単行本 - 日本文学

リヴァー・ランズ・スルー・イット……?! こんな「方丈記」読んだことない!高橋源一郎による驚異の現代語訳が登場。

zenshu07累計38万部突破!大好評の「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」、
2014年の刊行開始から2年、第Ⅱ期全12巻がこの12月についに完結となりました。

(完結記念イベント開催します!詳細はこちらから)

11月には第7巻『枕草子/方丈記/徒然草』(酒井順子・高橋源一郎・内田樹訳)が刊行、本全集のなかでも注目の豪華著者陣による全訳・新訳の古典現代語訳巻です。

その中でも、「こんな方丈記、あり?」と話題を読んでいるのが高橋源一郎さんの新訳。
今回は3篇、試し読みを公開します。冒頭から驚嘆するその訳とは!?
ぜひお楽しみ下さい。

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方丈記(モバイル・ハウス・ダイアリーズ)
カモノ・ナガアキラ

高橋源一郎 訳

1 リヴァー・ランズ・スルー・イット

あっ。
歩いていたのに、なんだか急に立ち止まって、川を見たくなった。
川が流れている。
そこでは、いつも変らず、水が流れているように見える。けれども、同じ水が流れているわけではないのだ。あたりまえだけれど。
よく見ると、川にはいろんなところがある。ぐんぐん流れているところ。それほどでもないところ。中には、動かず、じっとしているところもある。
でも、そこだって、結局は同じだ。しばらく見ていると、泡が生まれ、あっという間に消えてゆく。そう、たえず変わっているのだ。
人間だって同じだ。彼らの住む家だって。
ゴージャスなわたしたちの首都には、たくさんの家が建っている。金持ちの家も、貧しい人たちの家も。どれも、大昔からずっとそこにありました、みたいな顔をして建っている。でも、ほんとうにそうなのかな。
ちがう。昔からずっと建っていた家なんか、ほとんどない。
ついこのあいだ焼けて、建て直したばかりの家がある。それから、すごく大きくて立派な家があった。でも、住んでいた人たちが急に貧乏になった。そのせいで、いつの間にかちっぽけなものになっていた。そんな家もある。
なにもかも変わってゆく。人間だって同じだ。
ここで暮らしていると、たくさんの、たくさんの人たちに出会う。その人たちの中に、昔からの知り合いは、ひとりかふたり。あとは知らない人ばかりだ。
知っている人たちは、みんな、どこかへ行ってしまった。
朝起きたら、もう死んでいた。そんな人がいる。けれども、その日の夕方には、生れてくる赤ん坊だっている。差し引きゼロだ。そうやって、人間たちもどんどん入れ替わってゆく。川の表面で浮かんだり消えたりしている泡と少しも変わらない。
彼らは、いや、わたしたちは、どこから来て、どこへ行こうとしているのだろう。そんなことは、誰にもわからない。
もしかしたら、わたしたちはみんな、ひとつのホテルに泊まっているようなものかもしれない。
たまたま、同じホテルに泊まっただけなのに。みんな、同じホテルの客なのに。客たちは、フロントの前やらレストランやらをうろつきまわり、喧嘩(けんか)したり、不愉快そうな顔つきになっている。
そんな風にあくせく生きても、最後には、みんな、どこか知らないところに消えてゆく。彼らが建てた豪邸だって、あっという間になくなってしまう。
朝顔とそれにくっついている露の関係みたいに。
露が地面に落ちて、花は残る。でも、日が高く昇る頃には、その花もしおれてしまう。逆に、花が先にしおれ、露が消えずに残ることもあるだろう。それでも、夕方には、あとかたもなく露も蒸発してしまう。早いか遅いかのちがいがあるだけだ。いつまでもこの世に残るものなんか、どこにもない。

*****

6 アルマゲドン

もうひとつ、どうしても忘れられないのは、あの大震災のことだ。それは、ほんとうにひどいものだった。
山が崩れて、川を埋めた。平らなはずの海が、斜めに突き刺さるように、陸を襲った。大地が裂けてそこから水が噴き出し、大きな岩が谷に転がり落ちた。陸の近くにいた船は、木の葉のように波間で揺れ、道を歩いていた馬たちは立ちすくみ一歩も動けなくなった。

首都の近くの寺で被害を免れたものはひとつもなかった。壊れるものも、倒れるものも、様々だった。そして、塵(ちり)や灰が、まるで煙のように立ち上ったのには、ほんとうに驚いた。
それだけではなかった。大地が揺れ動き、家が壊れた。そのときの音は、まるで雷鳴のようだった。
なにもかもが恐ろしかった。家の中にいれば、押しつぶされて死んでしまうかもしれなかった。外へ駆けだしたなら、大地に走る割れ目に落ちるかもしれなかった。羽根などなかったから、空を飛ぶこともできなかった。龍(りゅう)ではなかったから、雲に乗ることもできなかった。人間はなんと無力な存在だったろう。震災は、わたしたちにそのことを、イヤというほど教えたのだ。
激しい揺れは、やがておさまっていった。けれども、大きな余震はいつまでもつづいた。いつもなら、慌てて飛び上がるような揺れが、日に20回、いや、30回もあった。だが、それもまた、10日、20日とすぎるにつれて、少しずつ間隔が開くようになった。やがて、余震は1日に4、5回になり、2、3回になった。さらに、それもまた、1日おきになり、2、3日に1回となり、気がつけば、なくなっていたのだが、それはもう、震災から3ヶ月ほど過ぎたころだったかもしれない。
この世界は「地」「水」「火」「風」の4つの元素でできている。そのうち、「水」や「火」や「風」がときに災いの「もと」になることなら、誰でも知っている。けれども、「地」というものは、動くことなく、だからこそ、わたしたちに刃向かうことなどないと信じていたのだ。
ずっと昔、モントク天皇の時代、サイコウ年間に、大震災があり、トウダイ寺の大仏の首が落ちた。ひどい話だ。でも、今回はもっとひどかった。ほんとうにひどかった。
震災の直後、人びとは、少し変わったように見えた。目が覚めた、まったくどうしようもない社会だったんだ、といい合ったりしていた。おれたちは、欲に目がくらんでいたんじゃないか、とも。そう、人も社会も、震災をきっかけにして変わるような気がしていた。
だが、何も変わらなかった。時がたつと、人びとは、自分がしゃべっていたことをすっかり忘れてしまったのだ。

*****

7 マインド・ゲーム

生きていくのはたいへんだ。なにが起こるか予想なんかできない。わたしにも、わたしの住んでいる家にも。震災のあと、つくづく、そう思った。
考えなきゃならない、というか、悩まなきゃならないことは山ほどある。
自分が、無名の、そこらに転がっている石ころみたいな人間だ、としてみよう。ただし、隣には、すごい有名人の家がある。そのとき、わたしはどんな風に感じるだろう。
なんだか卑屈になってしまうような気がする。もともと、ちっぼけな人間だからだ。うれしいことがあっても大声ではしゃいだりできない。悲しいことがあっても、泣きわめくこともできない。鷹(たか)の巣のそばに住む雀(すずめ)もたぶんこんな感じなんだろう。確かに、そんなの自意識過剰みたいなものだけれど、悲しいかな、そうなってしまう気がする。
同じようなことかもしれないが、自分が超貧乏だったとして、大金持ちの隣に住んでいたら、どうだろう。
きっと、みすぼらしい格好をしているのが恥ずかしくなる。金持ちと目があっただけで、ついお世辞をいったりしそうだ。とにかく、なんでも気になる。そればかりじゃない。家族が、隣の家のことをうらやましそうにいったりすると、なんだか落ち着かなくなる。逆に、隣の家の連中が、こっちを馬鹿にした態度をとったりしたらどうだろう。そういうことって、意外と耳に入るものなのだ。無視しようと思っても、やはり心がざわつくにちがいない。ほんとうに、自分がイヤになる。
それから。こんなこともある。
家が建てこんでいるところに住むとしよう。近くで火事があったら、すぐ燃え移ると思った方がいい。ほんとうにヤバい。
逆に、辺鄙(へんぴ)なところに住んでみたらどうだろう。にぎやかな都会に行くのに時間はかかるし、その途中で、強盗に襲われるかもしれない。では、安全が欲しくて、力を持っている人に守ってくれるよう頼んでみる、というのはどうか。
その場合には、あれやこれや贈り物や付け届けのことを考えなきゃならなくなる。じゃあ、いっそのこと、誰とも関係なんかもたなければいいじゃないか。それは、すっきりして良さそうな感じがする。けれども、なんの後ろ楯(だて)もない人間は、どこにいっても軽く見られるだろう。
財産がある人間は、それが気になっていつも落ち着かない。逆に、貧乏人は、したいことがなにもできず、ストレスがたまってゆくばかりだ。人に頼れば、その人のいいなりになるしかない。ネガティヴな例ばかりだしてるって? では、誰かを愛し、育てること、について考えてみようか。それは、一見、素晴らしそうなことだ。けれども、いつか、自分が愛し、育てた誰かに執着するこころに悩まされることになるのだ。
では、常識通りに生きていけば楽なのか。そんなことはない。だって、「そこ」には、自分がいないのだから。そんなの、生きているといえるだろうか。
わかった。なにもかもぜんぶ無視して生きることにしよう。そう決めよう。でも、そのときには、みんなから、あの非常識なやつめ、と非難の目で見られるのだ。
どこで、どんな風に生きていけば、安らかな気持ちになれるのか。残念だがそれは、誰にもわからないのだ。

*****

いかがでしたでしょうか?

本書の刊行および「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」第Ⅱ期(24巻)完結を記念して、
編者の池澤夏樹と新訳を手掛けた第一線の作家たちが語りあうトークイベントを開催します!

「春はあけぼの……」
「ゆく河の流れは絶えずして……」
「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて……」
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり……」
日本人なら誰もが知るこれらの一節からはじまる古典の名随筆・大長編を今の言葉に訳す大変さ、そして楽しみ……

貴重な話がたくさん聞ける贅沢な時間となること間違いなしです。ぜひご参加ください。

【イベント詳細】

今の言葉で古典! 枕草子から平家物語まで

第1部 18:30~19:30
「枕草子・方丈記・徒然草、エッセーの始まり」
酒井順子×高橋源一郎×内田樹

第2部 19:30~20:30
「この国の歴史は輪廻する―—平家物語と日本文学」
古川日出男×池澤夏樹

日時=12月21日(水)18:30開演(18:00開場)

会場=浜離宮朝日ホール 小ホール

出演=池澤夏樹、酒井順子、高橋源一郎、内田樹、古川日出男

入場料金=2000円 (全席自由・税込)
PassMarketにて取扱中→ご予約はこちら
お問い合わせは 河出書房新社営業部まで tel.03-3404-1201(平日9:30~17:30)/メール:info@kawade.co.jp

*未就学児入場可【膝上の際は無料】
*イベント前、終了後に対象書籍のサイン本を販売いたします。

主催=河出書房新社

<出演者プロフィール>

池澤夏樹(いけざわ・なつき)
……1945年生まれ。作家・詩人。88年『スティル・ライフ』で芥川賞、93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、2010年「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」で毎日出版文化賞、11年朝日賞、ほか多数受賞。他に『カデナ』『アトミック・ボックス』など。

酒井順子(さかい・じゅんこ)
……1966年東京生まれ。エッセイスト。高校在学中にコラムを執筆。立教大学卒業後、広告代理店勤務を経て執筆業に専念。『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞を受賞。著書に『子の無い人生』など。

高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)
……1951年広島県生まれ。81年『さようなら、ギャングたち』で群像新人賞優秀作を受賞しデビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で三島賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎賞を受賞。

内田樹(うちだ・たつる)
……1950年東京生まれ。神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。主著に『ためらいの倫理学』『レヴィナスと愛の現象学』『街場の戦争論』ほか多数。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞受賞、著作活動全般に対して伊丹十三賞受賞。

古川日出男(ふるかわ・ひでお)
……1966年福島県生まれ。2002年『アラビアの夜の種族』で日本推理作家協会賞と日本SF大賞、06年『LOVE』で三島賞、15年『女たち三百人の裏切りの書』で野間文芸新人賞と読売文学賞(16年)を受賞。

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著者

高橋源一郎

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