単行本 - 日本文学

ぱいぱいでか美が読む作詞家・児玉雨子の初小説は、目を背けてきた自分の弱さをむき出しにされる物語

生々しく張り付いて離れない不安定さ

『誰にも奪われたくない』の主人公は会社員を続けながら作曲家として活動する園田レイカ。楽曲提供をしたアイドルの中心メンバー・佐久村真子と出会い、二人の距離は縮まっていく。ランチに出かけ、家に招かれ、言われるがまま「あつ森」まで始める。

 ここだけ紹介するとほっこり仲良しストーリーと勘違いされそうだ。しかしレイカの視線から淡々と語られる通勤風景、会社での立ち位置やウザい同僚、作曲家としてもパッとしない日々は十分なほどに窮屈で、生きづらい。〝生きづらさ〟……その言葉で楽になったり何なら名称がついたり、はたまた特別な人間ってわけじゃなかったのかという落胆さえこの作品には描かれている。自分の話のようでゾッとする。そして同じようにゾッとしている人間が、夥しい数いるであろうことにまたゾッとする。

 レイカの日常に突然現れた真子という存在。大人になってからできる友人、と呼べるかもしれない他人。ぼんやりとした毎日を過ごすレイカにとって、真子の登場は強烈な希望の光ではないが、淡々と過ぎていくそれの中で確かな彩りではあっただろう。そんな距離感だからこそ真子にとっても最適な他人になれた。

 しかしお互いがお互いのことを少しずつ知っていく瞬間は、気恥ずかしさや喜びにばかり気が向きがちだ。相手の時間、労力、言葉を解く力、伴って返す言葉、全て奪い/奪われているというのに。

「奪う/奪われる」という関係性を軸にした途端、あっという間に二人を描く文章の裏で、不穏な空気が漂い始める。傾いた電子レンジ、画面の割れたiPhone、左耳だけなくなったAirPods Pro。既視感ある嫌な描写が続き、遂に発覚する真子の致命的な「奪い癖」。そこからは祈るように読み進めた。どうか二人の関係性は変わらないでください、と。

 これこそが「雨子節」なのだ。って急に言われても困りますよね。

 私は作詞家としても活動する本作の著者・児玉雨子氏のファンで、キラーフレーズに出会うたびに雨子節たまんねぇ! と悶えている。何をもってそう言っているのか今まで自分でも曖昧だったが今回で確信した。

 女性アイドルに提供することの多い雨子氏の描く、思春期特有の焦燥や内に秘めた好意、哀愁、切なさ、怒り、それらが全て日常の地続きにあること。誰にでもある不安定さを丁寧に描く、それが雨子節なのだ。

 歌詞と小説ではまた勝手も違うだろうが、メロディーというある種の枠組みを取っ払った瞬間、ここまで生々しくピタッと張り付いて離れない不安定さになるだなんて。主人公を作曲家にした設定もまた憎い。

『凸撃』も同じ世界の物語だが、特筆すべき違いは主な視点をネットへ移し、派手に攻撃的に、そして極めて陰湿に奪い/奪われている点。リアルとネットを行き来する毎に増幅していく澱みが恐ろしい。

 目を背けてきた自分の弱い部分を剝き出しで見せられているようだった。

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