単行本 - 日本文学

同じ作者とは思えない 古川日出男『平家物語 犬王の巻』/『非常出口の音楽』

Unknown-4昨年の年末は、古川日出男が全訳した『平家物語』が常に傍らにあった。持ち歩くには少しばかり分厚いが(九〇〇ページ!)、語りで伝承されたこの長大な平家没落の物語を、極めて音楽的に訳しきったその仕事は、まったく驚嘆の連続であった。

 

そして、その平家の物語にはなんと続きがあったという。『平家物語 犬王の巻』は南北朝時代に生きた、盲目の琵琶演奏者・友魚と、異形の能楽師・犬王の物語だ。友魚の一族は、代々壇の浦の海底に潜り、源平合戦の遺物を時の権力者に献上してきた。しかし、あるものを拾い上げてしまったために父親は亡くなり、幼き友魚の目からは光が永遠に失われてしまう。対する犬王は、産婆や母親が悲鳴を上げるほど「あまりに醜怪に」生まれ落ちた。猿楽の興行を行う一家に生まれた犬王は、兄たちの稽古を盗み見ながら、独自にその技を習得していく中で、琵琶法師として頭角を現しつつあった友魚と出会う……。

 

そんな〈負〉とも言える生い立ちを持った二人が出会い、逆襲が始まるところから、現代の琵琶法師である作者の語りは、ぐっと疾走する。負の呪いが解かれるには、平家の秘話が大いに関係してくるのだが、その因果を解明していく作者の手さばきは見事だ。作品には程よく歴史が折りたたまれ、伏線を回収していく中での筋運びがエンタテインメント感を生む。とにかく「ずっとこの物語を読んでいたい」という気にさせられるのである。物語のラストでは、政治の圧力をきっかけとして、二人の生き方が分かれてしまうが、純粋さに殉じたとも言える友魚の生き様は清々しく、深い余韻を残す。

 

一方で作者が、現代に生きる人物の断片を書き分けたとも言える掌篇集が『非常出口の音楽』。短いという形式を楽しみながら書いたようにも見える25篇は、作者の豊かなイメージを示すように、どの作品も全く違う。

 

中でも印象的なのは、心を動かされる、名づけ得ない感情の訪れともいえる瞬間が、作中に繰り返し現れていることだ。「シュガー前夜」の主人公は、小学生のころ公園で出会った異人の女の子と、言葉では通じ合わなくても、「同じマル」に入った感覚を味わう。「機内灯が消えた」では、不思議な子どもとの会話をきっかけとして、主人公が幼い自分との出会い直しをリアルに果たす。古川は人生に時たまやってくる、祝福された瞬間を鮮やかに描き出すが、そこでは繰り返される毎日の中で行き場を失った感情が息を吹き返し、「確かに生きている」という実感が甦ってくる。ザワークラウトは常に増え続け、バンドが演奏した音は獰猛さを取り戻すという奇跡のようなことが、その場所では何食わぬ顔で起こるのだ。

 

そうした歓びに溢れる瞬間との回路は、誰の人生においても常に開いている。そもそも小説は、その歓びを回復させるために読むものだし、『非常出口の音楽』はそこにたどり着くための〈感じ〉を示してくれている。

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