単行本 - 日本文学

自分自身になること 宮内勝典『永遠の道は曲りくねる』書評

9784309025681人は、ある場の点として、息を吸う。その点に佇むために、誰かと線を結びながら連帯し、線が交差し合うことで区域が生まれる。個人という点が、異なる点を探し出す働きかけによって区域が保たれる。だが、やがて区域は境界を生み、個の身動きを制約し始める。「ナショナル・アイデンティティ」なるものを保有しなければ正しい自国民ではないと疑われ、それを有しない個に対して責すら向かう昨今。しかし、個とは、連帯しなければ確かめられないものではない。対面する誰かと自分は決して分かり合えない、という思案によっても確かめられるものだ。世界と自分の距離を測るのは、定められた世界の広さや社会の規範ではなく、あくまでも自分の眼差しである。

 

著者がニューヨークのスラム街に住んでいた二〇代の頃から構想し、実に三四年を経て完結する『ぼくは始祖鳥になりたい』『金色の虎』に続く三部作の完結編。沖縄やビキニ環礁を舞台に、この時代を生き抜く個の脆さと勇敢さを対峙させていく。パレスチナや東欧などを放浪したのちに沖縄の精神科病院で働き始めた有馬次郎。有馬を病院に誘ったのは、かつて世界的な信仰教団のブレーンだった精神科医の田島。元全学連の指導者でもあった医院長の霧山は、霊能者とともにかつての沖縄戦のために心を病んだ人々を治癒していた。そして、アメリカ人とアジア人から生まれた混血の私生児・アメラジアンとして、「島ハーフ」と呼ばれていた女性たち。ナショナル・アイデンティティへの違和の象徴として、混血者が描かれる。

 

本書を読みながら、沖縄にあるアメラジアンスクールのドキュメンタリーを見たときのことを思い出した。一人の女性が、入学当初は「ハーフ」であることに戸惑っていたが、ある時から「ダブル」であることに気づいたとし、卒業式で在校生に向けてこのようにスピーチした。

 

「私たちからのアドバイスは、自分の失敗から学ぶこと。お互い助け合って、自分自身になること」

 

この世界には様々な困難が蓄積し、それはいかなる個人でも家族でも地域でも国家でも世界でも、それぞれがその困難のいくばくかに直面する。そこで解決策として示されるのはいつだって、分かち合い、つまり「ハーフ」の行為だ。だがその多くで取り分をめぐる争いが生じ、権利が叫ばれることになる。国家は、取り分を確保せよと個人に要請する。その要請に付き従うことに慣れると、人は、国家を薄めながら個人を作り出そうとする。そもそも、ある場所の点であったことを失念してしまうのだ。

 

有馬が友人の宇宙飛行士と交わすメールが印象に残る。宇宙から地球を見て、「人の営みは悲しい」との言葉がこぼれる。「食物連鎖や戦争など、おぞましさを山ほど抱えながら、それでもやはり奇跡の星だ」ともこぼす。私とあなたが、限られた区域のなかで同居することを条件にするから軋みが生じる。私とあなたは分かり合うことができないかもしれないという可能性を残す、そこから「自分自身になること」が見えてくる。

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