単行本 - 日本文学

在日韓国人が直面する現実のディストピアを描いた青春群像劇――李龍徳 著『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』

日本のディストピア・ナウ

「こういった『尋常ならざる事態』になると、マイノリティの案件は後回しに。そして、ヘイトのスケープゴートになる」

 数日前に、在日韓国人の知人から送られてきたメッセージの一文だ。私たちは、レイシストの歴史歪曲への反撃に関わる、ある計画を一緒に進めていたのだが、ことごとく一時停止を強いられた。協力を期待していた有力者がコロナで忙殺されているからだ。それも「仕方ない」と私は思っていた。だが知人の目には見えているのだ。騒動のなかでマイノリティの存在が忘却されるその一方で、災害時にこそ膨らむレイシズムの刃が自分たちに向けられる可能性が。私には返す言葉がなかった。

 それがちょうど、『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』を読んでいる最中のことだった。この小説は「排外主義者たちの夢はった」という一文から始まる。外国人が生活保護から除外され、使用は禁止され、植民地支配に由来する特別永住資格も廃止される。何かあれば簡単に、生まれ育った日本から韓国へと「強制送還」される。在特会の主張を地で行くそうした排外主義的な政策を推し進めるのは、ダイバーシティを掲げてみせる「日本初の女性総理大臣」だ。就任するまであれほどの極右とは思われなかったという記述を見れば、誰をモデルにしているのか、何となく思い浮かぶ。

 しかしこの小説は政治SFではない。そうした設定は、あくまでも小説的な仕掛けである。私たちが生きている2020年の現実に、太い線で縁取りをしてやることで、その本質をくっきりと浮かび上がらせる仕掛けだ。描かれているのは、在日韓国・朝鮮人の生をめぐって今の日本で実際に起きていること、あるいはそこに至る戦後の歴史において実際に起きたことだ。帰国事業や在日留学生スパイ罪事件のような歴史的事件から近年の反ヘイト運動までの出来事や、在日が強いられている現実やその中で抱くさまざまな思いが、粉々にくだいたうえで散りばめられ、乱反射している。

 その乱反射のなかに、私は、在日の知人や友人から聞いた彼らの経験や思いの断片をいくつも見出した。差別が生をむしばむこと。「日本」と「本国」への思い。そういった断片だ。この小説は、それらを乱反射させながら、絡み合う、ままならぬ複雑怪奇な世界を、パノラマのように浮かび上がらせる。ノワール小説的な展開と、差別やナショナリズムをめぐるドストエフスキー的な議論の混合が、それに熱量と迫力を与える。一気に読み終えた。

「鬱おもて」と「夢のうら」という一種のドラッグの話が出てくる。「鬱おもて」は、人工的に抑うつ状態を作り出すものだ。底まで沈み込んだ鬱の世界は静かで安定している。使用者はそれを求めてわざわざ「鬱おもて」を使用する。一方、「夢のうら」は見たい夢をいくらでも見ることができるというもの。どちらも強い依存性があり、「鬱おもて」の使用者はいつまでも鬱の底に沈潜し、「夢のうら」の使用者は夢の中から出てこなくなる。ときに使用者は、二つのドラッグに交互に依存するようだ。

 主人公たちは、グロテスクな世界のマイノリティとして、そんなグロテスクな現実を生きている。絶望と、かすかな希望。希望は雲の隙間から覗く太陽のようにまぶしい。不意に飛び込んでくるそうした描写には一瞬、胸をつかまれる。しかしそれは、すぐにまた雲に隠れてしまうから、むしろ絶望以上に残酷だ。小説では、レイシストから在日の民族運動活動家に至る様々な人物が登場するのだが、彼らはそれぞれに自らの思想を語る。それは、グロテスクな世界にふさわしいグロテスクな思想だったり、反対に、それに抗する理想主義だったりする。しかし理想主義はグロテスクな世界の現実に押しつぶされる。「鬱」が「おもて」で「夢」が「うら」の世界なのだ。

 繰り返しになるが、これは、読者が生きている現実の日本がもつ一つの貌だ。主人公は言う。

「日本の現状だって、飼いらされて気づいてないかもしれないけど、いや、かなりのディストピアだから。何も明確なジェノサイドや強制収容所の再来だけがディストピアじゃない。ディストピアは今だ。…毒ガスではなくただ憎悪を募らせて空気を悪くし、マイノリティを窒息させるこの締め出し方こそ、奴らの学んだ新しいクレンジング方法だ」

 そうしたグロテスクな現実を作り出す「日本人」に対して、主人公たちは「裏をかく」ことで反撃しようと試みるのだが、その方法自体が強烈にグロテスクである。しかし私には、この方法は『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』という小説そのものに重なって見える。この小説は、マイノリティが強いられるグロテスクな現実を「少しずらされた新鮮な物語」とすることで裏をかき、マジョリティの「日本人」を主とする読者に投げつける企みなのだ。

 まるで「自爆テロ」だ。爆発を浴びた読者には、もはや現実はそれ以前のようには見えなくなる。同僚の何気ない一言に、キヨスクにぶら下がる夕刊フジの見出しに、ヤフーのコメント欄に、朝鮮学校にはマスクすらも配らず「転売するかもしれないから」と言い放つ役人のなかに、懐かしい街の記憶の中に、在日が強いられるディストピア的な現実が見えるようになる。しかし私たちは依然としてマジョリティだ。この小説は、マジョリティの読者に安易な救いも「普遍性」も提供してくれない。読み終えた私たちは、爆発現場に呆然と立っているしかないのである。

初出「文藝」2020年夏季号

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著者

加藤 直樹

編集者、ライター。67年生。著書『TRICK-トリック「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』

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