単行本 - 日本文学

第53回文藝賞受賞受賞作『青が破れる』刊行記念
町田康×町屋良平 特別対談(前編)

『青が破れる』
町屋良平 著
 
この冬、彼女が死んで、友達が死んで、友達の彼女が死んだ。
ボクサーになりたいが、なれない青年・秋吉。夏澄との不倫恋愛を重ねながら、ボクシングジムでは才能あるボクサー・梅生のパンチとのスパーリングを重ねる日々。
ある日、友人のハルオに連れられハルオの恋人・とう子の見舞いへ行く。ハルオに言われその後はひとりでとう子のもとを訪ねることになるが……。
清新にして感情的な新たなる文体。
21世紀のボクシング小説にして、現代を象る青春小説である第53回文藝賞受賞の表題作「青が破れる」に加え、書き下ろし短篇「脱皮ボーイ」と「読書」を収録。

 

◎登場人物
秋吉 ボクサーになりたい主人公。でも才能なし。
梅生 秋吉のジムの同僚。かなり才能あり。
ハルオ 秋吉の親友。たまに唐突に消える。
とう子 ハルオの恋人。余命短し。美人。
夏澄 秋吉の恋人。夫・子あり。つまり不倫。

 

 

【町田康×町屋良平 特別対談】
「ままならない激情の静けさ」

 

小説でしか描けないやるせなさ

町田 選考会の前に一度読んで、今回の対談にあたってもう一度読んだけど、やっぱりいいですね。小説を書こうとすると、どうしても洒落た表現や言い回しを使いがちですが、『青が破れる』はそうせずに、実体のある言葉で書かれている。自分が本当に考えたことのある言葉や、深い体験に基づいた言葉です。その点が、他の候補作に比べて優れてると思いました。文章に無駄がなく、違和感があるところも、よく読むとわざと違和感が出るように書いていますよね。
町屋 ありがとうございます。
町田 ボクシングは今もやってるんですか?
町屋 練習生として、ジムに通ってます。
町田 この小説では、登場人物がしっかり生きていると思います。人間って、生きていたら失敗したり、思い通りにならなかったり、界はよくわからないことの方が多い。しかし作者はそれを、分かっていることのように書いてしまうことが多いんです。この小説では、分からないことは分からないまま、作者が思い通りにならないことは思い通りにならないまま。つまり、思い通りにならない人生のままならなさを書いている。するとふつうは訳の分からない小説になりますが、これはそうではない。たとえば歌で言うと、演歌でもJ‐POPでもなんでも、人の死や恋人との別れの切なさ、やるせなさを歌うけど、その感情はものすごく抽象化された言葉で描かれる。前後の状況をすっ飛ばした最大公約数的な言葉が、人の琴線に触れたり、感動させたりする。それは別に悪いことじゃなく、歌の機能だと思う。でも小説は違うでしょう。小説でしか描けない切なさややるせなさがある。
町屋 メロディーが音楽に色をつけるように、小説の場合は文章で物語に色をつけなければいけないと思っています。歌ならメロディーや声、絵なら筆のタッチなんかにあたるものを、小説で表現するなら、物語と言葉の関係を一番強く考える必要があると、意識して書きました。
町田 だからこんなにしっかりしているんですね。
町屋 そう言っていただけると嬉しいです。読んだ印象では息がぬけるように、文章自体が固くならないように気をつけました。
町田 選考会の時に、「どうしてとう子さんの所にはこんなにお見舞いに来る人がいないんだ」と話題になったんですよ。そのことを考えて読み直したら、秋吉が見舞いに行く場面で、病室のネームプレートの名字がなぜか削り取られて読めなくなっていますよね。この描写がなぜ必要なんだろうと思っていると、じつは後で重要になるんですね。つまり、とう子には姓がなくて、名前しかない。家族がない。だから誰も見舞いに来ない。
町屋 ネームプレートについては、後半で人の死を扱うので、リアリズム的な強度を問われるよりは最初から梯子を外してしまおうと考えました。
町田 なるほどね。家族はどうしてんねん、みたいなね。
町屋 そうしたことが読者の頭からいつの間にかなくなるように。
町田 ジムの場面でも、人の気配があまりない。ふつうはノイズを入れたくなって、バックグラウンドや風景を描きたくなるけど、この小説では登場人物の五人だけに焦点を合わせている。
町屋 書かなくてもそこに世界がちゃんと存在している、そんな風景を描きたいと思っています。とくにこの小説では語りに関わる二人は作者自身もよくわからない存在として、あとの三人はキャラクター的に扱い、五人に焦点を合わせたつもりです。

 

みんな死んでしまうからいい

町田 秋吉、ハルオ、とう子、夏澄、みんな名前に春夏秋冬が入っていて、梅生だけ「梅」ですね。
町屋 ジムメイトがひとり必要だったので(笑)。梅雨ということで、梅生です。
町田 僕はハルオが面白いと思った。冒頭ではわざと池に落ちて、「なんでもギャグにしないといたたまれない人」という設定だけど、その後は最後まで、面白いことをひとつも言わない。でも、秋吉と一緒にとう子の見舞いへ行く時に、コーラを飲んでいたハルオが急にいなくなってしまうシーンがあります。辛くなってしまったのか、秋吉に隠れて、自分を立て直してから戻って来る。冒頭の設定は、そうやって立て直す時間が必要な人、ということでもあるんですよね。
町屋 ハルオは他人を前にすると緊張するタイプなんです。だから逆に、誰に対してもできるだけ分けへだてなくおどけてふるまおうとします。そんなハルオは自分のことをいつでも「ワンダー」でなきゃいけないと思っていて、ふざけることで軽い人間に見られなきゃいけないというプレッシャーがある。でもとう子に対してだけはときどき普通の人間になって、「ワンダー」ではなくなってしまう。それを仲介する存在が梅生なんです。
町田 中盤でとう子が、「わたしもう、死にそうなのに、そんなふうに『いろんなひと』のこと考えるのがもういやなの」と言います。自分が死ぬかもしれないということについて、皆が何か考えを持っているのがめんどくさい。自分は恋人のハルオのことだけを考えていたい。それで、他の人間のことは嫌でもわかってしまうのに、ハルオの考えていることだけがわからない。
町屋 ハルオととう子にとっては、状況があまりにもめまぐるしく変わるので、ハルオが他人と接するのを見て、とう子は自分に対する接し方と違うと感じています。ふたりは会わない時間が長いので、お互いに相手に対して別人格を拵えてしまって、簡単に解けそうな行き違いさえ、周囲の人にはありえないくらい大きな差異となってふたりには現れているんです。だから久しぶりに会うと、その差異に混乱してしまう。とう子は先が短いのだから、周囲の人間からすれば、心の内を吐露してしまえばいいのにと思うんですが、とう子にとっては、先が短いからこそ吐露できない気持ちが募って、それを主人公の秋吉だけが吐き出させることができるんです。
町田 そうだね。なぜかとう子は、秋吉になついている。
町屋 秋吉はハルオの「ワンダー」なところをわかっていながら、その「ワンダー」さにあこがれを持たない。それがとう子にとってはいいんじゃないかと、作者としては思っています。
町田 みんなちょっとずつどこか欠落している人たちなんだよね。秋吉なんかは、常になにかになろうとして、なににもなれない。ボクサーにもなれない。なにかになることをやめようともするけど、ならなきゃいけないという気持ちがある。そんな欠落を持った人たちが相互に関係するから面白い。さりげなく書いているけど、他にも異様なところがいっぱいありますよね。
町屋 えっ、どこか変でしたか?
町田 たとえば夏澄さんは、秋吉に求められたいけど、秋吉は求めないから、求められる状況だけを求めている。だから、実際に求められてしまうとかえってウザいと感じる。身体的な接触もあまり好まない。でも、求められる状況を作るためには、それを報酬として与えなくてはいけない。この人、どうしようもない人ですよね(笑)。
町屋 そうですね。登場人物のなかでも、とくにキツい人だと思います(笑)。
町田 それでも、この人が抱えているやるせなさや空虚、生きることのままならなさはとてもよくわかる。それで、結局死んでしまいますね。ある選考委員が「みんな死んじゃうからいいよね」と言っていました(笑)。変に希望を作らずに、絶望を絶望のまま描いている。
町屋 たしかに、五人ともどこか欠落しています。
町田 それでいて、泣き叫んだり血が飛んだりといったドラマチックなことはなにも起こらない。
町屋 それに値する、「なにも起きていない」を書きたかったんです。
町田 静かで激しい感情を書いているけど、どこか穏やかです。さりげない異様さだなと思ったんです。ヘンなところをアピールしない。すごいヘンなんだけどシーンとしていて、なんだか地味な見世物小屋みたいな(笑)。

 

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