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藤沢周『武蔵無常』インタビュー

藤沢周『武蔵無常』インタビュー
ある時、武蔵が執筆を許してくれた。


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46歳から剣道を始めた理由

——藤沢さんは現在、剣道四段とのことですが、四十六歳の誕生日から始められた、そのきっかけは何ですか。

 十年ほど前のことで、息子が小学校に入った頃ですね。息子に「誕生日は何が欲しい」と訊くと、「ほら貝」とか言うんですよ。「武士(もののふ)が使う物だから」と。乗馬をやったり、武道みたいなものが好きなんでしょうね。じゃあ剣道をやらせようかと思って、一緒に道場について行くと、高段者のおじいさん先生が出てきた。

 僕は道場の端っこで、あぐらをかいて見ていたんですよ。幼い頃から柔道をやっていましたから「道場の雰囲気、なつかしいな」と。そうやって見ていたら、先生がやって来て「お父さん、ちょっと素振りしてみなさい」と言うから、「いやいや、僕は竹刀を持ったことがないので」と断ったんです。柔道でしごきの道具として使ったことはありますけど、やったこともない。それでも「いやいや、ぜひやってみなさい」と言われて、素振りをしてみたんですよ。そしたら「ん、あなたやってたね?」とおっしゃるんです。「いや、やったことないです」。「これね、本格的にやったら大変なことになるよ」とおじいさん先生。「え、本当ですか」となって、けっこう値が張るのですけど防具を買って、一週間後に入門したんです。

「お父さん、来ましたね」なんて言われて、「まず素振りをやってみなさい」と。そしたら十ヶ所くらい注意された。要するに、おじいさん先生にまんまと乗せられたわけですよ。でも「筋がいいですね」なんて言われて始めちゃったんですね。

大学まで柔道をやっていて、柔道も本当に奥が深い世界ですが、剣道もまた深い。深過ぎる。たとえば柔道は体が接触していますから、自分が押せば向こうから返ってくるのがわかる。剣道の場合は触刃(しょくじん)つまり、剣先で触れ合っているだけですから、それがまったくわからない。

 四病と言うんですけど、驚懼疑惑(きょうくぎわく)といって、驚く、懼(おそ)れる、疑う、惑う、この四つに囚われてしまうんです。つまり接触していれば「こう行けば、こう来る」とわかるんですけど、剣道では相手を剣先で押しても反応しなかったら「え、なんで?」と思うわけです。そこで「打ってもいいのかな、どうしようかな」と迷った時点で、バーンと来られるわけです。自分自身に勝たないとどうにもならない世界なんです。

——しかし藤沢さんは大学まで柔道を本格的にされていて、お父様も新潟で有名な柔道家だったわけですが、どうしてやめてしまったんですか。

 小説を書く方が面白くなったから、かもしれません。実際怪我することも多いですし、大人になってやるのも無理があるかと思って。実際に今でも柔道をやっている年配の方がいらっしゃいますけど、やっぱり型の方がメインになりますからね。腕やら足を折ったりする危険がある。剣道の場合も多少怪我はつきものですが、年齢を超えて、いわゆる生涯剣道ができるんです。武道の精髄、エッセンスをつかみながら、自分のペースで自分の剣道をやることができますから。

——四十六歳から始めて四段までいくというのは珍しいんじゃないですか。

 そうですね。ありがたくもストレートに来させていただいて。大概どこかで落ちるんですよ。また剣道って面白くて、初段になったら一年修行期間があってから二段を取って、二段になったら今度は二年の修行期間、三段になったら三年の修行期間を経ないと受けられないんです。その修行期間を経て、その段位となるわけです。だから修行してのち、次の段位を受ける。途中どこかで落ちたりするし、それが勉強なんですけど、今のところスムーズに来ました。四段をとったのが二年ほど前です。五段は、四段をとって四年経たないと受けられないので、あと二年ですね。

武蔵は執筆を許さなかった

——殺人剣への問いが底流にあるわけですが、藤沢さんにとって人を殺めるという行為は、リアルなものとして考えられますか。

 若い頃、自分にも世界とのギャップやずれがあって、世界が自分を試しているんじゃないか、という感じが絶えずありました。自分がいることを証明するために殺人を犯す人間がいると思うんですよ。たとえば永山則夫もそうだと思うし、神戸の少年も……どうにもならない事件ですけどね。ドストエフスキーのラスコーリニコフみたいな種類の人間がいる。ああいう種類の人間って何なんだろう、とずっと考えていて、やっぱり自分と通底するものもあったと思うんです。自分は表現という手段を見つけたから幸運にも変な道に入らずに済んだんですけど、ひょっとしたら彼らも生きることや世界や世間とのずれ、齟齬みたいなものがどこから生じているのかを詰めて考えていって、そこのわけのわからない、言語にならない部分を、もがきながらも言語化し表現していたら、殺人とは違う方向にいけたんじゃないかなという思いがあったんですよね。

——藤沢さん自身も若いときにけっこうギリギリなところにいたとおっしゃってますよね。藤沢さんご自身が自分の中に沈めている部分があるんでしょうか。

 ありますね。今でも本当にあるんです。ただそれを現実に行動に移そうなんて思わないだけです。でもわからない、タイミングしだいで。飽和状態になって何かが暴発するという可能性だってあるかもしれない。今のところ自分ではないだろうと思っていますが……。それはね、自分自身がなくなるということがあって、そのなくなったときに違う自分がひょこっと現れてくるということなんです。

 武蔵もそうなんですけど、絶えず自問して、自分とは何なんだろう、世界とは何なんだろう、なんで俺がこの世界にいるんだろう、って思っている。その解答はなかなか出てこないんですけれども、そこでどんどん自分を破砕していったときに自分が無くなり空無化する。その状態になったときに、ふわっと何か開いてくる。この小説では“独行の這入(はいり)”と名づけていますけど、そこが開いてまったく違う自分が出てくる。このまったく違う自分というのは、今まで考えていた世界とは違う世界の位相をもたらすものなんです。究極的には、違う自分は違う言語をもっているわけです。この人が違う言語で違う世界を描写することができる、あるいは違う世界を斬ることができれば、これは立っていることができると思うんです。それができないと、狂ったり犯罪をおかしたり、あるいは自分の命を殺めたりする。そこのところですよね。そういう部分を書きたかった。

——違う自分が出てくるというのは、藤沢さんご自身の経験でもあるわけですね。

 ありますね。俺はこんな部分をもっていたんだって。今、言葉でいうと簡単ですけど、もっとおどろおどろしいものです。本当の心の奥底にあって、自分でも名づけようもない、自分も知らない表情のもう一人の自分がいる。あれは多重人格ともまた違うと思います。仏教でいうアーラヤ識なんだと思うんですよ。アーラヤ識とは、人間の心には自我があって、自己があって、無意識があって、無意識のいちばん底のところですね。そこには言語ならざるものが混沌として蠢いていて、言語なるものの種みたいなものが浮かんできて、事物と一緒になって我々は認識する。これを僕は魔界と呼んでもいいと思うんですけど、そこをどう扱うかが作家であり、一方で、それがあるいは犯罪者にもなるのかもしれません。

——その魔界を書きたくて藤沢さんは小説を書いておられると思うんですけど、それは武蔵を書くことがいちばんふさわしい題材だったということですよね。

 はい。世間では吉川英治さんの武蔵が有名ですね。もちろん素晴らしい作品だと思うし、もちろん苦悩の時代も描いていますね。けれども武蔵は、もっと悪だったのではないか、もっと狂っていたのではないか、あるいは嫌な奴というんですかね、どうにもならない獣のような男だったのではないかな、と思っているんです。

 最初に書き出したとき、半分くらいまで、宮本武蔵にずっと怒られているような……。「お前は許さん」と武蔵が絶えず言ってくるんです。僕は何度も書くのをやめようと思った。だけどだんだん、巌流島というか、ある虚構の殺人を犯すことによって自らのアーラヤ識、無意識の底、魔界を見ることができて、世界をつかんでいくルートが見えてきたときに、ようやく武蔵が自分に書くことを許してくれたという感じがあったんです。

 この小説をなぜ書いているかを問うと、すなわち自分自身の抱えている闇、はぐれている部分と向き合うことだと思うんです。けれども、それを武蔵に託して書いていることに対して、武蔵が「俺を使って書きやがって。わかってるんだろうな」みたいなことを言ってくる感じがしたんですよ。これには本当に苦しみましたね。実在した人物をモデルにして書くことは、ある意味、不遜なことですから。

——武蔵から許可が出たというか、何か作品内であったんですか。

 武蔵を殺人者として書いていますけど、僕が絶対に許せなかったのは武蔵が幼い少年を斬ったということだったんです。嫌なんですよ、どうしても。幼い子を殺害するなんて。立ち合いの世界で、吉岡一門との戦いのために、相手が首領を立ててきた。それはよくあったことだと思うんです。だけど斬るまではないだろう。それを徹底的に突いてやろうと思ったんです。そうすると彼の無意識の底にある悪や、自分を証明するために世界を翻弄する、人の命を翻弄するとか、そういうところと戦った。嫌悪感をもちながらも、書かずにはいられなかった。もしも小次郎が武蔵だったら、あのとき吉岡一門の幼い首領を一乗寺下がり松では斬ってないと思うんですよね。

——逆に言えば、それを理解できた感じがあったんですか。武蔵が藤沢さんが書くことを許さないと言っている一方で、藤沢さんも武蔵を許さなかったわけですよね。

 あのとき武蔵が斬った本当の理由はおそらく、吉岡が考えた謀(はかりごと)みたいなことへの怒りだと思うんです。自分を証明するために、勝負事、殺し合いをやっている男がギリギリの崖っぷちに立っているところに、ある種の政治、謀が入ってきたことに対する怒りなんですよ。単純に自分が勝つために首領の首をとったらこの勝負は終わりだろうということではなく、もっと自分の精神に食い込んで切り裂いてくる何かしらの陰謀みたいなものに、一気にいらだちが爆発した。彼は狂っているなりにも、唯一、剣が自分を証明しているものですから、それを完全にコケにされたような感じだったと思うんですよ。

——自分を証明するために人を殺すということに対応するような感覚は、ご自身もおもちなんですか。

 近いのはあったかも知れませんね。それは、世界や生きることに対する不調和だと思うんですよね。なぜ自分が生きているのかということに絶えず責められている感じがあるんですよね。でも、自分というものが大事なんですよ。たぶん皆さん、そうだと思います。そのときに「試せ、試せ」と声をかけられるんです。世界の無限性みたいなもの、永遠性みたいなものから、声をかけられている感じがするんです。「おまえが本当に生きているのか、試してみろ」って声がする。そうすると、無謀なことをやってしまうわけですよね。

 たとえば馬鹿な話ですけど、『奇蹟のようなこと』や『心中抄』で書いたように、屋上の縁で逆立ちをしてみるとか、車が暴走してくる目の前で走ってみるとか、愚かなことですけど、「小さな死のレッスン」をくり返すことによって「自分は存るんだ。生きているんだ」と確かめていたことが、多分にあったんですよ。それが本当に子どもの頃から、学生の頃、二十六、七歳までずっとありました。これは人として絶対に許されないだろうなっていうことを、やってみないと耐えられなくなるんですよ。だから犯罪すれすれで、発覚すれば犯罪者になっていたかもしれないようなことをして確かめたくなる衝動と言うんでしょうか。それに近い感じをもっていましたね。

 僕は、小説を手に入れるまでは、絶対にろくな道は歩まないだろうな、って思っていましたから。いや、さらに、と言えるかも知れませんが。

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武蔵に剣を振るわせた悪魔


——藤沢さんが小説を書いておられるとき、「武蔵なるもの」が何か答えてきた部分はありますか。

 たぶん嫌だったんでしょうね、そういうところを書かれるのが。こう言うと馬鹿みたいだけど、それが本当にわかるんですよ。武蔵は嫌だろうな、とわかったんです。でもここは僕の勝負どころだし、武蔵もたぶんそこは本当に詰めようと思ってやっていたところだと思うんですよね。剣をどういうふうに求道に転化させるか、を考えていたと思うんです。それは、ある種のアリバイのような感じだったとは思うんですけど、でもそれが巌流島の小次郎によって救われて、本当の剣、求道の世界に昇華していったと思いますね。それを考えたときに、「よし、もう書いていい」という声が降りてきた感じがあった。

——武蔵がいちばん嫌がっているところはどこですか。

 やっぱり自分がいちばん強いんだ、剣は誰にも負けないんだ、武道を極めるんだと言いつつ、全然違う部分で獣のような悪魔のような何かが剣を振るわせている。それが嫌だったんじゃないですかね。“独行の這入”、その扉が開いていったときに悪魔めいたものが現れてきます。“独行の這入”は僕がつくった言葉ですけど、武蔵は『独行道』というものを残しています。短いもので、「神仏を頼まず」とか「我事において後悔をせず」とか有名な言葉がありますね。だけどあれは文章化されて綺麗な言葉が並んでいますけど、あそこにたどり着くのにそうとう自分の中の自分を圧殺したものがあるんだろう。自分自身を斬る。自分自身に斬られる。そういうものをたくさん経てきたんだろうなという思いがあります。

——さきほど「小さな死のレッスン」のお話伺いましたが、おそらく生命の限界を試していたんじゃないでしょうか。その感覚は殺人という行為にも通じるものがある。生命を試すということを考えてしまったということですね。

 僕らは幼いとき、三歳くらいになってようやく言葉を覚えてきて、認識して、自分というものをつかんで、自分の親はこの人で、友だちがいて、社会があって世間があって、というふうに少しずつつかんでくる。でもそれって、自分という自我を通してつかんでいる世界ですよね。ところがそのとき、自分が全然違う言語とか、全然違う世界の見方とか、あるいは言語以前に体感していたもの、これを溜め込んでいたら、これがいつか反乱を起こすんですよ。その反乱にいつもものすごく苦しんでいた。それまではものを見たときに、たとえば川の光を見たら川になりきっていたり、風を感じたら風になりきっていたりできたものが、言葉によって「これは風が吹いているから」「これは川の光がまぶしくて綺麗で」というものの感じ方や見方ができるんですけど、そうではない何かが残っているわけです。そこが反乱を起こしたときに「お前の世界は違うぞ」と言ってくるわけです。「もっと違う世界があるぞ」と。“独行の這入”を開いたときに、これは豊穣な世界なんですけど、武蔵はそういうふうに考えない。自分を疑う方向にいく。自分を殺す方向にいく。そうならないために、とんでもない世界のエッジを試しながら武道のほうへいってしまう。だけど武蔵が行き着いた禅の世界は、自分と他者の主客未分の状態みたいなものを肯定する。こんなベストな状態はないだろうと思う。ほんのちょっとの違いなんですよね。

武蔵はまだここにいる

——「斬られる刹那に、すべてを得る」と武蔵は言っていますが、この小説で武蔵は斬られたのだ、と考えておられますか。

 僕は愚独にまず斬られていると思うんですよね。愚独はもちろん武蔵自身の幻魔です。五輪塔も斬っているわけですから。また、自分自身にも斬られているし、小次郎にも斬られていると思います。

——実際に着物を斬られていますが、そういう意味ではないんですね?

 そうではなくて、自分自身の今までの迷い、逃げることに対する脅え、世界に対する脅え、そういうものを小次郎が斬ってくれたんだろうと思うんです。それは彼と立ち合った時点で武蔵は、新しい光を見せてもらったんじゃないでしょうか。つまり、自分は形あるものは斬れるけど、形ないものは斬れない。そこで自分の魔みたいなものに襲われて、もがいているわけです。ところがまったく言葉や形にならない刹那みたいなものを、形にしているのが佐々木小次郎だった。「鳥飛んで鳥のごとし」とか。これは道元の言葉なんですが、『キルリアン』という自分の小説で「あの蝶は蝶に似ている」というフレーズを書いたことがあるんです。仏教的に言うと、蝶を見たときに蝶と思ったら、もうものを見ていない証拠なんです。自分自身が見て認識しているから、本当の意味で見たことではない。そうではなくて、蝶が蝶になる一歩手前のところを見ているというのが、本物を見るということ。それを会得したのが小次郎であるという設定にしています。小次郎自身ももっていただろうけど、今まで怯えていた“独行の這入”というものが実は豊穣なもので、ここを究めることが自分の剣のあり方なんだと教えてくれたのが小次郎なんだと思いますね。

——小次郎はまさに“独行の這入”のような経験をもっている人だとお考えですか。

 僕はそう考えていますね。これは僕のつくった小次郎像なのですが、武蔵とは真逆の剣をもっていたと思っています。ただ活人剣ではなくて、もちろん殺人剣でもなくて、もっと世界の原理みたいなものを自分でつかもうとしている剣だな、と思って書きました。

——通常作家は、小説が終わると、その世界が終わる、消えてしまうというケースが多いようですが、今回は書き終えられて、まだ武蔵はいますか。

 まだ、いる感じがしますね。これは大きかった。武蔵はまだここにいる感じなんですよ。『キルリアン』を書いたときもそれはあったんです。ずっと、もうずっとだろうな、と。しかし今回は、それがもっともっと強かったですね。こういう経験は初めてだと言っていいと思います。

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