単行本 - 日本文学

第56回文藝賞受賞記念対談 村田沙耶香×宇佐見りん
中上健次を愛読し熊野へーー母と娘という普遍的なテーマに新たな視線を注ぐ20歳の才器

写真:宇壽山貴久子

第56回文藝賞受賞作『かか』(宇佐見りん著)が、11月15日に単行本として刊行されました。20歳の宇佐見さんが、単純な”母と娘”という関係にはくくれない、複雑で激しい愛憎を体当たりで描いた本作。受賞を記念し、選考委員のひとりである村田沙耶香さんと、『かか』が生まれたきっかけやこれからの作品執筆について語り合いました。

 

日記を他者の物語にする

村田 「かか」を初めて読んだときまず心摑まれたのは、冒頭の、幼い主人公が浴槽で金魚を掬おうとする回想のシーンでした。とても印象的でオリジナリティがあり、かなり書き慣れている方なのかなと感じました。主人公の言葉のひとつひとつもそうですし、SNSのつながりがもつ意外なあたたかさ、仏像の美しさに色気を感じること、電車で隣に座る人がいなくなったら狂った印である、など、思わず線を引いて星印をつけてしまうような描写がたくさんありました。この作家にしか書けない言葉が作品のなかにきちんと存在していると感じさせ、この人の書いた作品をもっと読みたいと思いました。

宇佐見 ありがとうございます。とても嬉しいです。おっしゃっていただいたような細部の描写をするうえで、私は人生経験も足りなくて知識や技術の蓄積もないけれど、「自分の言葉で書く」ということだけは強く意識していました。下手でもいいから、自分の実感や感触のままを言葉で表したいと思ったんです。

村田 それは素晴らしいですね。「天性のものなのかな?」と思っていたので、ちゃんと意識してらしたのが心強く思います。子どもの頃から書くのは好きでしたか?

宇佐見 小説と呼べるものかどうかは置いておくと、書くのは好きでした。小学校二年生の授業で「小説を書こう」というのがあったんです。絵から想像して原稿用紙五枚で書く、というのが初めてだったと思います。それからしばらく、ごく短いものを国語の方眼ノートに書いていた記憶があります。その頃母に言われた「小説を書くことはあなたのライフワークになると思う」という言葉は、その当時は別の夢がありましたしあまり意識していなかったけれど、今思えばずっと心のどこかに残っていたのかもしれません。中学では演劇部に入ったのですが、趣味が合う子たちが多く、ガラケーのグループメール機能を使って、三〇〇〇~五〇〇〇字くらいのお話を送り合って書いていました。真面目に「小説を書こう」と思ったのは高校に入ってからですが、書くことには慣れ親しんできました。

村田 高校生のとき、「よし、小説を書こう」と決意するきっかけがあったんですか?

宇佐見 中学まではまったく自分に関係のない他者を主人公に、ゼロから架空の物語を立ち上げて書こうとしていました。必要に迫られて書く、ということはなかったんです。高校生の頃に、私生活でちょっと自分では乗り越えがたい苦しい時期があって、それを日記に書いていました。もう十冊くらいになっていますが、毎日書いていて。その日記を、ちょっと客観的に見て他者化して書くということを始めたんです。ただの日記としてではなく書くことが、自分の生産性のない生活のなかで唯一できることのように感じて。「小説家になりたい」と明確に志した瞬間はないのですが、そういう日々のなかで真剣に小説を書こうという気持ちができていったように思います。

村田 日記というプライベートなものを他者化して書く、という発想は興味深いですね。そのノートは手書きですか?

宇佐見 そうです。万年筆で書くことにハマっていました。書くのは本や演劇の感想や、その日のできごとなど雑多なことです。例えば電車に乗ってる人がこうだったみたいな些細なものなんですが、それを小説のような形式で書くことで新たな発見があったりします。日記だとあくまで自分が考えたことや事実の範囲内の話にとどまってしまうけれど、こうすると自由に飛躍できるんです。目の前の人のイヤホンは当たり前にスマホに挿し込まれているけれど、どこにも繫がっていないイヤホンを両耳からぶらさげている人がいたら異様なんじゃないか、その人の背景ってどんな感じなんだろう、とか。そうやって連想したことをパソコンやスマホで文字に起こすようなことから始めました。あらかじめ小説を書こうと考えて全部を書くというよりは、断片的なようでどこか関連のあるそれらを合わせていくように作品をつくりました。

村田 観察とも妄想とも少し違った視線ですね。ただ吐き出して書きなぐるのではなく、自分から出てきた言葉を作家の目で見つめ、もう一度小説という形に創り上げていくということは、自分の言葉に自分で酔って飲み込まれてしまったらできないことではないかと思います。冷静に作家の目で見るという姿勢が備わっていらっしゃるのだなとお話ししていて思います。

 

中上健次を読んで熊野へ
宇佐見 文章との向き合い方については、高校の現代文の先生からも影響を受けていると思います。とてもおもしろい授業をされる先生でした。前期は梶井基次郎の『檸檬』、後期は夏目漱石の『こころ』を、それぞれ半年かけてボロボロになるまで読み込んだり。教科書に載っているような一部抜粋したものではなく一冊まるごと扱って授業をしてくださるので、作品に宿る熱のようなものを受け取れたのがよかったなと思います。あとは新聞記事から見出しを当てたり、デザインについて学ぶ授業もありました。現代文の授業、と一言ではくくれないような興味をそそる授業をしてくださって、書くことが楽しくなった基盤になっていると思います。

村田 学校の授業で文学が嫌いになる人もいるくらいなのに、むしろ好きになるとはすごくいい先生ですね。それからはどういう小説を読んだんですか?

宇佐見 中上健次さんが一番好きです。読書量は多くなくて、好きな本があるとずっとくり返し読んでしまってなかなか新しいのを読まなくて。中上さんは文章に力があって、他では読んだことのない描写の仕方がされていたり、言葉を自分に強く手繰り寄せて書いている感じがすごくします。例えば「浄徳寺ツアー」という短編に「和尚はそう言い、骨があるのか疑いたくなるほどのふっくらとした青っぽい指であごのあたりを触る」という描写があるんですが、「そこ書く? 普通指を見て、ふっくらとした青っぽいと書く?」というふうにわくわくして、すごく心惹かれるんです。息遣いとか匂いとかがリアルに感じられて。文章そのものに揺さぶられて、結果的に自分が回復している、という不思議な感覚です。『十九歳の地図』が最初で、読み終えた瞬間、「ああ、私この人の小説、今までのを飛び越えて好きだ」と思いました。泣けて泣けてしょうがなかった。

村田 中上の本はたまたま書店で手に取ったんですか?

宇佐見 いえ、もともと村上龍さんを読んでいて、それは『コインロッカー・ベイビーズ』をなんとなく書店で手に取ってからなんですが。破滅的な話が多くて、そのときの私に響き合うものが多かったのだと思います。日常を切り取って慎ましく自分と向き合うような小説よりも、根底からガラガラと突き崩されるようなエネルギーが必要で、熱中したんだと今振り返ると思います。最後の場面に、どうにもならない切なさがあるのも好きでした。『音楽の海岸』の主人公ケンジの妹が、プラスチックのブラシで髪をとき続けているという場面があって、なぜか胸にひっかかって忘れられない、だとか……。

村田 きっと、そういう目なんだと思います。ストーリーで読むタイプの人ももちろんいますが、細部や言葉やシーンを鮮やかにとらえる目を、読む側としても書く側としても持ち合わせているんですね。

宇佐見 面映ゆいですが、そうありたいと思います。中高は一貫校で卒業論文を書かなければならなかったので、村上さんの作品で書こうと思って、作品やエッセイ、対談などをたくさん読みました。そこに中上健次さんの名前が出てきたんです。

村田 高校で卒論があるのは珍しいですね。

宇佐見 一万二〇〇〇字以上という規定で、私は五万字書きました(笑)。それがきっかけで中上作品を読んでみようと書店に行って、『十九歳の地図』と『岬』を買いました。

村田 「かか」の主人公が熊野に行くのは、そこから来たことだったのでしょうか。宇佐見さんも実際に行かれたんですか?

宇佐見 行きました。中上作品を読んでからずっと行きたかったので、ちょうど卒業のタイミングで、バイトで貯めたお金を使い果たして一人旅を決行しました。鈍行で行ったので熊野はすごく遠かったです。仏像やお寺が好きなので奈良にも二泊して、散々巡って本当に楽しかった。自分にとっての卒業旅行でもあり、「かか」を書くのに必要な旅でもありました。文藝賞の締切が三月末なので、帰ってきて一気に書きました。実質一か月半くらいだと思います。

村田 それは早いですね。頼もしい。一気に書き上げると、物語が思わぬ方向へ進んでいったとか、そういう予定外のことは起きませんでしたか?

宇佐見 どちらかというと結末から決めて書いていたので、今回はそういうことはありませんでした。始まりと終わりを決めて、その間を、先ほど述べたような、ストックしてある日記を他者化して書いたテキストを繫ぎ合わせていくような書き方をしました。今回の小説を書くにあたっては、熊野に旅行する前からすでに「霊験あらたかな山を歩いているくせに携帯の充電を気にしている現代っ子がいたら情けないな、そういう情けない子を書きたいな」という思いがまずあって、その目線で旅することを心掛けました。

村田 私はいろんな方に小説の書き方を聞くのが個人的に好きでよく聞くんです。「自分と違うな」と思うのが好きだし、同じと思うのも面白い。その人によっていろいろ独自の世界があるのですが、その書き方は初めて聞きました。ご自身のなかで培ってきた世界を繫ぎ合わせて物語を紡いでいくというのは、ただ言葉を嘔吐するだけで終わらない、冷静な作業でもありますね。作家としての手付きだと思います。

宇佐見 嬉しいです。でも、自分の書き方がそんなに変わっていると思いませんでした。

村田 「かか」に登場する人物で、例えばSNSの鍵アカウントグループでだけ接する年上の緑さんなんて、ものすごくリアルに書かれていますよね。文字しか登場しませんが、感情的ではない、作家としての「意地悪な目」で観察されている。この人にも複雑な事情があるんだろうなと思わせる、もっと言えばこの人が主人公の物語さえ想像できるような、そういう広がりがあるところも好きでした。弟もいろいろ想像できますよね。主人公の頭の中だけで完結した世界に見えて、じっくり読むと、物語のなかで直接書かれていない世界もいろいろ妄想ができます。

宇佐見 ありがとうございます。精一杯磨いていきたいです。

 

試行錯誤して決めた語り

村田 この作品を「みっくん」という弟に呼びかける形で書こうというのは、すぐ決まったことだったんですか?

宇佐見 いえ、なかなか決まりませんでした。まずは、「私」の一人称で書いてみたり、三人称一視点をやってみて、呼び掛ける形でもなく普通の言葉で書いていました。でもそうすると、どうしても人物が幼くならなくて。幼くしたいというよりは、この物語で触れたかった感情の一番深いところに潜るには、未熟な精神性が必要であったというか。普通に「私は」と書いていると大人びてしまって、書きたいところよりも浅いところまでしかいけない感覚でした。肉声という感じにならなかったんです。技術が至らないせいももちろんあると思いますが、とても思い入れのある話なので、噓になってしまうのだけはいやでした。それで、「うーちゃん」で書いてみたら、「ああ、これだ」という感じで書き進められました。良くも悪くもですが、勢いが出たというか。それまで迷っていたところも、自分のことを「うーちゃん」とちゃんづけで呼んでいるし、この人ならこのくらい極端なことを言うかもしれない、というふうに決まっていった感覚です。「うーちゃん」が語り掛ける形式にするなら、これだけの駄々をこねても流してくれる相手が必要で、それは長い時間彼女を一番近いところで見てきた身内であり、理性的な視点を持った他者でもある「みっくん」しかいないと思いました。

村田 何かを思い切って決めることで、他の要素もはまってどんどん書けるようになったというのは、わかるような気がします。このいくつかの地方の言葉が組み合わさったような、家庭内の方言というか、独特の言語も、一人称を決めたことから出てきた発想なのでしょうか。

宇佐見 作品に登場する「ありがとさんすん」「まいみーすもーす」などのいくつかの言葉は、実際に私の母が家庭で使っている言葉です。散々聞き慣れているから私自身もう違和感はないのですが、あえて文字に書き起こしてみるとやはりちょっと独特だなという感じがします。それは地の文全体にも言えることで、普段そこまで人間って理路整然とした言葉を発していなくて、会話をそのまま書き起こしたら大変なことになってしまいますよね。とくに私は思っていることをその場でまとめてから喋るのが苦手なタイプなので、社会に通用する書き言葉よりも案外「あのね、なんとかってなんとかだとおもうんだけんど」という少しもたついた語りのほうが肌に馴染むというか、「待ってくれる」感じがしました。だから自分のなかではそこまで変わった文章だという感覚はないんです。口語的な文体をいろいろ試してみましたが、書いてある言葉を読んだときに必死に語りかけてくる女の子の声が聞こえてきたのが今回の文体だったので、それでいこうと決めました。

 

挑み続ける永遠の問い

村田 はっとしたところに線を引いて読んでいるのですが、そのなかには「女性」を掘り下げられている言葉も多くあります。「どんなに知的で自立した女の人であっても、たった一言であほらしい猥談のなかに取り込まれてしまうんがどれほどまでに悔しいことか、おまいにはわかりますか」とか、「孕まされて産むことを決めつけられるこの得体の知れん性別であることが、いっとう、がまんならんかった」とか、とても印象的な箇所でした。「うーちゃんはどうして、かかの処女を奪ってしか、かかと出会うことができなかったんでしょうか」の部分は、科学の発達によっては違う方法もあるかもしれない。「セックスしてなぜかいのちが生まれる、そいのことのほうがよっぽどオカルトに思えてしょおないんよ」なんて、おもしろい問いだと思います。ストーリーの流れと別のところでずっと深いところにいくつもの問いが流れていて、そこに私は打たれました。「作家のデビュー作には全部がつまっている」とよく言いますが、おそらくここから無数の物語が生まれていくのだろうと確かに感じました。

宇佐見 いま挙げていただいたような作品中の疑問や憤りも、はじめはもっと強い、思い込みの激しい言葉で書いていました。村田さんが挙げてくださった箇所にもまだその片鱗は残っていて、読む方によっては苦々しく思う部分でもあるかもしれません。でも、世間一般の価値観のようなものを、頭では理解できても、本当には消化しきれないことって自分には結構あるなと思っていて。価値観は人それぞれですが、ひとりの人間のなかにも複数あるのではないかと私は考えています。一番進んだ自分はそれを取り込もうとするのに、一番遅れた自分が、それでも納得できないと叫んでいる、というように。うーちゃんの、母親に対しての思いや、自分の女性性との向き合い方は、非常にこだわりが強くて固執しているんですよね。それを無視せずに子どもじみた論調のまま展開させたことによって、彼女の突飛な発想や願いにもそれなりに道筋をあたえることができたのではないかと思います。

村田 「母と娘」というテーマは、宇佐見さんにとってどんなものですか? これからも書き続けていくかもしれないという感覚はありますか?

宇佐見 そうですね。自分とは切っても切り離せないテーマかもしれないと今は考えています。同じ話を書くわけではないので、離れてみるのももちろんおもしろいと思いますが、根底にはあり続けるかもしれません。わざわざまっすぐに「母と娘」の物語を書こうとしなくても、その関係性や考え方が表れてきそうですし。何より、自分が生きてきて一番強く感じてきたので、向き合っていくべきテーマだと感じています。あらゆる女性の作家の方が無縁ではないと思いますが、村田さんにとっても「母と娘」はテーマのひとつですか?

村田 そうですね、呪いに近いようなものかもしれません(笑)。デビュー作「授乳」を書いたときは、母という存在を書くつもりはまったくなかったんです。宇佐見さんと同じように、自分の言葉を噓なく書きたくて、家庭教師と中学生の女の子のお話をシンプルに書こうと思いました。でも、書いていくうちに、未来の自分はこうなるのでは、という発想からなんとなくつくっただけの、母という存在がどんどん大きくなって、シーンがどんどん生まれました。自分では予想外でしたが、小説は生きていて、自分の都合のいいようにはコントロールできない化け物なのだと思って物語をつくりました。宇佐見さんにとっての「母と娘」のように、大きなテーマがあるというのは、ひとりの人間としては苦しいときもあるかもしれませんが、作家としては力強いことだと思います。消化できない永遠の問いは、どんな物語を書いても蠢いて、自分の物語を様々な角度から突き動かす化け物のようなものとしてあるなと思うときがあります。

宇佐見 そうですね。起爆剤のように、消化しきれないものが逆に強みとなってくれることもあるんでしょうか。

村田 たぶん作家に限らず、誰の人生にもあるんじゃないかと思うんです。その人にとっての生きるテーマ、一生をかけて考え続ける問いが。最初はたとえば「母と娘」だったとしても、違うものにどんどん進化しながら、ずっと自分の核心にあったりするんじゃないか。人間が生きていくってそうなんじゃないかと。作家の場合、その「問い」は、書きながら、進化するものだと思っています。作品を書く上でのエネルギーになることが多くて、でもそのエネルギーがないと書けないというわけではなく、問いは形を変えて、体のなかにあり続けると思っています。宇佐見さんがこれから何を書いていかれるか、本当に楽しみです。

(二〇一九・九・六)

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