単行本 - 日本文学
合わせ鏡のアイロニー
[レビュアー]豊﨑由美
2017.06.02
『成功者K』
羽田 圭介 著
書評も小説で書かないといけない小説
[レビュアー]豊﨑由美
ゾンビ映画の枠組みを用いて、「文学」や「文壇」ひいては「世間」に流通しているバカバカしくも重苦しい「文脈」を露わにし、叩き斬った快作にして怪作『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』。そこに作者本人を彷彿させるKを登場させた羽田圭介が、またも自分自身を実験台に書き上げた小説がこの『成功者K』だ。
芥川賞を受賞して以来、連日テレビ出演で忙しい日々を送っており、自らを「成功者」と考えてはばからないK。二十一世紀を生きているまともな読者なら作者=主人公と受け取るはずはないのだが、羽田はむしろ読み手にそう思ってもらうことを狙って、この小説を書き進めていく。歌人で小説家の友人カトチエ(おそらく加藤千恵)を頻繁に登場させ、『情熱大陸』をはじめとするタイトルがすぐに思い浮かぶ出演番組について言及し、自分の一年後に芥川賞を受賞したのが友人作家M(おそらく村田沙耶香)であるといった現実をちりばめ、Kを羽田自身に限りなく接近させていくのだ。
その上で、二年越しのつきあいになる彼女がいるのに複数のファンとセックスをし、テレビ関係の仕事に関しては〈えげつないギャランティ交渉〉をし、外出する時は顔バレしないよう帽子とマスクが手放せず、一般人やテレビ出演に馴れない同業者を小バカにし、株式投資のスイングトレードがうまくいけば〈東証の狼〉と自画自賛するK。
作者自身に限りなく寄せたキャラクターKの、そうした“成功者”の文脈に取りこまれた姿をこれでもかと描きつのることで、羽田は読者の反感をあおる。
〈自分を今まで無視してきた読者や世間に、復讐しているつもりなのかもしれない。芥川賞受賞作だからという理由で本を買ってくれる人たちのことをKは本当にありがたく思っているが、同時に、芥川賞受賞作にとびつくだけのミーハーな心理の総体のようなものに、復讐したいような感情も備えていた〉
自信と不安、高揚と消沈の間をめまぐるしく行き来するKは、やがて、体だけの関係にあるやばい女性ファンのストーキングや、週刊誌記者の張り込みに怯えるようになり、じょじょに精神を失調させていく。自分自身がコントローラーを握っているような気になっていた自称「成功者」が、実はそうではなかったことに気づく過程に、それまでのKの行状に反感を覚えながら読んできた読者は胸のうちで「ざまあみろ」と小さく呟くだろう。
しかし、『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』で簡単に文脈に取りこまれる人々を描いた羽田は、この小説でも自分の分身を道化にすることで、〈実績をともなわず、思惑買いでどんどん〉買い続け、〈雰囲気で行動しすぎ〉なわたしたちの、マスメディアの文脈にいともたやすく同調していく姿を合わせ鏡のように映し出す。そんなアイロニカルな小説になっているのだ。作者とニアリーイコールな扇動家Kを主人公にした、虚実混淆のメタフィクション。新人賞の下読みをしているわたしは、この小説の内容を信じこみ、一攫千金を夢見て作家を目指す輩が増えないことを祈るばかりだ。