単行本 - 日本文学

書評も小説で書かないといけない小説

ひょうすべの国
笙野頼子 著

書評も小説で書かないといけない小説

[レビュアー]松波太郎

 

1
「書評って、あんまり書きたくないんすよ、ぼく」正確には新聞やスポーツ誌で二度三度それらしきものを書いたことはあるけれど、それは小説が載せられる場ではなかったからだ。文芸誌では小説だけ書いていればそれですむ。「書けないんですよ、ぼく、書評が」やや謙遜ぎみに言い直してみると、担当編集者は、ええ、わかります、とやけにここだけ吞みこみがいい。「ですから、松波さんには小説として書いていただいてもいいんです」と編集者は言った。編集者は言ったんです、笙野さん! だから、もし怒ったとしてもぼくだけは見逃してください! という言い訳でも後からつければいいかとも思いつつ、やはり即答はしかねたので、三日待ってもらい、掲載作品を拝読してから、返事をすることにした。「たしかにこれって」と今度はぼくが吞みこみの良さをアピールすることになった。「書評も小説で書かないといけない小説じゃないですか」
……書評も小説で書かないといけない小説。

2
書評も小説で書かないといけない小説……とつい言ってしまったものの、正直自分でもよくわかっていない。前例がうかんでこず、不安にもなってきたので、小説家志望のスーちゃんにも一緒に読んで考えてもらうことにした。「あたしもわかんないですね」ぼくの所にちょくちょく遊びにきて、いろいろと「小説」のことを教えてくれる。「それより、この小説って違反ばっかじゃないですか?」ぼくはただ黙っておくことにした。「メッセージ性が強すぎるし、政治をもちこみすぎだし、情報量が新聞みたいに多すぎるし……そういうのって、小説にしたらダメって言いませんか?」たしかにきいたことはあるけれど、いったい誰が言いだしたんだろう? 年々耳にするようにも思う。「小説のルールをことごとく破ってないですか?」ぼくが読んできた限りの笙野さんのこれまでの小説には、たしかにそのような傾向が作家独自の魅力として少なからず表れているように思うけれども、今作は冒頭の〈ご挨拶〉から〈4 人喰いの国〉までにとくに顕著な気がする。「小説って風景などの描写をもっと入れて、作者は黒子に徹するのがルールなんですよ」といったルールそのものが、本書を読み終えたぼくには、だんだんと〝ひょうすべ〟のようにも感じられてくる……

3
「は、ひょうすべって何ですか」って、それは「表現がすべて」の存在だよ、というとなんだか言論の自由を守っている良いものみたいだけど、でも違うから(……)実はひょうすべとは、逆に報道を規制してくる存在でさ、しかも芸術も学問も、売り上げだけでしか評価しないで絶滅させに来る、いやーな存在なの。(〈1 こんにちは、これが、ひょうすべ、です〉)

4
TPPという自由貿易協定にくっついてアメリカからやって来たのが〝ひょうすべ〟という存在であり、関税が無くなったことで、妖怪のようにふるまってやりたい放題に幅をきかせてくる……公用語も英語となっていく中で、本書はあえて英訳を拒むようなテンポでも書かれている。

5
なぜかこの恐ろしいものを誰も報道しません、少ししか書きません、というよりも、どう考えても、……。メディアを上げて隠している。国民に何も、教えない? それは未来永劫の国あげての、国際的に逃げられぬ奴隷契約、内実までも黒塗りという悪魔の契約、どうしてマスコミは沈黙していたのだろう? どうして? どうして?(〈ご挨拶〉)

6
日本語とも言い切れないようなテンポのようにも感じられてくるけれど、あまりわざとのようには感じられない。〝弱者を虐殺してアートと称する自由〟といったひょうすべのような表現とは真逆に感じる、何と言うか、もっと天然のもののように感じられてくる。もっと人間本体から自然と湧き出てくるテンポ……温泉のように湧き出てくるテンポ……身体そのもののテンポ……心拍のテンポのようにまで感じられるようになってきたのは、〝メール連絡だけは「精力的」にやって。─ビンのフタが開けられない、ヘアブラシが痛くて持っていられない、膠原病が筋肉関節に来ればそういう日もある。だけどそれはメール相手にはまったく判らない。〟という文章を読んだあたりからだと思う。もちろんこの〝膠原病のおばあちゃん〟とも笙野さんは違うし、主人公格の孫の〝詩歌〟とも違うわけだけれども

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言いたくても言えないよ体力も声も。クーデターするだけの体力が欲しいよ!(〈3 おばあちゃんのシラバス〉)

8
と続いて記されている文章が、声となって、ぼくの耳にまで響いてくるようになる。文章の上でしか出せなかった咆哮である。TPPにより国民保険が破綻して、薬価も高騰化していくことにより、〝血管をド詰めされ関節を喰いちぎられ血管全部を切られるような全身の炎症に痛み震え、細胞レベルから襲ってくる恐怖と脱力に消耗しながら、内臓を焦がし皮膚を爛れさせた。そして指先を一本一本欠けさせられて手は上がらなくなり足は立たなくなり寝返るためにも地獄の痛みを堪え五感が全部襲ってくる程の重圧に潰され、時には内臓をやられ最後には理性も意識も言葉も感覚も熱と痛みに奪われて〟……という身体を滑走して、妄想、怪談へと飛び立っていき、終章の〈姫と戦争と「庭の雀」〉の庭へと降りていく章構成のテンポにも、ただぼくは乗せられていくほかない。11章構成(とぼくには読めた)の長短の変化はげしいテンポと同じような心拍を打ち続けるほかなくなっていく……

9
〈後書き〉で提示されているTPP関連の新書三冊より怖かったです、はい……

10
─ひょうすべの嫁の寿命は後百〇〇、死んだその日から体はひょうすべにむしられて食われる。骨だけになる。嫁の骨は味のない粉にして、大量販売の菓子とかに混ぜる。菓子を食ったものはこんだ、ひょうすべの子を産む。ぶくぶくぶく。ああそうか、あと百日やな。やっ、百年かなっ、ぞーん……ぞーん、ゾーン、ゾーン、ゾーンビ、zombie……と、語源を読者に連想させてしまうほどの余韻をもつ小説である。もちろん「小説」ではない。カギカッコを無効にし、その先にTPPの無効も見据えることのできる小説である。協定やルールに縛られることのなかった頃の小説の悠然としていた風景が、ここにはきちんと描写されている。新聞だって政治だって、ここから始まったのだ。

11
アメリカ資本と言って過言ではないであろうメディアはもちろん、この出版社だってどこまで自由にできるかわからなくなりつつある現状の中で、〝笙野頼子〟は小説にすべてを賭けて刊行したのだ……と、スーちゃんにも力説してみたのだけれど「わかりません」だそうである。「zombieの語源っていうのも全然わかりませんし、怖いのも新書の方でした」一人じゃ怖かったので、新書の方も読んでもらったのだ。「面白かったのは、まぁ認めざるをえないですけど……」「……まぁいろんな読み方があっていいのが小説だからね」「だめですよ、商品なんですから」「……はい?」「たとえば、マンガを買って絵が入ってなかったらルール違反でしょ?」「……ルール違反」こちらの方が小説家志望のようにだんだんと感じられてきている。「ルール違反はダメですよ、たとえ面白かろうと」「……そうなの?」「書店も一企業なんですから」「……一企業」今回の小説は書店に置くのもきびしいかもしれないことは、笙野さんも書いていたので「……まぁ、そうなんだろうね」と相づちだけ打っておくことにする。「小説家も﹁小説家﹂として企業に雇われて食べさせてもらっているだけなんですから。ルールを守れなければ﹁小説家﹂じゃなくなるわけですから」「……まぁ、そうなんでしょうね」と、つい敬語にまでなってしまったのは、スーちゃんの口調がはげしくなってきているからだけではない。「読者もルール通りに読まなければ、﹁読者﹂じゃなくなっていくわけですから……」表情の方もものすごい形相になってきているのである。「わかりましたか? 松波先生ていうか松波さんていうか、松波」この子はいつからここに来るようになったんだろう……と思い出しながら、すでに人間離れしているようなこの形相にむけて「……はい」と仕方なく返事をする。「……スーザンさん」と〝さん〟を二つも付けてしまった気になる……

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著者

笙野頼子

1956年生まれ。81年「極楽」で群像新人賞を受賞。「なにもしてない」で野間文芸新人賞、「二百回忌」で三島賞、「タイムスリップ・コンビナート」で芥川賞、「幽界森娘異聞」で泉鏡花賞、「金毘羅」で伊藤整文学賞を受賞。

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