単行本 - 日本文学

第56回文藝賞受賞作『かか』『改良』単行本発売記念対談 宇佐見りん×遠野遥
受賞のとき何してた? デビューとは? ともに20代の受賞者ふたりによる、本音炸裂トーク!

第56回文藝賞は、20歳の宇佐見りんさんによる『かか』と28歳の遠野遥さんによる『改良』が受賞。受賞者はいずれも20代、フレッシュな才能を持つふたりのW受賞となりました。
母親と娘のままならない愛憎を描いた宇佐見さんの『かか』と、女性装をする主人公の美への渇望を描いた遠野さんの『改良』。縁あって同時受賞となったおふたりの、ざっくばらんなトークの様子をお届けします。

宇佐見 本日はお会いできて本当にうれしいです。

遠野 私のほうがもっとうれしいと思います。

 さっそくですが、出版社から文藝賞受賞の連絡を受けたときはどんな感じでしたか。

 東京事変の「閃光少女」という曲の中に「昨日の予想が感度を奪うわ」という歌詞がありますが、その通りで、私は受賞するパターンも落ちるパターンも頭の中で事前にイメージしてしまっていたので、新鮮な驚きがありませんでした。でもこの知らせは私にとってたぶんいいことだろうとは思いました。私の意思で応募していたのはたしかなので。

 なるほど……。すでにイメージできていたというのはすごいですね。東京事変のその歌詞も素敵です。わたしは全く逆で、とにかく信じられなかったですね。この先数年間応募生活を続けていくつもりだったので、とにかく驚きが強かったかな。想定外のことばかりで、ほんとうに目まぐるしかった。でもやっぱり本気で書いたものを誰かに読んでもらえる、その感想をいただけるっていうのは今までになかったから、信じがたいけどうれしいです。伝わっているな、受け取ってもらえたな、という手応えがうれしい。

 感想をいただけるのはありがたいことですよね。単行本が出る前から決して少なくない数の方が読んでくださっていて、本当に嬉しいです。単行本を買っていただけたら、もっと嬉しくなってしまいますね。

 そうですね。でもやはりいまリニューアルして勢いのある「文藝」に載せていただいたというのは本当に恵まれたことだったと思います。前号もそうですが、どれも読みたくなるものばかりで。

 感想といえばこの前Twitterで、作中に登場するバンドがギターとボーカル、ドラムとボーカル、ベース、ベースなんですけど、その編成はちょっとどうなの? というようなリプライを下さった方がいて、私もこの編成はちょっとどうなの? と思っていたので、引っかかってもらえて良かったです。細かいところまで見てくださっているなと。ほかにもいくつか細かい突っ込みどころがあるので、気付いてくれる方が現れるといいなと思います。どう読んでもらっても構いませんが、ディズニーランドで隠れミッキーを探すような感覚で読むのも面白いと思います。面白くなかったらすみません。

 隠れミッキーですか。知らなくても読めるけど、少し詳しいとちょっとにやりとさせられるという訳ですね。私は結構『改良』に出てくる固有名詞のネーミング、好きです。つくねちゃん、って名前、絶対にほかの小説には出てこないだろうし、なんだか愛着が湧きます。

 私が観測している限りでは、つくねちゃんは女性人気がわりと高いですね。私はつくねよりも主人公よりも、デリバリーヘルスで働くカオリという女性に最も感情移入していたりします。ところで『かか』の装丁、とてもいいですよね。私は『かか』を既に3回読んでいて、これから4回目に入ろうと思っていますが、装丁を見ているだけで内容を思い出して涙が出ます。読んでいて泣けてくる小説は時々ありますが、読んでいないときに内容を思い出して涙が出るという現象は、2年ほど前に高橋弘希さんの『日曜日の人々』を読んだとき以来です。感情を揺さぶる力が尋常じゃないくらい強くて、それはあの文体の作用でもあるので、あの文体で絶対に良かったと思います。

 

 そう言っていただけるとありがたいやら、面映ゆいやら、です。もちろん作者と作品は別ですが『改良』を読む限りわたしとは全く違うタイプの方だろうと思っていたので、遠野さんに泣けてくると言われるのは嬉しいです。『日曜日の人々』、いまネットで調べましたが、あらすじ読んだだけでも面白そうですね。

 『かか』には良いところが100も200もあると思いますが、その中でひとつだけ挙げるならば、かかが犬のホロを逃がしてしまう場面があります。どうして犬を逃がしてしまったのか、かかの説明は説明になっていないのに確かに伝わってくるものがあって、とても刺さりました。あのような気持ちになるときというのはたぶん私もありますし、ほかにも覚えのある人がいると思います。その前後の流れもすごくうまいですよね。好きな劇団の公演を観に行ってうーちゃんの気持ちが少し浮くことによって犬を逃がすエピソードが一層映え、犬を逃がしたかかに対してうーちゃんやみっくんがかなり辛辣なのも効果的ですよね。こんなことを言ってしまうとかかには悪いですけどね。

 凄い読み込み方……。あの犬の場面は、ふだんは冷静なみっくんが我を忘れてかかを怒鳴るところで、わたしも気に入っているんです。『改良』の単行本カバーもスタイリッシュで面白いですね。尖ってる。選考委員の磯﨑憲一郎さんとの対談にもありましたけど、喘息をスイミングスクールに通って直したって話、あそこだけ実話なんでしたっけ。実はわたしも喘息気味だったんですけど、水泳習って直した口です。まだ完全には直ってないんですけど。あの話の、推進力といいますか、内容はかなり重いのに読み進める手は止まらないし、考察にも納得させられつつ展開も面白いのが最高でした。遠野さんはいつから、どんなきっかけで小説を書き始められたんでしょうか。

 

 大学生活も終盤になって、単位もけっこう取りきって卒業後に何をするかという目途もついて、時間ができたから何かやってみようか……という気持ちからだったと思います。私はあまり人と一緒にいたいと思わないし、もともとノートパソコンを持っていたので、小説ならひとりで作ることができて初期費用もいらず適当かと思いました。でもこれはそれらしい仮説を無理やり言葉に押し込めているだけで、本当のきっかけは私にもわからないです。私は私がなぜ小説を書き始めたのかということに興味が持てないです。いつの間にか小説を書くことになっていて、今は歯磨きとか洗顔と同じルーティンのひとつという感覚です。

 小説は自分の身体とパソコンさえあれば書きはじめられるから魅力的ですよね。ルーティンのひとつというのも、生活のなかに染み着いている感じがして素敵です。ご飯を食べたり、髪を乾かしたり、そういう流れのなかにある、というのはわたしにはあまりない感覚なので面白いです。今まで書いた小説を同人誌とか、文学フリマみたいなところに発表したことはありました?

 ないです。読んでもらうのは、出版社に認められて書籍化される水準に達してからでよいと考えていました。

 わかります、わたしもです。それまでは自分がどのぐらいのものを書けているのかも手探り状態だったし。幼少期から書くことは好きでしたが、自覚的に、本格的に書きはじめてからはそんなに長くないですしね。応募し始めた理由とかってあります?

 書き始めたときには既に出版社への応募を念頭に置いていたと思います。やるからには形にしたいなと。小説以外の話もお聞きしたいのですが、宇佐見さんはたしかYMOとはっぴいえんどがお好きなんですね?

 そうです、特にYMOの坂本龍一さんが好きで。応募するときに意識していた訳ではなかったのですが、お父様の坂本一亀さんが「文藝」の編集長をなさっていたこともあるらしくご縁を感じます。坂本さんが音楽を手掛け、ご自身もヨノイ大尉役として出演された映画の「戦場のメリークリスマス」なんかも大好きで、北野武さんも出演されているんですよね。「座頭市」をはじめとした北野さんの映画も大好きだし、先日の文藝賞授賞式でお会いしたときは本当にうれしかったなあ。はっぴいえんどとYMOはずいぶん毛色が違うけど、そのときどきで聴きたい気分にあわせて聴いています。

 私はYMOだと「体操」が特に好きで、日によっては小説を書きながら10時間くらいずっと聴いていることもあります。

 わたしも好きです、ミュージックビデオも訳わからなくて最高ですよね。ブルマの女の子がずっともじもじしてて。

 でも20歳でYMOとかはっぴいえんどが好きな人ってそれほど多くないですよね。King Gnuとかあいみょんとか聴かないですか? 私は28歳なんで、20歳の人たちが何を聴いているのか正直もうわかりませんけど。

 あえて聞いてないわけではないのですが、触れる機会があまりなくて。ただ、本当に有名な方ですけど米津玄師さんの曲とかは本当に良いなあと思います。それがちゃんと世間でも人気であることが嬉しい、というか。遠野さんは普段どういった音楽を聴いていますか。

 米津玄師さんは私もかれこれ10年くらい聴いていて、もうかなり前ですが「マトリョシカ」という曲をギターでコピーして遊んだりもしていました。「Lemon」がYouTubeで2億か3億再生されているというニュースを見たときは、仲のいい友達が結婚したときのような嬉しさがありました。他人ですけどね。米津さんの「vivi」は聴いたことありますか? 最高なので、ぜひ聴いてほしいです。

 「vivi」、よかったです。優しくてエモい。優しいだけじゃなくて妙に胸にのこる。そういうちょっと刺す感じというかフックみたいなものがある気がします。

 あとは普通にRage Against the Machineとかを聴きます。1stアルバムをやっぱり小説を書きながら10時間くらいずっと聴いていたりします。そういえば、宇佐見さんくらいの歳のときは私もバンドをやっていましたよ。

 ええ! なかなかイメージがつかないけど、どの楽器をやってたんですか?

 ギターをやっていました。それからボイストレーニングにも通っていたのですが、才能がなく、吐き気がするほど下手だったので結局一度も人前では歌いませんでした。自分で曲を作ったりもできませんでした。できなかったことだらけで、嫌になりますね。きちんと作曲の勉強をして、今からでも何か作りたいと時々思いますが、やはりまず小説を書かなければいけないので、少なくとも当分は難しそうです。

 なるほど。小説以外の経験も趣味も、きっと作品に繋がってきたりしますよね。小説や音楽に限らず、趣味はありますか?

 最近はあまり時間をとれていないのですが、一時期は週に40時間くらいホラーゲームをするか、人がしているのを見ていた時期がありました。ホラーゲームには作り物の恐怖や不安を人に与えることで現実の心配事を一時的に忘れさせる作用があって、私にとっては大切なものです。去年の文藝賞にはホラーゲーム小説を送ったのですが、残念ながら最終選考の手前で落ちてしまいました。またどこかで書けたらいいなと思います。2作目がラグビー小説で3作目がエスパー小説の予定なので、4作目くらいに。

 ホラーゲームですか。それはまた面白そうですね。誰もがやったことのある身近な素材ではあるけれど、遠野さんの『改良』を読んだあとだと、人間の根源的な感情である恐怖や、虚構と現実との話や、考察しがいのあるものに思えます。

 あとは磯﨑憲一郎さんとの対談でも話しましたが、現代美術が好きです。少し前までやっていた塩田千春展には2回行きました。そういえば森美術館の年間パスポートを持っていた時期もありました。

 塩田千春展、あの、赤い糸の? 良いですね。わたしも行ってみたかったんだよな。

遠 宇佐見さんは小説以外に何か趣味みたいなものはありますか?

 わたしは演劇をやってます。中学高校でもやっていて、途中でやめてしまったんですけど、やっぱり演劇って魔力があるんですよね。小説を書く魅力と似ているところもあるし、違うところもある。肉体がその場に、実体として存在する強さみたいなのは感じます。大学のサークルで再開しました。あとは歌舞伎研究会にも入っています。

 どちらもかなり小説の糧になりそうなサークルですね。演劇は見る頻度こそかなり低いですが私も好きです。2年前のちょうど今くらいの時期に慶應大学の演劇サークル創像工房 in front of.の「SLEEP WELL」と 慶應義塾演劇研究会の「誰の庭」という公演を続けて観て、方向性の異なる2作ですが、どちらも本当に素晴らしくて、大変刺激を受けました。それで私も頑張らなくてはと思ってギアを上げたところがあるので、もしかするとあの2作を観ていなければ文藝賞も受賞していなかったかもしれません。

 おお、そこまで……。まだ一年生なのでその時は入っていなかったのですが、伝えておきますね。ありがとうございます。

 演劇といえば、又吉直樹さんの『劇場』は読みましたか? 私はあの小説を読めて本当によかったです。宇佐見さんが脚本を書いた劇も今度観に行きますね。

 未読ですが、前々から面白そうだと思っていたので読んでみます。演劇は脚本だけで完結しないもので、また違った面白さがあると思います。是非いらしてください。本日はありがとうございました。

 ありがとうございました。

 

(2019.11.7)

 

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