単行本 - 日本文学

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』完結記念対談 柳美里×李龍徳「未来への苛烈な祈り」 - 3ページ目

柳 恨は朝鮮民族だけが有するものではないと思うんですよ。私はいま東京電力福島第一原子力発電所の事故によって「警戒区域」に指定された、原発から十六キロ地点にある南相馬市小高区で暮らしているんですが、暮らしの中で「恨」に遭遇することがあります。南相馬市では全戸に放射線量測定器が配布されているんです。大熊町の帰還困難区域を訪れる計画があったので、このあいだ久々に線量計の電源を入れてみたら、液晶が黒くなって数字が読み取れなかった。南相馬市役所の被災者支援課の窓口に行ったんです。すると、隣の席に八十歳ぐらいのおばあさんが座っていて、窓口の女性相手に喋っていたんです。南相馬市内の仮設住宅は今年の三月で終了し、入居者は退去を迫られました。おばあさんも退去をして、娘さんと二人で小高の元の家に戻ったそうです。ところが、娘さんが急死してしまった。密葬で親戚にも知らせることが出来なかったという口振りから、自殺なのかな、と私は思いました。避難指示が解除された地域で自殺が増えている、という話をお寺のご住職から聞いていたからです。「いま、なにが、いちばんお困りですか?」という窓口の女性の質問に対して、おばあさんはこう言いました。親戚や友だちから「娘さんは元気にしてんのか?」と訊かれて、つい「元気だ」と答えてしまうのが、つらい。娘さんが失くさないように管理してくれていた補聴器が家のどこにしまってあるのかわからない、よく聴こえないのが、つらい─。それを繰り返し繰り返し訴えていて、窓口の女性は困り果てた顔をしていました。隣で線量計の修理について相談していた私は、おばあさんの原発事故に対する「恨」、娘さんの死に対する「恨」が胸に迫ってきて、泣きそうになりました。

李 きっと、その補聴器じゃないとだめなんでしょうね。

柳 そんな場面に日々出くわすんです。解こうとしても解けない「恨」の結び目みたいなものを、私は凝視してます。龍徳さんは「自殺」を繰り返し書いていますよね。

李 僕はけっこうお酒がひどいんです。アル中というほどではありませんが、僕にとって過度な飲酒はいわば緩慢な自殺です。小説をパッケージとして完成させたいのと同じく、どこかで人生もパッケージしたいと思っている。柳さんは『自殺』という本で「私のように遅れてきた人間にとって燃え尽きるというような特権的な死は決して許されない」と書かれています。まだ二十代だった当時の柳さんがそういう感慨を持たれるのですから、この現代で、積極的な自殺はドラマになりにくいでしょう。

柳 だから、『死にたくなったら電話して』の二人は餓死を選択するんですね。一方で、龍徳さんの小説を読むと、食べ物が次々と差し出されます。作品世界としては生の否定なのに、食べ物の色彩が豊かで、おいしそうな匂いが充溢していて、つまり生の輪郭を思わずなぞりたくなってくる。絶望を拒否することも、希望を抱くことも無意味だ、と囁かれながら、おいしいものを口いっぱい頰張り、味わう│。

李 生の肯定と死を見つめることは表裏一体ですよね。

柳 龍徳さんの小説は、真っ暗なのに色彩が鮮やかで、美しい。

 

在日韓国人の多様性
恐怖を克服するための物語

柳 『竹槍』で柏木太一が仲間として集めている人たちも、それぞれが自殺願望を抱えていますよね。私は、その願望を使って同時多発自爆テロを起こすのかなと予想しながら読み進めました。

李 テロを起こしてもこの流れは変わらない、というのが僕の実感なんです。誰かを殺したからといって、変わるものではない。ハンガーストライキをしようが、抗議の焼身自殺をしようが、もはや刺激の足りないニュースとして無視されるのが、日本に限らないこの現代社会ですから。

柳 ものすごく周到で、ものすごく悪意のある結末です。

李 これを書く前は、ヘイトスピーチをはじめとしたいまの日本の在日韓国人をめぐる状況を、誰か他の在日韓国人作家が書いてくれないか、と様子見をしていたんです。そうしたらいま、本国韓国からの輸入文学のほうが話題沸騰で、それはそれで皮肉な状況で面白いです。

柳 韓国文学は、欧米文学と同じ並びで受け入れられていますよね。もはや、冬ソナブーム・韓流ブームに沸いた時代とは異なり、K‐POP大好きな若い女の子たちは、ハングルやメイクや食文化をおしゃれでカッコいいと感じている。本国の小説家の名前が、ポップなデザインの本の表紙にハングルで表記され、日本で広く受け入れられているのは、何か不思議な現象ではなく、時流に沿っている。
 その一方で、「在日」の俳優や歌手や芸人やスポーツ選手は、本名では売り出されない。芸名や通名ですよね。本名よりも通名に愛着があるという人もいるだろうけど、芸能事務所が本名を名乗らせない。K‐POPや韓国文学がこうして日本で盛り上がることによって、「在日」の存在が「捻れ」あるいは「陰」として際立ちます。欧米の人には、こう質問をされます。「日本に移住して何世代も経ているのに、どうして韓国の国籍を保持しているんですか? 日本で生まれ育ち、日本語を話しているんだから、韓国系日本人でいいんじゃないですか?」と―。

李 だから四世、五世になると帰化する人が増えてきます。それは自然の流れで、僕らは滅び行く民なのでしょう。

柳 ここまで日韓関係が悪くなる前に、ソウルでインタビューを受けた時に、新聞記者にこう質問されました。「日本ではK‐POPが大人気だし、もう在日韓国人に対する差別なんて無いんじゃないですか?」と。私は「韓国本国から来た芸能や芸術への人気がいくら高まったところで、在日韓国・朝鮮人に対する差別は無くならない」ということを説明したんですが、なかなか理解してもらえなかった。龍徳さんのこの長篇小説には、タイトルの『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』が示している通り、遡れば関東大震災直後に殺害された数多くの朝鮮人たちの恐怖が帯電しています。日本人の自警団たちに捕まえられて、「じゅうごえんごじっせん(十五円五十銭)」などと言わされた朝鮮人たちの恐怖です。朝鮮人の間でも、それを正しく発音しないとその場で殺される、という噂は広まっていたと想うんですよ。震災後一週間にわたって、関東全域で、数千人の朝鮮人が殺害されているわけです。なかには、家族や友だちといっしょに「十五円五十銭」を練習した朝鮮人もいたのではないか。その緊張と恐怖は、身体的な体験、記憶です。それは、ホロコーストを体験したユダヤ人たちの中に伝承されているように、在日韓国・朝鮮人たちの中でも伝承されています。

李 中学に入るくらいまでの僕は、歴史は繰り返されないと本気で信じていたんですよ。しかしその、縮小規模ではあるかもしれない再演は行われている。

柳 排外的愛国主義者たちは「朝鮮人をぶっ殺せ!」「柳美里も息子も焼き払った方がいい」「在チョン帰れ」「ゴキブリ在チョン」「チョン死ね!」「キムチ悪い」などという知性の欠片もない言葉を繰り返していますが、でも、街なかで「朝鮮人をぶっ殺せ!」と叫びながらデモ行進をしている時点で、もはや「ネトウヨ」ではなくて社会的な存在ですからね。彼らを顔を持った実在する人間として認識すると、怖い。ピリピリと膚に触れてくる恐怖、爪先から髪の先まで緊張する感じ……彼らが深夜五、六人で手に手に竹槍や包丁や鳶口を持ってやってきたら、逃げることはできません。私も息子も殺されてしまう。

李 僕は、いまこうして話をしているあいだにも、差別容認主義者たちの反論の声が幾重にも聞こえます。そしてそれがとてもうるさい。とても疲れます。

柳 東北沿岸部でボランティアとして働いている人の中にも排外的愛国主義者たちがいます。南相馬沿岸部で行方不明者の捜索をして地元の人からは「善人」として感謝されている男性が、SNSで「柳美里の母親は韓国から来た密航者」と書き、彼の仲間のボランティアの看護師が「顔の薄いヤツに囲まれると蕁麻疹が出るから、在日だらけの西の方には行かない。放射線よりよっぽど体に悪い」などと書いていたのを見た時は、暗澹たる気持ちになりました。医師や大企業のトップにだっていますから、たとえば、初めての歯医者の前で口を開ける時や、内科医に聴診器をあてられる時や、看護師に採血をされる時に、別の意味で緊張するわけです。こっちは保険証を出してますからね。命を預ける相手が排外的愛国主義者かもしれない、という恐怖による緊張です。
 この小説は、そういう恐怖と緊張の中から誕生したんですよね。最後に言います。タイトルが素晴らしい。「あなたが私を竹槍で突き殺す前に」。

李 お褒めいただき、大変光栄です。このタイトルもまた時代に書かされました。そういう意味ではあまり自分の功を誇る気になれないのですが、ともあれ、希望は芸術にしかありません。恐怖を克服するためにはその恐怖のもとを克明に描くことでしょう。そのくだらなさを暴く。それに加えて僕にできることはせいぜい、様々な悪意や、その裏のささやかな善意を物語化して「さあご覧なさい」と突きつけてやることです。「こんなもんだろうね、ざまあみろ」と舌を出してやることです。

(二〇一九・一一・二二)

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絶賛の声、続々!

日本の「今」に投げ込む爆弾のような挑発的問題作
柳美里

恐ろしい。血が騒ぐ。まがまがしくも新しい在日の物語が生まれた。
梁石日

この痺れるようなディストピアの過剰摂取は、
ぼくたちを“深淵(しんえん)の祈り”でつらぬく。
真藤順丈

 

世界は敵だ。希望を持つな。殺される前に、この歴史を止めろ。

日本初、女性“嫌韓”総理大臣誕生。
新大久保戦争、「要塞都市」化した鶴橋。
そして7人の若者が立ち上がる。

新世代屈指の才能が叩きつける、怒りと悲しみの青春群像。


李龍徳
あなたが私を竹槍で
突き殺す前に

第1章 全文無料公開中
※第一回配信はこちらから※

シーンごとに震えの走る衝撃作。ぜひお楽しみください。

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