単行本 - 日本文学

主人公は堂場瞬一?登場人物は100人?? 堂場瞬一が、文学の新たなスタイルに挑む問題作『インタビューズ』試し読み(前編)

男は渋谷の交差点に立ち続ける、友との約束を果たす為に――

いま、100人の「物語=インタビューズ』が「平成」を貫く!
ラスト1行まで目を離すな! 前代未聞の挑戦作、本文の一部を公開!!

 

 

 

***試し読み***

 

一九八九年 原昭一(64歳 会社会長)

 うちは、大晦日に明治神宮へ行くのが昔からの習わしでね。正月は混むでしょう? 一年の計は元旦にありって言うけど、大晦日に一年の反省をして、翌年に向けて気持ちを新たにするのもいいもんでしょう。今、その帰りです。今年は感慨もひとしおだね。昭和が終わったんだからねえ……平成っていう元号には、未だに慣れないね。
──失礼ですが、昭和元年生まれですか? お名前、『昭和の一年』、ですよね。
 そうそう。昭和元年は一週間ぐらいしかなかったけどね。今年はどうだろう。平成元年生まれの子は、どんな名前が多いのかね。平一ってわけにはいかないだろうしねえ(笑)。しかし、自分の年齢を意識しますよね。まさに昭和とともに生まれて、次の元号まで生き延びたんだから。幸い病気もないし、もしかしたら次の元号まで生きて、三つの時代を経験するかもしれないね。昭和の思い出? まあ、私の年齢だと、やっぱり戦争ってことになるんだろうね。同級生も何人か亡くなりましたよ。私は幸い──幸いと言っていいかどうか分からないけど、兵隊には取られなくて、工場に徴用されましてね。毎日毎日、油まみれになって旋盤を回してました。こんな話、つまらないでしょう?
──いえ、興味深いです。
 でも、このインタビューのテーマは今年一番の事件なんでしょう?
──それはそうですけど、お話は参考になります。
 せっかくだから、平成の話をしましょうかね。といっても、この一年だけだけど……私にとっては、なかなかの怒濤の年でしたよ。会社を実質的に息子に譲って、会長になりました。まだまだ元気なんだけど、人間、引き際っていうのがあるからね。うちみたいに小さな会社は、創業者の社長がいつまでも元気で威張っていたら、後が続かない。なるべく早く後継者に渡す方が、長続きするんですよ。幸いというか、三人いる孫は全員女の子で、たぶんうちの会社には入りもしないだろうから、次の社長になったら、家族経営からも脱するでしょうね。
──職種は何なんですか?
 工作機械を作ってます。また昭和の話に戻るけど、戦時中に旋盤工をやってるうちに、自分の器用さに気づいたんですよ。ものづくりの楽しさも覚えたし。それで、終戦後に必死に働いて大学へ入って、今の会社を起こしたのは三十歳の時でした。それから一生懸命仕事に打ちこんで……私のような年齢の人間に昔の話を聞くと、戦争のことが主だと思うんだよね。でも私は、戦後に会社を作って育ててきたことが、一番の想い出です。楽しかったねえ。海外でも仕事をしたし、高度成長期には社員の給料をどんどん上げて喜ばれたし。そのせいで、私自身の報酬はいつも低く抑えざるを得なかったけどね。ただ、長くやり過ぎたな……三十年以上だ。去年ぐらいまでは長いなんて全然思っていなかったんだけど、昭和天皇の御病状が悪化されてから、いろいろ考えるようになっちゃってね。我々の世代は──少なくとも私は、天皇に対してはいろいろ複雑な思いがあるんですよ。でも、戦後の苦しい時期に、国民に寄り添ってくれたのは間違いない。その天皇が闘病生活に入られて、とうとう亡くなられて……今年の一月七日、崩御の時には急にがっくりきちゃってね。大袈裟に言えば、自分の時代──自分の役目も終わったみたいな感じでした。いろいろ後づけの理屈はありますけど、元号が平成に変わって、会社も一気に新しくなるべきかなと思ったのが本心です。
──まだまだ経営を続けたかったんじゃないですか?
 いやあ、昭和元年生まれの人間には、最近はついていけないことも多くてねえ。会社の金の使い方もおかしくなってきたし……うちの息子なんか、社業とは関係なく土地を物色してるんですよ。これからは多角経営の時代だから、ゴルフ場やリゾートホテルの開発にも乗り出して、時代に乗り遅れないようにしないといけないって言うんですけどね……昔の私だったら、『馬鹿なこと言うな』って一喝してただろうけど、今はそういう時代なんですかねえ。言い返す気力がなくて、こっちも歳を取ったもんだなって思って、がっかりですよ。最終的に、社長を降りた本当の理由はそれですね。元号が変わるなんて、手続き的なものだけだと思ってたんだけど、案外自分の中では重いことだったんですねえ。昭和元年生まれの人間として、昭和が終わると同時に、自分が背負っていたものを平成の人たちへ引き継ぐ感じです。まあ、寂しいと言えば寂しいけど、人生八十年時代ですからね。これからは老後の楽しみを見つけて、数年後には完全に会社から手を引きますよ。

 

 

 

一九九五年 浜田泰道(52歳 大学教授)

──地下鉄サリン事件を初めとしたオウム真理教事件は、犯罪心理学を専門とする立場からはどう分析されますか?
 宗教団体による事件というのは、それだけで一つのジャンルが成立するほどたくさんありますよ。ただ、ほとんどの場合は、『自滅』で終わりますね。一番有名なのは、人民寺院事件かな。
──ジム・ジョーンズが設立した宗教団体が、南米のガイアナで集団自殺を起こして、九百人以上が死亡した事件ですね。
 極めて簡略にまとめると、そういうことです。ただあれは、集団自殺というより、大量殺人に分類すべきかもしれない。議論が分かれるところです。
──オウム真理教の事件についてはどうですか?
 私は宗教が専門でないので、その方面での分析は専門家にお任せします。犯罪心理、犯罪史の専門家としてみれば、あれは日本では数少ない、民間人による民間人に対するテロ事件と定義すべきだと思います。行為そのものが、明らかにテロです。
──アメリカなどで頻発する大量殺人にも似ています。
 ただし、アメリカの大量殺人で使われるのは、多くの場合は銃です。有名なのは、一九六六年に発生した、テキサスタワー乱射事件ですね。
──死者十四人でしたか。
 あの事件の場合、犯人は、家庭の問題を抱えて精神的に不安定になった若者でした。銃が手に入りやすいアメリカだからこそ起きた事件です。最近の例だと、今年発生したオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件も、同列に考えていいでしょう。
──銃撃と爆破では違うと思いますが……。
 共通の重要なポイントは、犯人が一人ないし二人と少人数だったことです。そして武器が入手しやすい環境が、こういう事件を引き起こしたわけですね。それに対して、オウム真理教の一連の事件は、組織が起こした事件ということで、特異ケースと言えます。世界的に見ると、二十世紀のテロは、無政府主義者、共産主義者など政治的な組織によって引き起こされたもの、宗教団体によって引き起こされたものの二種類に大別されます。最近は、イスラム過激派の活動が活発ですね。日本の場合はずっと、過激派によるテロが主流でした。
──このところは静かですけどね。
 高齢化やメンバーの減少などによって、自然にそういう流れになったのでしょう。世界的に見ると、自国ではなく、他国を狙った国際テロが目立ちます。その中で、オウム真理教の一連の事件は、日本国民を直接危機に陥れたということで、事件史の中では極めて特殊なものとして記録されると言っていいでしょう。
──あくまで特殊な事件なんでしょうか? 今後は、起こり得ないでしょうか?
 起きないという保証はないですが、少なくとも近々はあり得ないでしょう。宗教団体において、思想的・行動的に過激化する人は過去にもいましたが、大きな失敗があれば、簡単には危険な行動に出られなくなります。つまり、教訓ということです。そういう意味では、警察の捜査は一定の効果を上げたと評価していいと思います。
──将来的には……。
 あり得ますね。テロが起きる原因の一つは、抑圧です。過激派、宗教団体、いずれも現代国家や経済システムの中で、自分たちが抑圧されていると考えがちです。それが爆発して、テロにつながるんですね。だから国家は、不満分子が生まれないように上手くコントロールする必要があるんですが、それは必ずしも成功するとは限らない。
──不安ですね。
 不安ですが、我々個人にできることは限られています。日本でもテロの可能性があるということを、頭の片隅に置いておくべきですね。何が起きたか分からないと、人はパニックになりがちです。でも、「もしかしたらテロかもしれない」と頭の片隅にあれば、対処する方法も思いつくものです。
──なるほど、勉強になりました。常に意識しておくことが大事なんですね。
 なかなか難しいですけどね。私も、四六時中警戒しているわけではありません。しかし、テロの芽は、どんな時代にも、どんな場所にもあるということですよ。それにしてもあなた、事件に詳しいですね。人民寺院と聞いて、ジム・ジョーンズの名前がすっと出てくる人は、そうはいませんよ。
──事件記者は卒業しましたけど、事件の観察は続けています。
 だったら私のところで勉強し直しては? 犯罪史を専門にする人は少ないんですよ。

 

 

 

二〇〇三年 大沢安代(80歳 無職)

 びっくりしましたよ。いきなり息子から電話がかかってきて、会社の金を盗まれてしまったって……ええ、年末で集金に回っていて、大急ぎでお昼を食べている時だったそうです。大晦日だから何かと忙しないんでしょうけど、息子も迂闊ですよね。でも、そのお金がないと年を越せない、会社が危ないかもしれないって言うものでねえ。額ですか? 三百万円です。そんな額でって思うでしょう? でも、息子が勤めているのは、仙台の小さな会社なんです。息子も苦労しているんですよ。ずっと勤めていた会社が倒産して、何とか昔の取引先に拾ってもらって……五十も過ぎて、仙台へ単身赴任で、今頃は寒い思いをしてるんでしょうね。家族も可哀想ですけど、仕事がないよりはいいですよね。孫はまだ大学生だから、もう少しお金もかかるし、もうひと頑張りしてもらわないと。給料もだいぶ下がったって言ってましたけど、何とかぎりぎりでやっているみたいです。たまに私にもお金を送ってくれたりして、優しい子なんですよ。自分の小遣いにすればいいのにって、いつも言うんですけどねえ。
──大晦日に集金ですか……何のお仕事をされてるんですか?
 ギフトショップです。あの、贈答品とか結婚式の引き出物とか、そういう小物を扱う商売です。東北一帯に店舗があって、その元締めの会社なんですけど、現金商売なので、売上金の回収は大事な仕事なんですよね。その金を盗む人がいるなんて、ひどい話だと思いません?
──どんな風に電話がかかってきたんですか?
 俺だけど、大変なことになったって……滅多に家に電話なんかしてこないもので、これは本当に大変なことなんだってびっくりしました。苦労してるのに、何でも自分の胸の中にしまいこんで、いつも一人で苦しんでいるんですよ。嫁にも相談できないから、仕方なく私に電話したんだって。ねえ、可哀想ですよねえ。
──それで、お金はどうしたんですか?
 ちょうど今、ATMで振り込んできました。緊張しましたよ。ちょっと待って下さい、電話です。はい、あら、義信? あんた、大丈夫なの? 今、お金を振り込んだところだけど、確認してくれた? え? 聞いてない? どういうこと? だってあんた、会社のお金を盗まれたって言って、さっき電話してきたばかりじゃないの。違う? 電話してない? どういうことなの? オレオレ詐欺? 私がそんなものに引っかかるわけないじゃない。だって間違いなくあんたの声で……え? 今東京へ戻って来てる? 明日はうちへ来るの? ちょっと待ってよ……どういうことなのよ……うん、そう、今も言った通りで、会社の金を盗まれて大変なことになったって……だから慌てて銀行に行ったのよ。私、騙されたの? 分かった……家に帰るわ。
──ちょっと待って下さい。今の電話、本当に息子さんですか?
 金なんか盗まれてないって……どうしましょう。私、騙されたんだわ。馬鹿みたい……虎の子のお金だったのに。
──電話がかかってきてから、銀行に行ったんですね? その後、電話はかかってきましたか?
 いいえ。
──最初の電話で、振り込み先の口座名なんかを指示されたんですね?
 そうです。
──メモか何かに残していますか?
 あります。これです。
──ああ……これは、息子さんの名義じゃないんですね。
 こっちは会社の口座だからって……違うんでしょうか。
──息子さんは今、東京にいるんですね? お金も盗まれていない?
 ええ。
──分かりました。すぐ警察に行った方がいいですよ。今、オレオレ詐欺が流行ってるのはご存じでしょう? 騙されたのはしょうがないにしても、何とか犯人を割り出さないと。警察もすぐ相談に乗ってくれますよ。
 息子に怒られるわ……何て馬鹿だったんでしょう。
──しょうがないですよ。身内のことになったら、誰だって冷静ではいられません。私、警察まで一緒に行きますよ。少しは顔が利きますから。
 あなた、新聞記者さんでしたよね。
──ええ、まあ……記者ではありませんが、新聞社に勤めています。
 でも、本当にそれを信じていいの? もう、誰を信じていいか、分からないじゃない!

 

 

******


後編へ続く。

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著者

堂場瞬一

1963年生まれ。新聞記者を経て2000年に作家デビュー。「刑事・鳴沢了」シリーズ、「アナザー・フェイス」シリーズなど警察小説のベストセラーを次々に発表。同時に、社会派、スポーツものも執筆。

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