単行本 - 日本文学

ゆっきゅんが「心を鋭敏で居続けさせてくれる読書体験」と評する、最果タヒの最新小説集『パパララレレルル』

 なんかもっと…心みたいに生きないとダメだ。先週、久しぶりに映画館へ行って、登場人物たちの切迫した感情が世界の中心にあるような作品を観た。背景もセリフも物語も音楽もこの子たちの心のためだけにある。自分もこのように心みたいに正直に新しく在りたいし作りたい、もっと追求出来るはずだと覚悟を決めた。

 あの夜に覚悟を決めたのはこの本を読むための用意された導線というか仕込みだった? それくらい最果タヒさんの短編小説集『パパララレレルル』は私の今に透き通って入ってきた。中でも「ネックレスになるまで」は心そのものの話で。その世界では身体から心をひとつにまとめて取り出すための便利グッズとしてのビー玉があり、〝私〟はビー玉を数年間お腹に潜ませて、身体中に点在した心を集めようとする。ビー玉が真珠みたいだと思ってときめいたある男性は心の連なりを想起して真珠のネックレスを買った。二人はビー玉を取り出して心だけで接し合う。そして身体は身体で駆け出していった。私はこれを読みながら、もちろんさっさとビー玉になりたいと思った。早くビー玉になってそれ以外は捨てて、ビー玉のまま、ビー玉を増やして、他のビー玉とネックレスになってみるのもいいかもしれないし。こうして、私はまだ心というものにはっきりと夢を見ていることが自分にバラされた。

『パパララレレルル』には「限界人魚姫」(最高)や「竹取未満物語」(好き)など童話や昔話をモチーフにした物語が柱のように存在しつつ、一瞬の感情の流星群のような「極北極」(痺れる)や、売れ始めたJ−POP歌手と評論家の〝先生〟が交流する「きみはPOP」(ううう)、詩人と小説と人間たちがぐるぐると連関してゆく最後の「猫はちゃんと透き通る」(すげえ)まで、26編のさまざまな物語が、気持ちのようにふと始まってふと終わる。命や世界に不遜な登場人物たちには、自分や他人の感情に対する感想がめっちゃあって、そこにある複雑さから目を背けない。対話でしか発生しえない光が、少し開いた窓から入ってくる冷気のように、心を鋭敏で居続けさせてくれる、そういった読書体験だった。

 ところで私の心を形成してきた言葉の代表格は、J−POPの歌詞に他ならない。音より歌詞を聴いてきた。孤独とか恋とか愛とか神とか星とか夜とか花とか好きとか、似たような語彙の歌詞の歌が、全然好きだった。だから私にとっていつも、タヒさんの作品はJ−POPへの斬新な批評でもあった。歌詞のクリシェのために使われるようになった言葉の、くたびれてしまった意味を裏返し、言葉に背負わされた期待を快活に裏切る。今まで何千万回も言われているだろうけど、やっぱりその魅力は今回の小説でも確実だった。愛について語るための新鮮な包丁も、夜の中の知らない時間も、まだまだまだまだあるはずだということを思った。これからも、心の最先端にある言葉で走る物語に、新しく追いつけるようにいたい。

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