八一)という中篇小説だが、ブラック・ユーモアをたたえたこの作品はさほど注目されなかった。
 彼が作家として評価されるようになるのは、小説『狼たちの月』(一九八五)によってである。スペインでは、一九三一年に第二共和政がはじまるが、政権内部での対立がもとで政治的混乱がつづき、国内のバスク、アストゥリアス、レオンといった北部地方を中心に労働者が決起して、大規模なゼネストを打つ。それを収束させるために、共和国政府はフランコ将軍をはじめとする軍部の力を借りて鎮圧に乗り出す。その時の凄まじい様子について、斉藤孝は次のように書いている。「アストゥリアス・コンミューンの弾圧は、実に血なまぐさく、大規模に行なわれた。老若男女、社会党員も、アナーキストも、「赤」と目されたものは機関銃でなぎ倒され、死体は山をなして積みかさねられ、ガソリンで焼き捨てられた」(『スペイン戦争―ファシズムと人民戦線』中公新書)
 その後、共和国政府の内部分裂に乗じて、一九三六年、フランコ将軍とモラ将軍に率いられた軍部が反乱を起こすが、彼らは一方でドイツのヒトラー、イタリアのムッソリーニと手を結ぶ。窮地に陥った共和国政府はソビエトに援助を求め、結果的にスペイン国内は代理戦争の様相を呈し、混迷の度合いはますます深まった。フランコ将軍はそこに付けこみ、戦闘的な労働者が数多くいて、たびたびゼネストを打つバスク、アストゥリアス、レオンといった地方を標的にして軍隊を送り込み、容赦ない攻撃を加えて、一九三七年に労働者を中心に編制された北部戦線を壊滅させた。
『狼たちの月』は、北部戦線に加わっていた三人の敗残兵を主人公にしている。反乱軍の激烈な攻撃をかいくぐって逃げ延び、アストゥリアスの山岳地帯に身を潜めた三人のゲリラ兵士はひとり、またひとりと命を落としていき、最後にアンヘルだけが辛くも生き残る。彼は友人、知人をはじめいろいろな人たちの助けを借りてどうにか露命をつないだ。一九三九年、フランコ将軍は、「内戦は終結した」と宣言するが、反フランコ派の人間に対する厳しい弾圧はその後も変わりなく続けられた。つまり、この小説の主人公たちや反フランコ派の人たちにとって、内戦はまだ終結しておらず、厳しい弾圧と監視のもとで生きていかざるを得なかった。スペイン内戦がはじまってから長い年月が経ち、フランコの独裁制が確立したあとも、北部の山間部に立てこもって、官憲の目をかいくぐりながら支援を得られぬまま孤独な戦いを続けた男たちの姿を描いたこの小説は、のちに映画化される。その時に、監督のフリオ・サンチェス・バルデスから共作でシナリオを書かないかと声をかけられて、それまで孤独な密室で詩や小説を書き続けてきたリャマサーレスは、彼と共同で仕事をすることになった。その時の体験が思いのほか刺激的で、楽しかったので、以後シナリオも手掛けるようになる。そのうちの一作 “Flores de otro mundo” 『別世界の花』(一九九九)は、スペインの映画監督イシアル・ボジャインによって映画化され、カンヌの国際フェスティバルにおいて批評家賞に輝いた。
 しかし、作家としてその名が広く知られるようになるのは、『黄色い雨』(一九八八)によってである。ピレネーの山奥にひっそり身を潜めている寒村アイニエーリェ村を舞台に、死者と思われる人物の語りで進められるこの物語は、読む者に衝撃を与えずにはおかない。満足に食べるものもなく、苦しい生活を強いられている村人たちは、次々に村を離れていく。そんな中、語り手の息子のひとりがスペイン内戦時に兵隊にとられ、そのまま消息不明になる。もうひとりの息子も苛酷な生活に耐え切れなくなって、両親を捨てて村を出ていく。あとには主人公と妻、そして一頭の犬だけが残される。
 

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