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『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』完結記念対談 柳美里×李龍徳「未来への苛烈な祈り」

李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』完結記念対談
柳美里×李龍徳
センセーショナリズムとしての、
スキャンダリズムとしての、テロリズムとしての小説

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日本初の女性〝嫌韓〟総理大臣が誕生し、在日狩りやヘイトクライムが吹き荒れる日本を舞台に、在日三世の柏木太一を中心とした五人の若者による差別への反攻を劇的に描いた本作。七〇〇枚のこの大作をめぐって、柳美里氏をむかえ、著者の李龍徳氏との対談を行った。いま、日本を生きるとは何か。小説には何ができるのか。そして未来はどこへむかうのか–−。

※この記事は「文藝」2020年春季号に掲載された対談の転載です※


日本の「今」に投げ込む、
爆弾のような小説

李 柳さんは、一九九四年の二十六歳の時に『石に泳ぐ魚』で作家デビューされて、一九九八年には三十歳で『ゴールドラッシュ』を書かれました。僕のデビュー作『死にたくなったら電話して』は二〇一四年で、当時僕は三十七歳だったから、遅咲きも遅咲きです。今回の対談にあたって柳さんの過去作を時系列に沿って読んだのですが、柳さんがこれらの傑作を書いたのが非常にお若いころだというということに打ちのめされました。

柳 私は十九歳の時に初めての戯曲「水の中の友へ」を発表し、デビューしました。二十四歳で岸田國士戯曲賞を最年少受賞したことで世間的に注目され、インタヴューや対談や週刊誌の連載エッセイなどの依頼が次々と舞い込み、書くことで食べていける目処が立ったんです。劇作家デビューから『家族シネマ』で芥川賞を受賞するまでに九年、『ゴールドラッシュ』までには十年です。自分では、若くしてとか、トントン拍子だとかは全然思ってません。

李 『ゴールドラッシュ』は、在日韓国・朝鮮人文学のひとつの頂です。書きあげた時は、虚脱感みたいなものはありましたか? やりきった、みたいな。

柳 小説のデビュー作『石に泳ぐ魚』がプライバシー権及び名誉権を侵害したとして小説のモデル女性から訴えられて、最高裁判決が出るまでに八年もかかりました。『石に泳ぐ魚』から『ゴールドラッシュ』までの約四年間で小説を十作書いていますが、ずっと裁判の被告だったんです。そして、芥川賞受賞を記念するサイン会が右翼を名乗る男性の脅迫によって中止になりました。記者会見を開いたら、「新しい歴史教科書をつくる会」の当時の中心メンバーの方々に保守系論壇誌上で総攻撃され、応戦する形で『仮面の国』というタイトルで社会評論を連載することになりました。『ゴールドラッシュ』を書いたのは、そんな時期ですからね。逆風というか、暴風に曝されながら書いたという感じしかしませんね。出血性胃炎と十二指腸潰瘍を併発して、入退院を繰り返していたし……。

李 その若さで各方面への論争も含め丁々発止、すごいです。

柳 二十年も前の私の話なんかより、龍徳さんの新作『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』のお話をしましょう。ひと言でいうと、問題作ですよね。非常に挑発的な作品です。龍徳さんはこの作品で、「在日」を存在そのものへと追い詰めている「憎悪」や「悪意」にまともに接触して火花を散らしながら、存在の苦しみを限界まで先鋭化させて、その尖りに尖らせた先端で最悪の「未来」を描き出しています。この作品は、どれくらいの時間をかけて書かれたんですか?

李 二〇一八年七月に連載を開始して二〇一九年七月に完結したので、それ以前の執筆期間を含めると約一年半ですが、構想段階から数えると、デビュー当時からですので約五年です。

柳 タイトルから、ですか?

李 タイトルは、書きながら思いつきました。最初は、この小説の最終章にあたる話を、一幕ものの短篇として書こうと思っていたんです。でも、書き始めたらそこにいたる話がどんどん細胞分裂的に増えていって、結果的に在日韓国人の若者たちの群像劇になりました。

柳 原稿用紙何枚ですか?

李 七〇〇枚です。

柳 最後まで、先が読めない長篇小説でした。何がしかのテロを起こすんだろうと想って読み進めながら、焦らされて焦らされて……登場人物たち一人一人がそれぞれ苦しみから身を翻すことの不可能さの中で、取り返しのつかない出来事が起きるのを今か今かと待ち構えているような期待と不安と緊張が持続して、最後は、え?と思わず声を上げたほど意外な結末でした。

李 この作品は過去作に比べ、時代に書かされたような気がしています。

柳 排外的愛国主義者が増加している日本の「今」に投げ込む、爆弾みたいな小説ですよね。

李 まさに、センセーショナリズムとしての、スキャンダリズムとしての、テロリズムとしての小説を目指しました。丸善に檸檬を置いてくるあの感覚ですね。また、それとは別に、生きた在日韓国人をいろいろ提示したいという動機もあって、日本の方のなかには、「在日韓国人はどうして帰化しないのだろう」と悪意なく素朴に疑問に思っている方がいて、それに対して在日韓国人にはそれぞれの答え方というものがあると思うんです。この小説内では、それこそ「韓国へ帰れ」と言われて帰る者もいるし、日本に残って戦う者もいる。政治運動に身を投じる者もいれば、冷笑的な者もいる。十把一絡げに何か得体の知れない集団として捉えられがちな我々在日韓国人ですが、個として、生活者として、その悩みも思想も生きている人間の数だけある、という当然のことを表現したかったのです。

柳 先ほど龍徳さんは「群像劇」とおっしゃったけれど、「二人」の関係に徹底的に拘った小説だと思いました。驚愕の計画の実行者である柏木太一とその側近的な存在の尹信の二人、強姦され惨殺されたキム・マヤと、妹の苦しみを引き受け生から剝離していくマヤの兄のキム・テスの二人など、二本に縒り合わさった糸が何本も何本も絡み縺れて綾をなしていく様が見事だな、と思いました。

李 ああ、そうですか。「二人の単位」で成り立っている小説とは、自分でも気づかなかった視点です。

柳 私の場合は、最初の登場人物の顔が浮かぶと、物語が動き始めることが多いんです。龍徳さんの場合は、二人の関係性が見えた時に、物語が立ち上がるんですか?

李 僕にとって、物語と登場人物と文体とテーマは、不可分です。すべてをある程度組み立ててからでないと書き始められない。でもその物語を、破綻させるというか、破局に向かわせる動力として僕は会話劇をよく必要とするのですが、その会話も、三人以上よりも一対一の時のほうが効果を増す。その場に三人以上の登場人物がいたとしても、なんらかの事情で退場させたり黙らせたりする。そう、確かに二人の関係性が世界そのものというのが、僕の文学、僕の小説ですね。

柳 旧約聖書『創世記』に記された最初の人間はアダムとイブの二人だし、古事記のイザナギとイザナミも二人です。二人というのは社会の基礎となる最小単位でありながら、社会的な関係の対極にあるものです。第三者を排除して、外からは窺い知れない二人だけの親密な関係を築く。太一と愛国青年の貴島斉敏の関係は、貴島の親密さへの飢えによって養われる官能的とも言える関係ですよね。太一は在日韓国人であることを隠して貴島に接近し、世界にたった二人で存在するかのような偽の親密さを創り上げる。龍徳さんは、親密さのぬかるみに足をとられ、人格ごと沈み込んでいく貴島の変化を容赦なく描いている。

李 自分は影響を一方的に与える立場であって、その逆はないと高をくくっていた太一も、やはり無傷ではいられない。二人というのは、社会というのは、そういうことでしょう。

柳 私は二〇一二年の三月から二〇一八年の三月に南相馬の臨時災害放送局(大きな災害が起きた時に臨時に開かれるラジオ放送局)で、「ふたりとひとり」という毎週金曜放送の三十分番組を担当していたんです。「ふたり」は南相馬在住の二人、「ひとり」は聴き手の私です。依頼をするのは一人なんですよ。番組の趣旨を説明して、「どなたでもいいので、どなたか一人連れて来てください」とお願いすると、だいたい親密な関係を築いている人を連れてきます。夫婦、友人、恋人、幼馴染、親子、兄弟─。いくつかの質問をしながら、二人の出会いや思い出や、今に至るまでの物語を聴くわけですが、最終的に約三百組六百人のお話を収録しました。二人の親密さから生まれる波紋が広がり、別の波紋と重なって漣が立ったり消えたりしながら、二〇一一年三月に起きた東日本大震災と原発事故が何をもたらし、何を毀損し、何を奪い去ったのかを伝えてくれます。
 龍徳さんは、一つの物語に二人の境域を張り巡らし、世界を囲い、閉ざし、その中に関係を封印するのを得意としていますよね。

李 得意というか、それが僕の限界でもあります。まあ、僕自身に友だちが少ないからでしょうね(笑)。

柳 デビュー作である『死にたくなったら電話して』でも、龍徳さんは主人公の徳山を、自分の脚で立てなくなるほど、初美に釘付けにしていきますよね。いわゆる「心中もの」って、二人の関係を現実の中で成就させるには越えられない障壁があって、その障壁を背にして死地に赴く道中に華々しい官能シーンが展開されるわけです。シンプルで解り易いエロスとタナトス。でも、『死にたくなったら電話して』の二人の関係の内に宿ってしまった渇望は、目的を達成しても消え去らず、欲求も満足させても癒されないものです。

李 「目的を達成しても消え去らず、欲求も満足させても癒されないもの」を描こうとしたのは、『竹槍』も同様です。しかし、それにしても、僕はわりとラストまできっちり定規でラインを引くように小説を書くタイプなんですけど、デビュー作のほうに関しては、主人公の徳山がなかなか死んでくれなくて……。

柳 そう、なかなか死なない(笑)。最後の方で第一志望の大学に合格して、八歳上の兄から入学費用を受け取ったシーンで、なんか徳山の顔つきが軽くなったような気がしたんです。これは、あれか? 二人の関係がほどけて、別れるのか?とも思った。だから、意外なラストシーンだった。しかも、その方法が−。

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