単行本 - 外国文学
「ケレット来日に寄せて」福永信 最新作『銀河の果ての落とし穴』刊行記念
福永信
2019.10.08
世界40カ国以上で愛読される人気の超短編作家エトガル・ケレットの最新刊『銀河の果ての落とし穴』が発売!
妻子に逃げられ、サーカス団の人間大砲になってブッ放される男の話からはじまり、人類の進化と人間の一生が重なる不思議な余韻の超短編(たった2ページ!)で終わる……奇想とどんでん返し、笑いと悲劇が紙一重の掌篇集です。
さらに、10月11日〜22日、甲南大学 KONANプレミア・プロジェクトによりエトガル・ケレットと妻・シーラ・ゲフェン(映画監督、脚本家、女優)の来日が決定!
彼らの来日に合わせて、ふたりの作品を上映する映画祭(東京・京都・神戸)や本書刊行記念イベントをはじめ、様々なテーマでのトークイベント(東京・京都・神戸)も開催されます。
(詳細は「エトガル・ケレット&シーラ・ゲフェン2019来日サイト」に掲載)
この魅力あふれる小説家の来日を記念して、小説家・福永信さんのコメントを公開します。ぜひお読みください。
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ケレット来日に寄せて
〜たった1人の小説家とは思えぬ、いくつもの仕事をこなす、魅力あふれる小説家〜
福永 信
小説としては4冊目になる翻訳の、新刊の発売予定とほとんど同時の来日だから、セールスのための来日と思ったら大間違いだ。いや、ちょっとだけ間違いだ。初来日の時は、確かにそんな感じはあった。発売記念来日っぽかった。いや、それは初来日なんだから、それで良かった。誰もが、初めて見るイスラエルから来た世界で大人気の小説家の佇まい、その声に魅了された。僕もたまたま近くで見る機会があったけれども、この小説家はチャップリンに似ていた。それは単にスター俳優みたいな感じがしたというだけでなく、見た目が似てるような気がしたのだ、スクリーンの外の素顔のチャップリンに。見た目、人懐っこい笑顔、でもシャイなところ、あと子煩悩なところも似ているように思えた。そういえば確か、自宅にチャップリンのポスターを飾っているよ、と言っていた。
このイスラエルの小説家は初来日の時、1人の日本の友人を得た。その友人は甲南大学の教員で、後に彼の英語で書かれた本の翻訳者になる人物である。この日本の友人が、今度の4年ぶり2度目の来日の企画者だ。
今回はセールスなんて関係なかった。所属する大学のメモリアルに合わせてのものだが、思いは、「もっとこの魅力的な小説家の世界を、若い人達に、紹介したい」というものだった。たった一度の来日じゃあ全然足りなかったというわけだ。誰に頼まれたわけでもなく、手弁当で、来日を企画し、この小説家のドキュメンタリー映画の字幕の翻訳にまで手を染めた。
来日は、ほんとは去年実現するはずだった。でも、残念ながら、この年の来日は不可能となった。それでも、この日本の友人はめげず、プレ企画を実現させた。木村友祐さん、そして温又柔さんら日本の小説家と共に、字幕翻訳したてホヤホヤのドキュメンタリー映画の日本初上映会&シンポジウムを、大学で実施した。
その際、イスラエルから、日本の友人へ、コメント自撮り映像が届いた。その時この小説家は初期チャップリンみたいな大げさなヒゲを生やしていたが、それは来日できなくなった理由である長引いた撮影のためだったらしい。撮影のために滑稽なヒゲを生やす小説家とは一体何者なのかと会場はざわついたが、それがむしろ、ミステリアスな小説家のイメージを増幅し、今回の来日をさらに楽しみなものとした。イントロダクションとして大成功だったわけだ。コメント映像の中で小説家は、タカ、来日できずにすまない、という意味のことを言っていた。
というわけで1年間の延期ということになったのだが、事態は流動的だし、時間の余裕ができた、というより不安が増しただろう。結構大変だったはずだ。しかし、持ち前のガッツでこの日本の友人は乗り切った(乗り切ろうとしている)。彼は機会を見つけて直接イスラエルへ会いに行きもしたし、出町座に出向いて配給の相談をしたりした。むろん彼は映画配給のど素人だが(英文学の研究者なんだから当たり前だが)、少しずつ学び、とうとう関西の有力劇場での上映までこぎつけた。その間、日本初上映の関連映画の字幕翻訳をコツコツ続けた。字幕翻訳だって元々、ど素人なのだ、英文学の研究者なんだから。一体何をやってんだかという感じだが、それでも彼は、これは自分がやるべき仕事だという確信を持っていた。日本にこの小説家の魅力を伝えるには、本だけじゃダメだ、映画というジャンルも重要なんだ、という思いが、消せずにあったから。
だから、字幕翻訳もしたし、映画祭という形は外せなかった。僕は初期から構想を聞いてるから間違いない。たった1人の小説家とは思えぬ、いくつもの仕事をこなす、魅力あふれる小説家が同時代にいる、イスラエルっていう日本からちょっと遠い場所にいるけれども、それは単に距離的なことで、全然重要なことじゃあない。むしろ、僕らにとても近いものをこの小説家は持っている。そのことをもっとリアルに感じてもらいたい、そのための機会を作りたい、特にこれから何か自分なりの仕事をし始めるはずの、学生達のために。
そう、つまり、これは大学教員として、とても真っ当な仕事だったわけだ。そしてそれは、これもまた真っ当なことに、大学の外に開いている。大学の外の若い人達のために。大学という場は、もっとクリエイティブな場所であるはずだからだ。「仕事」というのは、自分なりに幅を広げていけるもので「大学教員」だから「英文学の研究者」だから、「翻訳家」だから、あるいは「学生」だから、ここからここまでしかやらないということなんか全然ない、という彼の意思の表明でもあるだろう。自分なりに、やれることは全部やればいい。遠慮なんかいらない。自分の人生なんだから。それは、イスラエルのこの小説家とまったく同じもの、響きあうものだ。
福永 信(ふくなが しん)
1972年・東京都出身。現代日本文学の最先端で軽やかな実験を続ける作家。1998年「読み終えて」で第1回ストリートノベル大賞受賞。また、2012年『一一一一一』で第25回三島由紀夫賞候補、2013年『三姉妹とその友達』で第35回野間文芸新人賞候補となり、2015年には第5回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞した。
(「エトガル・ケレット&シーラ・ゲフェン来日サイト」より一部改稿)
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『銀河の果ての落とし穴』エトガル・ケレット 広岡杏子訳
ウサギを父親と信じる子供、レアキャラ獲得のため戦地に赴く若者、ヒトラーのクローン……奇想とどんでん返し、笑いと悲劇が紙一重の掌篇集。世界40カ国以上で翻訳される人気作家最新作。
また、10月下旬にはケレットの代表作である『クネレルのサマーキャンプ』を原作とした傑作グラフィックノベル『ピッツェリア・カミカゼ』も発売。
今後も話題が続くケレット作品にぜひご期待ください!
★ご予約受付中! 刊行記念トークイベント、10/13(日)開催!
「エトガル・ケレット、大いに語る──現実の裏にあるシュールな真実」
日時:10月13日(日)15:00〜(サイン会あり)
場所:紀伊國屋書店 新宿本店
出演:エトガル・ケレット(作家)×倉本さおり(書評家・ライター)
申し込み方法など詳細は紀伊國屋書店ホームページにて
エトガル・ケレット【プロフィール】
1967年イスラエル生まれ。両親はホロコースト体験者。小説に『突然ノックの音が』『クネレルのサマーキャンプ』、エッセイ集に『あの素晴らしき七年』。映画『ジェリー・フィッシュ』でカンヌ国際映画祭新人監督賞