単行本 - 外国文学
クリスマスのための気落ちした気色悪い気晴らし──エドワード・ゴーリー流「クリスマス・キャロル」とは?
【訳者】柴田元幸
2015.12.24
『憑かれたポットカバー』
クリスマスのための気落ちした気色悪い気晴らし
エドワード・ゴーリー
柴田元幸訳
このエドワード・ゴーリー流クリスマス・ブックは、1997年12月21日の『ニューヨークタイムズ・マガジン』(『ニューヨークタイムズ』紙日曜版の付録についてくる雑誌)に掲載され、1998年にハーコート・ブレース社から刊行された。翌1999年にも同じ主要登場人物を起用したクリスマス本 The Headless Bust(首なし胸像)が出て、ゴーリーのクリスマス・シリーズが毎年恒例になるのかと思われたが、残念ながら2000年に作者が亡くなり、クリスマス本は2冊で終わった。とはいえ、どちらも非常に充実した出来映えであり、この2冊が遺ったことを我々は感謝すべきだろう。それまでの一連のゴーリー作品とはちょっとタッチの違った、線もやや太め、背景も珍しくすっきりした(代わりに絨毯は凝っているが)作りで、40年以上にわたったゴーリーの創作活動を締めくくるに相応しい傑作となっている。
西洋でもっとも有名なクリスマス・ブックといえば、おそらくチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』(1843)だろうが、本書『憑かれたポットカバー』は、その永遠の定番クリスマス本の何とも人を喰ったパロディである。『クリスマス・キャロル』では“The Ghost of Christmas Past”(過去のクリスマスの幽霊)“The Ghost of Christmas Present”(現在のクリスマスの幽霊)“The Ghost of Christmas Yet to Come”(未だ来ざるクリスマスの幽霊)が出てきて、さまざまな情景を主人公スクルージに見せることを通して彼を改心させるわけだが、ゴーリーではそれが、“The Spectre of Christmas That Never Was”(ありもしなかったクリスマスの亡霊)“The Spectre of Christmas That Isn’t”(ありもしないクリスマスの亡霊)“The Spectre of Christmas That Never Will Be”(ありもしないであろうクリスマスの亡霊)に導かれてエドマンド・グラヴルがいろんな情景を目にすることになる。ディケンズの物語で一種進行役を務める The Spirit(精霊)は、ゴーリーでは The Bahhum Bug(バアハム虫)なる不思議な名前の虫に変わっているが、これは、まだ改心する前のスクルージの口癖“Bah! Humbug!”(ふん、馬鹿馬鹿しい!)のもじり(というか、ほとんどもじってませんが)である。とりあえず「バアハム・バグ」と音の面白さをそのまま残したが、「フンバカ・バシイ」とか「フンバカラシムシ」といったふうに訳すべきかもしれない。
ゴーリーの亡霊たちは開口一番、それぞれ“Affecting Scenes”(胸に迫る情景)“Distressing Scenes”(胸の痛む情景)“Heart-Rending Scenes”(胸を裂く情景)を見せるとエドマンドに告げる。どれもまさに『クリスマス・キャロル』の物語にぴったりの形容詞であり、ストーリーの上でもゴーリーは本家をなぞるのかと思わせるが、そこはゴーリー、まあたしかに可愛がっていた犬が剝製になって戻ってきたり妹が北海道にいる兄を想ったり、それなりに胸に迫りもし胸を裂きもする情景は現われるのだが、と同時に、国際的な壁紙盗賊団なるものが登場し墓から中古の壁紙が取り出されたりもして、やはり一筋縄では行かない。終わり方にしても、たしかに冷血漢スクルージが優しい善人に変身するのをなんとなくなぞるかのように、冒頭でタイプライター・リボンの値上げに抗議する投書の手紙を書いていたエドマンド・グラヴルが最後ではみんなにパーティへの招待状を書いているという一応の変身ぶりを見せるのだが、ディケンズにおける、「神さま、ぼくたちみんなにお恵みを」というタイニー・ティムの一言で終わる心温まる結末は、ゴーリーにあっては「見苦しさの一歩手前まで盛り上が」るパーティに化けている。「教訓主義の効用を広めるべくここへ来たのである」とバアハム・バグは冒頭で宣言するわけだが、その効用がいまひとつ怪しいところが、パロディのパロディたるゆえんである。
以上、『クリスマス・キャロル』との対応関係をひととおり書き出しておいたが、もちろん、ディケンズをいちいち参照しないとこの本が楽しめないということではまったくない。墓場で寄りそう孤児と野良犬、今日が何曜日かで一致できない父子、屋根から落ちる男等々を描いた、ゴーリー晩年の深みある絵を、まずは一枚一枚味わっていただければと思う。この本を味わい尽くしたころには、The Bahhum Bug が The Bahhumbug とちょっぴり名前を変えて再登場する続篇をお届けしたいと思っています。
それでは、皆さん、Have a Merry Christmas with Edward Gorey!
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