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【第1章全文無料公開】李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』第8回 世界は敵だ。希望を持つな。


世界は敵だ。希望を持つな。殺される前に、この歴史を止めろ。

日本初、女性“嫌韓”総理大臣誕生。
新大久保戦争、「要塞都市」化した鶴橋。
そして7人の若者が立ち上がる。

新世代屈指の才能が叩きつける、怒りと悲しみの青春群像。


李龍徳
あなたが私を竹槍で
突き殺す前に

第1章「柏木太一 大阪府大阪市生野区 三月三十日」
全文無料公開
(毎日更新)
※第一回配信はこちらから※

シーンごとに震えの走る衝撃作。ぜひお楽しみください。
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絶賛の声、続々!

日本の「今」に投げ込む爆弾のような挑発的問題作
柳美里

恐ろしい。血が騒ぐ。まがまがしくも新しい在日の物語が生まれた。
梁石日

この痺れるようなディストピアの過剰摂取は、
ぼくたちを“深淵(しんえん)の祈り”でつらぬく。
真藤順丈


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第8回 世界は敵だ。希望を持つな。

夜の鶴橋を歩く太一と尹信(ユンシン)を追う三人の影−−それは現代日本にあまねく暴力のうちのひとつにすぎない。ゆっくりと足音が近づいてくる。いまや、すぐそこまで迫っている。奴らは、太一たちの存在を、常に監視する。だが、太一はそれ以上に、奴らをよく見ている−−。

 

 太一たちは店を出た。暗い夜道の端に連なる放置自転車。商店街の外れに一軒だけぽつんとある韓国料理店など危険のように改めて思われるのだけど、しかし客商売の邪魔になるとして自警団を受け入れたがらないのは、こんな時代に日本に商売しに来ようと渡ってきた新たな来日韓国人にありがちな気概ではあった。
「シン君の住んでた新大久保とも比べて、この鶴橋はオールドカマーのほうがずっと多い。さっきの店の人は違ったけどね。だから元々の特別永住者たちはこっちに逃れ着くこともあるし、それでキム・マヤさんのお兄さんも、はるばる横浜からご親戚のお宅にかくまわれるようにしてこの地に迎え入れられた」
 太一たち二人の、来阪の目的の最たるものは昨日のうちに果たしていた。そのための太一のスーツ着用でもあった。その説得に、複数日を要するようなら明日以降の予定はキャンセルするつもりだったが、むしろあっさりしたものだった。今日一日の予定が空き、男二人で鶴橋観光みたいになっているのも、そういったわけである。
 店にいた男たち三人も店の二階から降りてきた。
 太一は人通りのないほうにずんずんと歩く。三人組の男たちも同じ方向に来る。
 地方都市にあった小規模のコリアタウンは次々と壊滅させられ、それでも同化に平伏しない住民の一部は、例えば新大久保に、例えばここ鶴橋に、保護団結を求めて移住してきた。いわば排外主義者たちが強いて鶴橋や新大久保を要塞都市化していったのだが、そうした経緯があろうとなかろうと関係なしに不満と不安と窮屈さを覚えるようになったのが、元からその町にいた日本人の住民だ。
 例えば彼ら三人組のように。
 だからといって太一は微塵も同情はしない。同情心に引きずられるということが彼にはない。
「柏木さん」
「わかってる」
「シン君」
「はい」
「問題ない?」
「まったく問題ありません」
 彼ら三人は、排外主義組織の、嫌がらせに来た構成員というわけではないだろう。韓国人の女の子を口説き、近所に住んでいるとも言っていた。しんからの差別主義者はあんな本場の韓国料理屋の常連になりはしないだろう。美人の店員にはもちろん、韓国語訛りの中年女性店主にも媚びを売っていた。女目当てのそれだけの地元仲間。
 振り返り、改めて彼らを見るに、それぞれが日焼けして肉付きもいい。こういう肉弾戦に自信もありそうだ。
「너무심하게하지마(ノムシマゲハジマ)」
「알았어요(アラッソヨ)」
「그리고尹信아(クリゴユンシナ).먼저손대지마(モンジョソンテジマ)」
「알고았어요(アルゴイッソヨ)」
 聞こえる距離で、あえて韓国語を使ったのは最後にした挑発だ。
 それにしても、と太一は思う。あのシン君を前にして三人がかりだったら勝てると思うその判断力のなさが情けない。多少の見る目があれば、シン君を正面から見て総毛立たないほうがおかしい、──が、三人が三人だからこそ引っ込みのつかなくなっているということは、あるだろう。
「おまえら朝鮮人か? さっき反日的なこと言うとったやろ? 共謀罪の現行犯で私人逮捕したるからな、覚悟せえよ」
 その「共謀罪の現行犯で私人逮捕」というワードはひとしきり人口に膾炙(かい しゃ)して、中学生ですら使っていた。実際、テロ等準備罪の容疑で取り調べを受けた韓国出身の、日本の大学にそのときは籍のあったある男性教授は、その本来の罪状においては不起訴になるも、押収されたパソコンから見つかった証拠により、児童ポルノ単純所持罪で逮捕された。ネットで拾った画像だとして男性教授は罪を認め、勤めていた大学からは追われて、韓国に帰った。テロ等準備罪の使い道を広く日本国内に知らしめた事例ともなった。
「おまえらさっき、暗殺計画みたいなもん──」と言いかけたその最前の一人に黒い影が詰め寄る。その彼は思わず反射的に、おそらく恐怖心から拳を振り下ろしたのだがその腕を掴まれた。逆の左の腕も掴まれクロスにされて、そのまま路地に引きずり込まれる。うまいもんだ、と太一は大いに感心した。鶴橋にある、行政機関等による設置監視カメラのほとんどはスプレーを吹きかけられるなどして使い物にならなくされているとは聞いていたが、念のための暗い路地への引きずり込みだった。仲間の二人が慌ててそれを追う。見届けるため太一も駆け寄ってその路地に入った。
 太一が路地に入ったとき、犠牲者(というか加害者というか)の一人目であるその口説き男は、両腕をねじられた格好で地面に伏して、鼻から大量に血を噴き出していた。二人目が果敢に、あるいはパニックによる身投げ精神からか、タックルをしかけにいったがその頭を押さえられ、足の甲を思いきり踏まれた。踏まれた足を抱えるその逆の軸足を蹴り上げられて、側頭部をアスファルトに打ちそうになったところを支えられる。そのまま地面に寝かされたあと、甲を踏まれた左足ではない右足のその足首あたりを、また全体重を載せて踏まれた。骨のあたりを踏むためみたいなソールの厚いブーツだった。
 二人目をそのまま踏み越して前にした三人目は、すっかり戦意を喪失して立ちすくんでいるのみだったから、肩越しに、路地の入り口にいる太一を見て判断を仰ごうとする。あまりひどくするな、と言っておいたのにこれだとは、あとで言っておかないと、と思いながらも太一は、前方の彼に向かって首を縦にした。いちばん弱気だったその三人目は結局、みぞおちに大振りの拳を入れられ、膝をついたところを両手で首根から吊り上げられて、いちばんの恐怖心を植えつけられただろう。
「OK。가자(カジャ)」
 路地を抜けて、ぐるっと回って駅のほうに二人は向かおうとすると、ばったり、こちらは四人で歩く集団と出くわした。男三人に女一人。太一は一目で、自警団だ、と見て、
「すいません、あの、あっちの先の路地に入ったところで男性三人が怪我しているみたいで、うずくまってましたよ」と声をかける。「なんか知らないけど、僕たちは怖くて」
 自警団のなかの女が「いいです、あとは私たちに任せてください。ありがとうございました」と答え、先を行く。
 太一はその言葉に従う。四人の行くほうとは反対の駅へと向かった。在日に倒された在日嫌いが在日に介抱されて何を思い、さて、何を言うだろうか。

 

最終回へ続く

最終回「殺される前に、この歴史を止めろ。」は、3月19日 10時更新予定です

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著者

李龍徳(イ ヨンドク)

1976年、埼玉県生まれ。在日韓国人三世。早稲田大学第一文学部卒業。2014年『死にたくなったら電話して』で第51回文藝賞を受賞しデビュー。2016年、第二作『報われない人間は永遠に報われない』が第38回野間文芸新人賞候補となる。2018年に第三作『愛すること、理解すること、愛されること』を刊行。本作『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』は、「文藝」2018年秋季号(7月発売)〜2019年秋季号まで、1年あまりにわたって連載された、原稿用紙にして700枚におよぶ渾身の長編作である。

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