単行本 - 外国文学
友達に代わっての生活──ハン・ガン『すべての、白いものたちの』書評/評者=イ・ラン
評者・ イ・ラン
2019.02.20
この本は、一二八週間前の二〇一六年六月一二日に死んだ私の友達が最後まで読んでいた本だ。主(あるじ)なく部屋に残されたかばんを、友達をずっと記憶しておくためにそのまま持ってきた。その中には、病んだ自分の体調を記録した紙や、半透明の薬の袋などが転がっていた。そしてハン・ガンの小説『すべての、白いものたちの』があった。白いスピンは二六ページと二七ページの間にはさまっていた。
本を持ってきた日に開いてみて、そのままアトリエの本棚に立てておいた。読んでみようとは一度も思わなかった。しばらく前に日本版の書評の依頼を受けて、ついにこの本を読むときがきたようだと思うと、悲しみと冒険心が同時に発動した。一二八週間も本棚で過ごした本書を取り出し、スピンがはさまったページまでは読んでみようと心に決めて、開いた。いつもは大勢で使っているアトリエには、その日に限って私しかおらず、静かで、新しく入れたマッサージチェアはぬくぬくと温まっていた。痛む腰をたたいたりもんだりしてくれる温かい機械が動くたび、持っている本も一緒に揺れる。スピンがはさまったページまでは、友達が読んだとき何を考えたか、何を感じたか想像しながら読んでいった。生と死を行き来する、透明な、また不透明な白さのイメージが、たちまちスピンのページを越え、最後のページまで私を連れていった。白いものについて読み、白いものを思い浮かべるだけでも記憶が満ちあふれ、こぼれ、ありとあらゆる感情がほとばしって迫ってきた。
しなないでおねがい
本の初めのほうで、話者の母と最初の赤ちゃんが登場するときのこの声が、何度も本のなかでくりかえされる。死があまりに近づいていた人にこの声がどう聞こえたか、何度も想像した。まっさらな白じゃない花模様の壁紙が嫌で、引っ越した部屋でずっと泣いていた日を思い出す。壁を全部白いペンキで塗った友達の最初の部屋や、すっきりしたものばかりひどく好む友達のことがおかしくて、やきもちをやいて、さかんにからかっていた日のことも。「一、二、三!」の合図に合わせ、うず高く積もった雪を空中に撒き散らして一緒に撮った写真はまだ私の机のひきだしの中にある。友達が身を投げようとして高い山に登った日、その頭の中にはどんな単語や文章があって、一緒にあそこまで登ったのだろう。あの細い体に降り注いでいた透明な光は、温かかっただろうか。友達が最後まで読めなかった白い紙の上の黒い活字たちを、まだ生きている私が一生けんめい目を動かして、読んだ。
しなないで しなないでおねがい。
言葉を知らなかったあなたが黒い目を開けて聞いたその言葉を、私が唇をあけてつぶやく。それを力こめて、白紙に書きつける。それだけが最も善い別れの言葉だと信じるから。死なないようにと。生きていって、と。(わかれ)
もうすぐ、私と私のねこが生まれた一月がやってくる。私たちは白いクリームにおおわれた白いケーキにろうそくをともして、いっしょに眺めるだろう。そうしてみんなの代わりにケーキを食べ、私はもっと生きていくだろう。冷たく、敵対的な冬を力いっぱい通過していくだろう。
──二〇一八年一一月二八日 イ・ラン (訳=斎藤真理子)