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恋愛は他人とするのではなく、自分とするものではないか――『私たちの望むものは』刊行記念 小手鞠るいインタビュー

7年ぶり恋愛小説『私たちの望むものは』刊行記念、小手鞠るいインタビュー

 

「恋愛は他人とするのではなく、自分とするものではないかと思う」

 

 

この3月に最新刊『私たちの望むものは』を上梓した小手鞠るいさん。『欲しいのは、あなただけ』『エンキョリレンアイ』と恋愛小説の書き手として知られる小手鞠さんだが、昨年は『ある晴れた夏の朝』で小学館児童出版文化賞を受賞するなど、児童文学にも活躍の幅を広げている。恋愛小説は今回、じつに7年ぶりとなるという。同書にかける想いを伺った。

 

 

初めて書くような緊張感と喜びと

 

――7年ぶりの恋愛小説『私たちの望むものは』が刊行されました。恋愛小説の名手とも呼ばれることが多い小手鞠さんですが、久しぶりに恋愛小説に向き合った理由をお教えいただけますか。

 

私が20代だった頃、一世を風靡した『あんたのバラード』という歌があるのですが、歌っていた世良公則さんも、当時は20代でした。あるとき、この歌を、60代になった世良さんが歌っているのを聞いて、全身が痺れるような感動を覚えました。20代のときの『あんたのバラード』とはまた違った、60代の『あんたのバラード』を歌える世良さんは、正真正銘のロックシンガーであり、骨の髄までアーティストなんだな、と。私も、20代だった頃から書いていた恋愛小説を、60代になった今だからこそ、ふたたび書いてみたいと思いました。『美しい心臓』を書いて以来、恋愛小説から遠ざかっていたので、初めて書くような緊張感と、同時に喜びを感じていました。書き終えた今は「ああ、帰ってきたんだな。また歌えた。同じ歌を、違った歌い方で」と思っています。

 

――具体的にこの本を書かれたきっかけというのはありますか?

 

「ふたたび恋愛小説を書きたい」と思うようになってから、長い時間をかけてずっと、物語をあたため続けていたのですが、たまたまその途中で、ギリシャに旅行したんです。海辺の町の貸別荘に滞在しているとき、ひとけのない寂れた田舎の村の海辺で、「ある圧倒的な風景」を目にしました。それは、とても荒涼とした風景ではあったのですが、私の目には神々しく、美しく映っていた。「ああ、これが恋愛というものの行き着く先なのかもしれない」と、思いました。そして「こういう恋愛小説を書きたい」とも。そうしてさらに「主人公も、この風景を見たに違いない。彼女はこの風景を目にして、何を思い、どう行動したのだろう」と。そのとき、『私たちの望むものは』に欠けていた最後のピースが見つかって、収まるべきところにカチッと収まったような気がしました。「ある圧倒的な風景」は、もちろんこの作品のなかに出てきます。

 

――この本には二つの恋が描かれています。どんな思いで二つの恋を描いたのでしょうか。

 

最初は、ひとつの恋を書くつもりでいたんです。その恋を、当事者ではないだれかに語らせようと思っていて、実際に書き始めてみたのですが、どうしても行き詰まってしまって、うまく進んでいかない。かなり試行錯誤しました。ファーストギアが機能しないんです。だから、重たい車を動かすことができない。そうこうしているうちに、時間がどんどん過ぎていって……。でもある日、ふっと、ひらめきがやってきたんです。恋を語っているこの人物にも、恋をさせてみたらどうだろう、って。過去と現在を行き来しながら、ふたつの恋が見え隠れしていくさまは、まさに万華鏡のようで、私自身、次はどうなるんだろう? と、ドキドキしながら書きました。 

 

――あまり具体的に伺うとネタバレになってしまいますが、読んだあとに謎の部分がいくつか残されていますね。

 

はい、それは私自身、「謎」のある小説が好きだからです。最後まで読むと、何もかもわかってしまう、作者が親切に何もかもを説明してくれている、つまり結論が導かれている作品ではなくて、どうしてもわからないところがある、作者に焦(じ)らされ、意地悪されているような気になってしまう、結末は書かれているけれど、決して結論は出されていない、そういう小説が好きだからです。たぶんそういう作品からは、20代のころに読んだときには20代の、60代のときに読めば60代の景色が見えてくると思うんですね。『私たちの望むものは』がそんな作品になってくれたらいいなと思っています。私にとっての『あんたのバラード』みたいな。

 

恋愛小説って、本当におもしろい

 

――小手鞠さんにとって恋愛とはなんでしょうか? 

 

「人間の仕事」ではないかと思っています。確か30年くらい前、名前は覚えていないのですが、ある男性作家が著書のなかで「恋愛は男子一生の仕事だ」と書いていて、その言葉が気に入って、今も忘れずに覚えているわけですけれど、このごろになって、私も「なるほど、恋愛って、一生の仕事なんだ」と思うようになりました。

人と人との恋愛だけを指しているのではありません。人は死ぬまで誰かを、何かを、少なくとも自分を、愛しながら、生きていくのではないでしょうか。そういう意味での「一生の仕事」です。そして、恋愛には、相手があるようで、ない。つまり、恋愛とは、相手とではなくて、自分とするものではないか、とも思っています。どんなに相手のことが好きでも、相手の心は絶対に見えません。どんなに相手が好きか、ではなくて、相手のことをこれだけ好きでいる自分のことが好きかどうか。それが恋愛の本質なのではないかと。

 

――最近は児童書から硬質な小説も多く手掛けられています。そのなかで恋愛小説を書き続ける理由はどんなところにあるのでしょうか。

 

おもしろいからです。恋愛小説って、本当におもしろいです。読むのも、書くのも、大好き。もしかしたら、恋愛よりも、恋愛小説の方が好きなのかも。誤解を恐れず言えば、私の好きなのは「不倫小説」。だって、幸せな恋の話なんて、退屈じゃないですか? 苦しい恋、悲しい恋、身をよじられるようなつらい思いをしながら、それでも好きという気持ちに縛られ、ふりまわされる……そういう人間の愚かさ、可愛らしさがいちばんよく表れているのが不倫小説じゃないかと思います。世の中には、不倫を忌み嫌い、不倫を責める人が多いけれど、不倫小説は美しい。どろどろした作品であればあるほど、私の胸にはその美しさが突き刺さってきます。

 

――読者へのメッセージがあればいただけませんか。

 

『私たちの望むものは』は、私からあなたにあてて書いたラブレターです。恋愛小説が好きな人にも、嫌いな人にも、読んでいただけたら嬉しいです。人はどうして恋に落ちるのでしょうか? 『欲しいのは、あなただけ』『エンキョリレンアイ』『愛を海に還して』『美しい心臓』——–これだけ書いても、まだ見えてこなかった答えを、『私たちの望むものは』には書き込んであります。でもその答えは正解ではありません。正解は、あなた自身が探して下さい。一生をかけて。

 

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著者

小手鞠るい

岡山県生まれ。同志社大学卒。1993年海燕新人文学賞を受賞。2005年『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞を受賞。主な著書に『玉手箱』『愛を海に還して』『年下の彼』『美しい心臓』など多数。

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