単行本 - 日本文学

全身全霊で女性差別に傷つく男の子の話 ――大前粟生『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』刊行に寄せて

全身全霊で女性差別に傷つく男の子の話 ――大前粟生『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』刊行に寄せて

「全身全霊で女性差別に傷つく男の子の話を書いてください」
 去年のバレンタインに『文藝』の編集者さんとの打ち合わせでそういわれた。私がそれまで書いてきた小説はいわゆる「奇想」系と呼んで差し支えのないもので、妹の右目からビームが出て止まらない話だったり、人間が西部劇でころころ転がっているあの草のかたまりになったりする話がほとんどだった。そんな中こういった依頼をいただいて困った気持ちと、でも、私自身の話を書いたら書けるんじゃないかなあ、という気持ちがあった。
 フェミニズムのことを考えるようになったのがいつからなのか、はっきり覚えている。2016年の2月に、松田青子さんの「女が死ぬ」という小説を読んだことがきっかけだった。物語のために女が死ぬ。プロットのために、展開のために女が結婚する。妊娠する。流産する。レイプされる。男の都合のためにいろんな映画や小説、物語で平気で行われてきたやばいことを描いたこの作品を読んで私は涙が止まらなかった。
 理不尽に対してちゃんとキレてくれていることがうれしいという気持ちと、つらくて死にたいという気持ちがあった。「女が死ぬ」を読むまで23年間、私は男性としてぼーっと生きてきて、そういうこと、考えてもみなかった。自分は「女が死ぬ」に出てくる「彼」なんだ、加害者側にいるんだ、そう気づくと、心が痛くて仕方なかった。
 それからというもの、私は書店で目についたフェミニズムや男性の加害性についての本を買って読むようになった。『82年生まれ、キム・ジヨン』『ヴァギナ・モノローグ』『ありがちな女じゃない』『バッド・フェミニスト』『問題だらけの女性たち』『彼女は頭が悪いから』『日本のヤバい女の子』『男が痴漢になる理由』『説教したがる男たち』『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』『ヒロインズ』『私たちにはことばが必要だ』など、読みやすく、生活に根差して書いてあるものを優先して。これらのすばらしいどの本を読んでも、ひとりの人間として真っ当に生きていきたいと勇気づけられると同時に、描かれる男性から受けた差別を目の前にやっぱり私は死にたくなって、「男でごめんなさい」という気持ちで日々を過ごした。これを書いている今でもそう思っている。本当に念のためいっておくと、それらの本を書いたひとやフェミニズムを支持するひとたちのせいで私は死にたくなっているのではなく、彼女ら彼らを差別するこの家父長制社会のせいでそうなっている。
 だから、フェミニズムを支持する気持ちと、「男性」という加害者側にいる罪悪感に引き裂かれたようになっている私を素材にしたら、「女性差別に全身全霊で傷つく男の子の話」を書けるんじゃないかと思った(あくまで「素材に」なので、私小説というわけではないです)。
 それで、数か月かけて原稿用紙換算で134枚の小説を書き進めていったのだけれど、とにかく「物語」っぽくしないように気をつけて書きました。だれかを悪者にしたり、その悪者を蹴散らしてスカッとしたり、ということは『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』では起こりません。だって、現実に差別に苦しんでいるひとはたくさんいて、自分は差別しているんじゃないかと苦しんでいるひともたくさんいて、そのひとたちが今、スカッとしているわけではないから。スカッとする物語を書く/読むということはつまり、なにかを都合よくはぐらかすということでもある。それはフィクションの役割のひとつでもあると思うけれど、私には差別を扱う話でそういったものは書けなかった。
 あなたの困難を解決するかはわからないけれど、ひょっとしたら抱えているものについて余計にぐるぐると考えさせてしまうかもしれないけれど、それでもこれを読んでちょっとでも楽になってほしいな、と思って書きました。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』よろしくお願い致します。

 

***

3月12日発売『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』大前粟生・著

大前粟生初の中篇である表題作に、短編「たのしいことに水と気づく」「バスタオルの映像」「だいじょうぶのあいさつ」を加えた、全4篇の小説集。

176ページ 1600円+税 河出書房新社刊

装丁=佐々木俊(AYOND) 装画=umao

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著者

大前粟生(おおまえ・あお)
一九九二年兵庫県生まれ。京都市在住。二〇一六年、「彼女をバスタブにいれて燃やす」がGRANTA JAPAN with早稲田文学公募プロジェクト最優秀作に選出され小説家デビュー。
著書に『のけものどもの』(惑星と口笛ブックス)『回転草』『私と鰐と妹の部屋』(ともに書肆侃侃房)。

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