単行本 - 日本文学

小説の冒頭をマンガ化!マキヒロチ×町屋良平による新たな展開!

9784309025247町屋良平のデビュー作をマキヒロチが冒頭マンガ化!

青が破れる
藤沢周氏、保坂和志氏、町田康氏大絶賛──新たなる青春小説の誕生を告げる、第53回文藝賞受賞作!

 

この冬、彼女が死んで、
友達が死んで、
友達の彼女が死んだ
――恋と青春とボクシング……。
悩める青年・秋吉をめぐる、現代の「生」の物語。

 

マキヒロチさんによる冒頭マンガ化作品とそれに続く小説の1シーンを掲載中!
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おれはハルオとわかれ、自宅のベッドに仰むけで寝転びながら、ハルオの彼女のようすを、一秒一秒をおもいだすようにおもいだしていた。頭がさーっとさざめいた。
確率の問題?
次に目ざめたら真夜中だった。ジムワークは昼にすませていたし、バイトも休みだったから、なにもすることがなかった。
暇だとおもったら、おれは条件反射のように、ストレッチかランニングをするようにしている。
おれは着替えもそこそこに、夜のしたにとびだした。

 

夜はつめたい。
真夜なかを走っていると、全能感があふれでる。
おれはボクサーにむいてないかもしれない。
その事実とむきあっても、負けないつよいきもちが、からだじゅうに満ち満ちた。足裏からつたわるつよい反動が、時おり胸の骨にズシンとくる。負けたくない。
ボクサーというより、アスリート全般にむいていないきがしていた。ハルオがためらいなく池におちたシーンをおもいだし、フラッシュがひかるように確信した、向き不向きのはなし。
おれはパンチがこわい。「目え、つぶんな!」とトレーナーによくいわれる。おれはスタミナ切れがこわい。スタミナとは勇気のことだ。どんだけふり絞っても、相手を倒すまではまだまだ止まれないという勇気。そしてシステムのことだ。試合が終わるまでは終わらない、意志という名のシステムのこと。おれは練習がこわい。たとえば、おれはロードワークしてもボクシングのスタミナはつかないとおもっている。ボクシングのスタミナはボクシングでしかつかないとおもっている。
だけどほんとにこわいのは、そんなことを思考してしまうおれ自身だ。きっとおれはいざというとき、おれに還ってしまう。相手のパンチを避けて自分の拳をうちつける一瞬に、ボクシングと一体になって、おれという人格を捨ててボクサーに成りきれなければ、きっと勝てない。おれはおれを捨てないと。
思考は敵だ。
だけど、おれはおれの思考を止められない。怖さも緊張も、ボクサーがボクサーになるワンステップでしかない。だけど、思考は常に運動神経を裏切る。
いや、思考じゃない。不安だ。思考が不安と一体になっている自分がこわい。どうしておれの思考は、常に不安を呼び起こす?
走る、息切れる、走る、息切れる。いまなら、いまなら目の前にあらわれるだれだってなぎ倒せるきがするけど、きょうはきょうだ。あしたじゃない。ボクサーを生活することを邪魔する、おれの不安。競技に生活を捧げるからボクサーはボクサーになる。おれはおれの思考を、ボクシングに捧げないと。生活を、感情を、捧げないと。いざというとき、「おれ」を越えた一個の「ボクサー」でいられるように。
ときには、あらゆる思考を、あらゆる霊感を意図的にその源流ごと止めて、すべての不安に身を曝す時間を、耐える楽観が、求められている。
おれはおれの不安をコントロールすべし。
思考を止めたらおれはおれでなくなる。おれはおれを止めたい。しかしできない。
ハルオみたいに、いざというときためらいなく、池におちられない。
K・Oパンチをためらった一瞬は、K・Oパンチを打ち込まれる一瞬と円周の外側が重なっている。
そうしてボクサーはパンチを食う。
素人でもガードできるパンチを、相手の意識を刈り取るK・Oパンチの幻想のもとに食らう、あられもなく無防備に。
そんでカウントアウトだ。
でも、負けたくない。おれはおれを越えて、毎秒あたらしいおれを生きたい。
息が切れる、息が切れる。川べりに沿って走り進める。直線をダッシュする。酸欠が膨らんで、胸のあたりで爆発しそう。でもそれも錯覚なんだ。
おれは酸素不足の脳で、あしたバイト止める、と考えた。起きれないし、サボる。したらクビだ。今度こそ。

 

窓が全開にされていて、カーテンが部屋の内側にばさばさふきこんでいた。このひろい個室では窓からベッドまでがとてもとおい。
おれは、なかに入るまえに、名字の部分がなにかカッターのようなこまかい刃でガリガリ削られて、「……とう子」としかよめなくなっているネームプレートをまじまじみた。ドアは半開きになっていて、おれは部屋に入るまえにとう子さんにきづいてほしかったけど、とう子さんは半身起こしたまま、ただずっとボンヤリしていた。
今朝バイトをしているべき時間に起き、店からの着信の嵐に紛れてハルオからの着信があった。
「お前、とう子のお見舞いいってやってくれよ」
開口いちばん、ハルオはいった。
「お前は?」
「おれはいかれん」
「なんで?」
「くるなっていわれてん。とう子に。おれらもう、二度とふたりきりであわれへん、お前といっしょなら、いってもいいらしいけど」
「じゃなくて、なんでおれが?」
「かわいそやろ」
「え?」
「入院してんねやから、かわいそやろ。見舞いいったれや」
「お前は?」
「きょうはいかれん。今度な。またいっしょにいこ」

 

───続きは単行本の『青が破れる』で。

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著者

町屋良平

1983年、東京都生まれ。2016年、「青が破れる」で第53回文藝賞受賞。

マキヒロチ

第46回小学館新人コミック大賞入選。「ビッグコミックスピリッツ」にてデビュー。連載中の作品に、『いつかティファニーで朝食を』『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』

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