単行本 - 日本文学

【第1章全文無料公開】李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』第3回 新党 日本を愛することを問え

世界は敵だ。希望を持つな。殺される前に、この歴史を止めろ。

日本初、女性“嫌韓”総理大臣誕生。
新大久保戦争、「要塞都市」化した鶴橋。
そして7人の若者が立ち上がる。

新世代屈指の才能が叩きつける、怒りと悲しみの青春群像。


李龍徳
あなたが私を竹槍で
突き殺す前に

第1章「柏木太一 大阪府大阪市生野区 三月三十日」
全文無料公開
(毎日更新)
※第一回配信はこちらから※

シーンごとに震えの走る衝撃作。ぜひお楽しみください。
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絶賛の声、続々!

日本の「今」に投げ込む爆弾のような挑発的問題作
柳美里

恐ろしい。血が騒ぐ。まがまがしくも新しい在日の物語が生まれた。
梁石日

この痺れるようなディストピアの過剰摂取は、
ぼくたちを“深淵(しんえん)の祈り”でつらぬく。
真藤順丈


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第3回 新党 日本を愛することを問え

「時雨(シウ)事件」、「大久保リンチ事件」、そして続くリベラル最後の牙城の崩壊。混迷する社会の中、現れたのは元モデルの政治家・神島眞平(かみじましんぺい)。時代の寵児となった神島率いる極右政党が野党第一党となるのに、そう時間はかからなかった−−

 

「ところで僕は、これは前にも言ったけど、暴力での社会変革をいっさい認めないよ。それは僕が暴力を憎んでいるから──ではなく、暴力を用いることでは他方の差別心を決して取り除けないばかりか、むしろ憎しみを餌としている差別主義者を喜ばせることにしかならないから。だからシン君、君をあの集団から引き抜いた。あそこにいては駄目だ。僕たちはもっと賢く闘わなくちゃいけない。といって非暴力不服従主義も、ガンジーを支持したインド人たちの圧倒的動員数があってこその達成だ。在日同胞はあまりにも数が足りない。かつてヘイトスピーチ解消法を成立させた世論の後押しも、今や望めない。だから僕たちは賢く闘う必要がある。だからシン君、僕には君がどうしても必要だ。これからもずっと、僕のそばにいてほしい」
 言われた瞬間、ぎゅっと瞼を閉じる。いい子だ、わかりやすい子だ。
 彼の腕に載せていた手を太一はまた柔らかく叩く。「疲れたんじゃない?」と声をかける。聞き慣れない日本語で聞くに難しい政治的話題を早口で長々と聞かされて疲れたろう、との労りだったが、彼は、まだあるならもっと続けてください、と促してきた。
「もちろんまだまだあるよ、うんざりするほど」太一は肩をすくめる。ふと顔を上げ、時計を見て、それでとりあえず外に出ることにした。少し早いがそろそろ夕食にしてもいいだろう。
 生野コリアタウンからまた鶴橋駅のほうへと並んで戻る二人。コリアタウンと鶴橋駅周辺を別とすれば、当然ながら変哲もない日本の道路、日本中どこにでもあるような十字路を行く。
「パチンコ店はすっかり消えた」腰に手を当て見渡して太一は言う。「そもそも、パチンコ会社のすべてが在日コリアン系であるはずなんかないのに、陰謀論者の頭のなかの世界はいつも単純だ。そして、政治権力者はその単純さに乗って笛を吹いてれば、支持率上昇が見込める」
 一方で、パチンコ業界のなかでも大手のいくつかは、政府が各地方都市へと推進する国内カジノ施設のほうに、どっと流れていった。そこでの優遇措置や駆け引きなどもあったという。
「神島眞平(かみじましんぺい)」国内ニュースで呼ばれない日はないその名を、太一は口にした。「まるで通称名みたいだけど、本名で間違いないらしい。『眞』は旧字体。『新党日本愛』の党首。ちなみにこの党名のほうは通称名、というか略称で正式名称は『新党日本を愛することを問え』──とかいう。『新党』をいつまで付けるのかは不明。それまでにあった極右政党なんかを吸収合併し、それから議員職に留まれるなら誰にでも尻尾を振るという連中が集い、そうして野党の第一党にまでなった。極右政党が野党第一党だ、なんてね。それで連立政権を組むまでには至ってないけど、政策によっては是々非々で与党と仲よくやってる。その新党日本愛の神島党首は、それまでの極右政党のリーダーたちが、広く一般からの人気は到底得られないキャラクターばかりだったのとは違って、スマートで、高学歴でアメリカ留学経験もあり、決して感情的になることなく、物腰柔らかく、差別用語をいっさい使わずに差別的政策を次々と世に訴えては法案提出したり与野党合意したりする。──もうこの日本では、中道左派の政党は、ほぼ絶滅だ。出る目はあったけど潰された、あるいは自滅した。自滅した典型的な例が、先の東京都知事選挙で、実は僕もそれにボランティアとして参加してたんだけど見事な自壊だった。日本の現状を日本政治の内側から変える努力をしてみようと僕も頑張ってみたんだけど、そんなのはもはや無理だとよくよくわかったよ。だから今、僕はここにいる。だからこうしてシン君と喋ってる、君は新たなる希望なんだ」
 その前回の東京都知事選のことを、どうしようもなく太一は思い返す。そこに太一は本心から賭けていたのでもあった。
 足立翼(あだちつばさ)、という若い候補者。神島眞平がモデル経験もある優男として人気を博していたのとは正反対の、すっかり日に焼けたスポーツ万能の、ギラギラした野心家然とした風貌でありながら、立ち振る舞いは爽やかな好青年という按配。それぞれの政治的立場を左右交換したほうが容姿のイメージにもふさわしいような二人だったが、ほぼ同年齢で共に眉目秀麗で、一時はマスコミに祭り上げられていたものだ。
 独身をいまだ貫いている神島と違い、足立は早くに結婚していた。しかし、ジョン・F・ケネディやキング牧師がそうだったように、革新系の指導者には色を好みすぎる傾向と伝統があるのか、都知事選立候補を表明したばかりの彼に、不倫スキャンダルと隠し子疑惑が持ち上がる。会見を開いて足立候補は、すべての疑惑を事実と認めた。のみならず自分が「性依存症」であると告白し、妻の理解を得た上で今は治療を続けている、都民に奉仕することへの支障はないので立候補の取り止めは考えてない、といった旨をマイクに向かって語った。それが正直であると評価されたのか、度重なるスキャンダル報道に有権者がもはや麻痺するようになったからか、その後の世論調査では与党公認候補にリードを譲るも、二番手の位置は堅持していた。
 しかし選挙終盤戦、公開討論会での席上、それは起こった。そのとき太一が耳にしたのは、日本国内における進歩的理想主義政権に移行するための最後の望み、その最後の階段数段が、一気に瓦解する無残な轟音だった。
 その年の初めに、首相は「夫婦別姓」と「同性婚」の合法化を目指すと掲げた。前年に生活保護法の改正で、保護の対象が「日本国籍を有する者」と限定されたことへの見返りとして、野党第一党である新党日本愛との合意が形成されていたのだ。といってもちろん、保守派ばかりの与野党内では反発も激しかったが、両党首がそれぞれに、リーダーシップと強権と懐柔策を駆使して反対する声を封じた。内閣支持率は微増だった。
 太一はそれを目撃したとき、選挙事務所に詰めていた。日曜日の夜。他にスタッフも多く、同じオレンジ色のスタッフジャンパーで、来客対応のために席を立つ者の他は、皆座って前面にある大画面のモニターに映されたその討論会の生中継を、じっと見ていた。たまに多少わざとらしい歓声や笑い声や拍手で、沸いてみせる。ぴたっと黙って皆で画面に集中する。劣勢が伝えられるなか、逆転を期すにはカメラ映えのする足立先生のディベート能力に賭けるしかない一方で、口が軽くてそのユーモア精神は上滑りしがちで、失言も多い。事務所の皆が緊張していた。
 選挙対抗馬の与党公認候補が早々に、首相の打ち出した「夫婦別姓」と「同性婚」の合法化に対して、予算も人員も私が選挙に勝つことができれば充分に割り当てられると約束します、と宣言していたからで、だから白髪交じりのあまり気力のないような司会者が、
「──この点について足立候補者はどう思われますか?」と問うのは当然のことだった。
「この点とは?」
 選挙対策事務所に詰めていたスタッフはほとんど全員、寒気が走っていた。そういうふうに空とぼけてみせるのは、いい兆候ではない。
 苛立つということを知らないような司会者は、冷静に質問を重ねる。
「選択的夫婦別氏と同性結婚を認める法案が今国会にて成立しそうな情勢にある、という点です。足立候補者は、日本の首都であり最大都市である東京の知事として当選されれば、この二点についてどのように対応されるおつもりなのでしょうか、そのお考えを伺いたい」
 数回うなずき、微笑んだあとで足立はマイクに向かってこう言った。
「私は、自他共に認める革新派です。経済の改革開放、規制緩和、利権の打破と格差是正、福祉の充実、社会的弱者のための政策の実現、それらを常々意識しつつ、しかしながら日本の文化と伝統を軽々に破壊しようとする企みには、日本国民としての監視の目をしっかり光らせておかないといけない、とも考えています。失礼ながら首相も神島党首も、一度も結婚されたことのない方々です。そういう人たちにいったい結婚の現実が、制度の伝統の重みが、──いやちょっと待ってください、まだ発言の途中です。いえいえ、私だって経験がすべてだと申し上げるつもりはない。しかし結婚生活は、そして政治は、リアリズム以外の何ものでもありません。机上の空論では困るのです。頭だけの机上の空論で、日本古来の文化と伝統が修復不可能なまでに破壊されては困るのです。困る、というかそれはこの日本国の終わりですね。この国を終わらせる破壊行為が、人口比でいうとわずかでしかない方々の、こう言っては申し訳ないが、エゴ、欲望に押されて成立してしまうというのには、私は非常な危惧を抱いております」

第4回へ続く

第4回「リベラルの終焉」は、3月14日 10時更新予定です

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著者

李龍徳(イ ヨンドク)

1976年、埼玉県生まれ。在日韓国人三世。早稲田大学第一文学部卒業。2014年『死にたくなったら電話して』で第51回文藝賞を受賞しデビュー。2016年、第二作『報われない人間は永遠に報われない』が第38回野間文芸新人賞候補となる。2018年に第三作『愛すること、理解すること、愛されること』を刊行。本作『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』は、「文藝」2018年秋季号(7月発売)〜2019年秋季号まで、1年あまりにわたって連載された、原稿用紙にして700枚におよぶ渾身の長編作である。

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