単行本 - 日本文学

主人公は堂場瞬一?登場人物は100人?? 堂場瞬一が、文学の新たなスタイルに挑む問題作『インタビューズ』試し読み(後編)

男は渋谷の交差点に立ち続ける、友との約束を果たす為に――

いま、100人の「物語=インタビューズ』が「平成」を貫く!
ラスト1行まで目を離すな! 前代未聞の挑戦作、本文の一部を公開!!

 

 

 

***試し読み***

 

 

 

二〇〇七年 滝原三郎(73歳 元会社社長)

 嫌なこと聞くねえ……どうしても答えないといけない?
──そういうわけじゃないんですが、できれば協力していただければと。会社をやっていた、と仰ってましたよね。
 自分で潰したんだよ。自主廃業。まあ、完全にこっちの責任なんだけど、四十年も子ども同然に育ててきた会社を潰すっていうのは、いい気分じゃなかったねえ。
──何があったんですか?
 今年、食品関係でいろいろあったじゃない。消費期限や賞味期限の偽装問題とか、ひき肉に安い内臓肉を混ぜた品質表示偽装事件とかさ。
──経営されていたのは食品会社ですか?
 小さい会社だけどね。作ってたのは、いわゆる駄菓子。子どもが駄菓子屋で買うようなやつだよ。それで、やっちまったんだよねえ。
──何を偽装したんですか?
 賞味期限。お分かりかと思うけど、食べ物は賞味期限が過ぎたらすぐに食べられなくなるわけじゃない。
──賞味期限は、安全性や味、風味なんかの品質が維持される保証期間、ですよね。
 そう。実際には、賞味期限を過ぎたものを食べても、体調を崩すことはまずない。納豆なんか、賞味期限を過ぎた方が味がよくなる、なんて言う人もいるぐらいだからね。ただお菓子の場合、食品ロスの問題が大きくてね。あまりにも賞味期限が短いと、廃棄分が増えて、誰も得しない。それで、ちょっとだけ賞味期限をいじっていたんですよ。
──いつからですか?
 かれこれ五年ぐらい。うちみたいに、従業員二十人ぐらいの小さな会社だと、食品ロスがそのまま赤字につながってしまうから、大変なんですよ。いや、もちろん悪いことだとは分かってましたよ。食品衛生法なんかにも違反してるわけだし。ただ、どうしてもね……その辺はせめぎ合いなんです。全ての会社がやっているとは言わないけど、うちみたいな中小はどこも、同じように切羽詰まった問題を抱えてるんだ。
──問題はどうやって発覚したんですか。
 発覚したんじゃなくて、うちが自分で、都に頭を下げに行ったんだ。自首みたいなことですよ。情けないけど、その方が罪が軽くなるんじゃないかって思ってね。でも結局、無期限営業停止の行政処分を受けて、それをきっかけに廃業することにしたんだ。本当に小さい会社は、一週間製造ラインが止まったら、すぐに資金がショートするから。自業自得だからしょうがないですけど、社員たちには悪いことをしたねえ。
──どうして『自首』だったんですか? 言わなければ分からなかったかもしれませんよね。
 それこそ、あちこちで偽装事件が起きたからですよ。メーカーもそうだけど、うちが廃業してから、関西の料亭でも同じような事件があったでしょう。肉の産地に関して嘘をついて売ったり、食べ残しをまた客に出したりしてさ。あれ、確か警察の捜査を受けたんじゃないかな。
──不正競争防止法違反ですね。
 そうそう。うちなんかよりずっと大きいメーカーが偽装をやって、世間の非難を浴びたわけでしょう? 正直、ビビってね。だから、どこかでバレる前に、自分で正直に申告したんです。
──どうして急に、こんな問題が多発するようになったんですかね。
 いやあ、昔からあちこちで同じような問題はあったんだと思うよ。それがたまたまばれなかっただけで……一社やってれば、他社もって疑われて、どんどん追及が厳しくなる。正直、うちにも『これぐらいは大丈夫』『損したくない』『ばれない』っていう気持ちはありましたよ。他も同じじゃないかなあ。でも、最近の消費者は敏感だから、いつまでも誤魔化していられないでしょう。
──ニュースになりましたか?
 小さくね。うちみたいな小さい会社だと、そんなに大きなニュースにはならないんですよ。今は、昔の取り引き先に頭を下げて回ってます。おかげで、髪の毛が急に白くなった。悪いことをした罰でしょうね。
──ちなみに、一番売れていた駄菓子って何ですか?
 うち? 『辛チップ』っていう、ちょっと辛いポテトチップ。創業時からの人気商品で、今は百円で売ってます──売ってました。
──ああ、あれ、美味いですよね。
 食べたこと、ある?
──小学生の頃、よく食べてました。もう食べられないとなると、残念です。
 申し訳ない。そういう声もたくさん聞きました。この話が本になったら、社長が謝っていたって書いてくれませんかねえ。

 

 

 

二〇一〇年 権藤康夫(47歳 警察官)

 へえ、作家さんね。初めて会ったよ。どんな本、書いてるの?
──警察の人には言いにくいですけど、警察小説とかですね。
 どんな本?
──『雪虫』とか。
 ああ、あれ? 読んだよ、俺。
──本当ですか? 居心地が悪いですね。
 舞台が新潟ってのは珍しいよね。警察の内幕をずいぶん詳しく書いてたけど、相当取材したの?
──改めて取材したというより、元々新聞記者なんです。
 なるほど。それじゃあ、詳しいわけだ。しかし驚いたね。作家さんにインタビューされるとはね……で、何だっけ? 今年一番の事件? 何と言っても、殺人の時効撤廃だね。
──仕事に直接関係する話ですね。
 あまり大きい声で言いたくないけど、本当なら来年時効になる殺人事件の捜査本部に入ってるんだ。俺は最初からかかわってたわけじゃないけど、何とも複雑な気分だね。
──どんな事件ですか?
 そんなに難しい事件じゃないんだよ。十四年前、練馬区で夫婦二人が殺された強盗殺人だ。
──覚えてます。当時は、外国人の犯行じゃないかって言われてましたよね。
 確かにそれ臭いんだよな。でも、はっきりした証拠は出てない。どうも初動捜査の段階で、何か重大なヘマがあったようなんだ。そういうことは、仲間内でも言わないものだけど……とにかく、犯人の目処が全くついてなくて、捜査は完全に行き詰まっている。
──いつから捜査を担当してるんですか?
 今の部署に来てからだから、一年前かな。その事件ではもう、うっすらと時効を覚悟してたけどね。
──嫌なことを聞きますけど、犯人不明のまま時効になるのって、どんな気分ですか?
 それは分からないなあ。幸いなことに、俺は今まで担当した事件が時効になったことは一度もないんだ。それがいきなり、時効間近で手がかりの少ない事件を押しつけられて、正直、むかついたよ。あんたなら分かると思うけど、解決できない事件っていうのはあるんですよ。ほとんどが警察のミスで、犯人が上手く隠蔽工作できたケースなんてまずないんだけどね。人を殺したら、アリバイ工作したり現場に細工したりなんてできないもんだ。
──冷静でいられませんからね。
 そうそう。まあ、練馬の事件も迷宮入りして時効成立は間違いなし──そういう捜査を担当させられると、正直言って腐るよね。時効の時には特捜にいないように、何とか異動させてもらおうと思ってたぐらいだ。
──でも、時効がなくなった以上、永遠に捜査できるわけですよね。
 そうなんだけどね、なかなか難しい……偶然に期待している部分もあるよ。例えばあの現場では、犯人も怪我していたようで、家族のものじゃない血液が採取された。DNA型も分かってるけど、照合対象がなければ手がかりにならないだろう? ただし、これから何かの機会に他の事件で捕まった人間のDNA型が一致すれば──強い証拠になるけどね。
──確かに偶然に頼ることになりますけど、時効さえなければ、そういう可能性もないではないですね。
 もちろん、発生から五十年も六十年も経つと、実質的には時効撤廃も意味がなくなるんだけどね。犯人が死んでいる可能性も高くなるし。そもそもあの件は、外国人が犯人かもしれない……あの頃、中国人の窃盗団が活発に動いていて、家に侵入した手口が似てたんだよね。もしもそうなら、とっくに帰国してるだろう。そして真犯人が海外にいたら、逮捕できる可能性はゼロだね。
──結局、時効撤廃もあまり意味がないということですか。
 いや、被害者遺族の感情を考えれば、大事なことだよ。親や子どもを殺されて、たった十五年で犯人が逃げ切るってのは、どう考えても理不尽だよな。でも、警察が永遠に捜査することが分かれば、関係者も多少は気が楽になるんじゃないかな。だから俺たちも、これからは未解決事件に対して新たな心構えで臨まなくちゃいけないだろうね。
──警察にも新しい時代が来るわけですか。
 そういうこと。俺みたいなオッサンはともかく、若い連中は大変だろうね。駆け出しの頃に担当した事件を、退職するまでずっと捜査する、なんてこともあり得るんじゃないの? そういうの、小説のネタにならないかな。
──四十年ぐらい続く大河ドラマですね。
 俺が若かったら、耐えられないかもしれないけどね。遺族の思いを何十年も背負い続けるのはきついぜ。

 

 

 

二〇一三年 横山海斗(18歳 大学生)

 ああいうの、バカッターって言うみたいっすね。
──ああ、悪ふざけの画像や映像をツイッターに上げることね。
 夏休みに、友だちがやらかしちゃったんですよ。バイト先の喫茶店で、一度ゴミ箱に捨てたホットケーキを客に出したんです。別に大丈夫だろうって……それを動画に撮影してツイッターに上げたんですよ。
──それはちょっとひどいな。
 すぐにバズって、店に問い合わせとクレームの電話が殺到して、もう滅茶苦茶だったらしいっすよ。そこ、四十年ぐらいやってる店で、マスターももう七十歳かな? 相当参っちゃったみたいで、結局一ヶ月後に店を閉めたんですよ。
──マスターは悪くないのに。
 それで、損害賠償請求をするなんて言い出しましてね。そりゃあ、マスターは収入がなくなったわけだから、そういうことをしたくなるのも分かるけど、いくら何でもやり過ぎじゃないですかね。
──でも、店の経営者にとっては、死活問題ですよ。
 いやいや、たかが悪ふざけですよ? クレームの電話を入れてくる奴なんて、その店に来ることもないでしょう? 全然関係ないし、地元の人間でもないんだから。鹿児島から電話がかかってきたって、マスターは呆れてました。でも真面目な人だから……相手にしなけりゃいいのに、ついつい謝ってね。それが一日中続くんだから、商売にもならないっすよね。電凸してくる奴もひどくないすか? ツイッターがバズったから、正義の味方になろうとしてわざわざ電話してくるなんて、馬鹿でしょう。結局は、単なる暇潰しじゃないのかな。
──それも褒められた話じゃないけど、そもそもの原因は、悪ふざけした方にあるからね。悪ふざけのレベルじゃなくて、業務妨害で犯罪になってもおかしくない。
 そんなもんすかねえ……だけど、ちょっと大袈裟じゃないですか? 店に電凸してくる連中もおかしいけど、もっとやばいのはネットの特定班ですよ。あの連中、あっという間に個人情報を丸裸にしますからね。実名と住所、スマホの番号までネットで晒されて、えらい目に遭いましたよ。スマホにも、知らない番号から何度も電話がかかってきて、結局契約し直しです。無駄な金がかかってしょうがない。
──他に何か、具体的な被害でも?
 それはないけど、今後もいつ何があるか分からないから、ビクビクものですよ。それにこの前、マジで弁護士に呼び出されて……例の損害賠償の話でした。マスター、本気で損害賠償を請求するつもりみたいですね。あれって、裁判とかになるんですかね。
──話し合いが折り合わなければ、そういうこともあると思うよ。
 裁判ねえ……負けたら、払わないといけないんすかね? ちょっと悪ふざけしただけで金を取られるなんて、ひどくないですか? 無視しておけば大丈夫っすよね。
──だけど身元も特定されてるから、無視もできないだろうね。
 そうか……これからどうなるかな。人生が滅茶苦茶になっちまう可能性もありますよね。
──そういう可能性があるっていうことを、予想しておかないとね。誰が見てるか分からないんだから。
 でも、有名人でもない人間のツイッターなんか、誰も見ないでしょう。フォロワーなんて、三十人ぐらいしかいないし。
──それでも何かの拍子で情報が広がってしまうのがネットの世界だから。
 バイト先での悪ふざけなんて、昔からよくあったんじゃないすか?
──あったよ。もっと悪質な、それこそ犯罪行為もあった。それが、ネットで拡散したりしなかっただけだね。
 迂闊にツイッターもできないっすよね。結局弟も、アカウントを削除して即座に逃亡ですよ。しかし、怖いっすよね。バズってやばいってなって、次の日にはアカウントを削除したのに、もう身元を特定されてるんですから。本当に、暇な奴っているんすね。
──ちょっと待って……君、嘘ついてないか?
 ?
──最初は友だちだったのに、今は弟になっている。それにマスターの話も弁護士の話も、又聞きじゃなくて、自分で直接見聞きしたことみたいだった。もしかしたら、悪ふざけしてツイッターに投稿したの、君じゃないの? 今までの話、君の実体験じゃない?
 あ、すんません。急ぐんで……。
──ちょっと──。

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著者

堂場瞬一

1963年生まれ。新聞記者を経て2000年に作家デビュー。「刑事・鳴沢了」シリーズ、「アナザー・フェイス」シリーズなど警察小説のベストセラーを次々に発表。同時に、社会派、スポーツものも執筆。

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