単行本 - 日本文学

数十年前の登校拒否──学校から逃げ出したい人、逃げ出したかった人にすすめたい一冊

北海道発の文学賞・氷室冴子青春文学賞第1回大賞受賞作

『虹いろ図書館のへびおとこ』

櫻井とりお著

いじめに遭って小学校に行けなくなった主人公・火村ほのか。たどりついたおんぼろ図書館で「へびおとこ」と呼ばれる体の半分が緑色の司書や謎の少年、そしてたくさんの本に出逢い、少しずつ人生を変えていく感動の物語。

このたび、読者に一万円分の選書をする「一万円選書」で大人気の、いわた書店の岩田徹さんからレヴューが届きました。

ほのかちゃんと同じようにいじめに遭ったこともあるという岩田さん。本書をどう読まれたのでしょうか?

***

 

数十年前の登校拒否
――学校から逃げ出したい人、逃げ出したかった人にすすめたい一冊

岩田徹

 

シベリア帰りの父が、三菱美唄びばい炭鉱の六軒長屋を出て、砂川で小さな本屋を始めたのは、僕が小学一年生の一学期の終わりごろの事でした。当時の砂川は東洋高圧(現・三井化学)の企業城下町で、関連企業も含め、町はそれによって成り立っていました。 

共同便所や共同の洗濯場(井戸)、共同浴場という炭鉱住宅で育った僕にとってはまぶしいほどの都会に感じられたものです。団塊世代の子どもたちであふれそうな小学校に、山奥から転校してきた少年は、さっそくいじめの対象になったのです。学校は社会の縮図、大人たちのヒエラルキーや、そのいやらしさをそのまま反映します。休み時間にトイレに行くところにまでついてこられては、からかわれます。そんな僕の放課後の避難先は図書室でした。帰宅しても誰もいない家にいるよりも、本に囲まれているのが好きでした。面白そうな本を片っ端から読んでいたのです。 

小学校の勉強なんて、いわばなぞなぞかクイズのようなものです。先に答えを見ておけば実に“簡単”なものでしかありません。店には参考書がそれこそ「売るほど」並んでいるので、立ち読みだけで予習はできます。理科や社会は、小学生向けの本はあまり良いのが無いので中学生向けの本を読んでいました。しまいには「教育技術」という雑誌を読んでから登校していましたから、先生にとっては扱いづらい子どもであったことでしょう。答えがわかっているのに退屈な授業を受けさせられるのは苦痛でしかありませんでした。黒板ではなく窓の外をボーっと眺めていたのです。面白かったのは工作や実験の授業だけでした。身体は教室の中にはいるけど、心は登校拒否をしていたのだと思います。 

しかも授業があまりにも判りづらかったので、休み時間には僕が同級生に補習で教えたのです。例えば『ピラミッドの秘密』という本を引き合いに出して円周率を説明したりして、クラスの中でいじめられないポジションを確保していったのです。いわば本によって救われたわけです。

これほどに僕が子どものころでさえ教室での時間が「苦痛」であったのですから、今の子どもたちはいかばかりかと思うのです。僕にとって図書室が避難所であったように、ほのかちゃんにも図書館があって良かった。へびおとこが居てくれて本当に良かったと思うのです。医療や防災と同じように図書館には大事な役割があります。それは決して数値化できないもので、見えにくいものではあるけれど、とても大切なことなのです。

百数十年続いた「寺子屋方式」の授業の仕方は、そろそろ限界にきているのではないかと思います。僕の家では両親が早朝から深夜まで働いていて、僕と妹はほとんど祖父母によって育てられました。それが悪いというのではなく、普段(親として子どもを)構っていないことからくる、親の過干渉が、互いの自立を妨げる方向に作用します。僕の場合は、中学生にもなると、親からの「良かれと思って」なされる指導・助言・叱責がとても我慢できないレベルに達します。学校も家庭も「心地よくない」時間を強要してくるわけで、いっぱいいっぱいの僕は不登校もしくは家出の一歩手前であったのです。 

この後で僕は高校での寮生活が始まって解放されます。毎日が修学旅行のような夢の時間を経験します。まるで少年自衛官のような団体生活のなかで、自由に考え、行動することの意味を知るのです。この世には本当に様々な人間がいて、みんな別々だということ。上には上があるということ。答えが用意されている問題ばかりではないということ。先にちょこっと解答を見ておこうとしても、できないことのほうが多いということ。自分の頭で考えて行動すること。上手くいかないことを親や先生のせいには出来ないことを学ぶのです。 

 

『虹いろ図書館のへびおとこ』は、そんな半世紀も前の青春の初めのころのことを思い出させてくれた本でした。

私が現在行なっている一万円選書の当選者には、まず選書カルテを送ります。最初の質問はこれまでに読んで印象に残っている本二十冊。皆さんこれを書き出すのに苦労されるようです。それは、子どものころに読んだ本は、当時の自分の気持ちを呼び起こしてしまうからです。楽しかった記憶よりもイヤな思い出が勝ってしまったり。もう何年も経過しているのに、未だに乗り越えられていない自分と向き合ってしまったりもするからです。

本書を、そのようなお客様にこそおすすめしたいと思います。

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