単行本 - 日本文学

【刊行記念特別公開】武瑠、10年ぶりの小説刊行。『センチメンタルワールズエンド』一部試し読み。

新海誠氏(アニメーション監督)推薦!「誰もが地獄を抱えて生きている。それこそが美しさの源なのだと、武瑠さんが全霊で歌っている。」ーー構想20年。顔を持たない小説家と疫病神アイドルが出会って動き始める「物語の遺書」、待望の刊行。

 

 

実際の感情を基につむがれた、作り話の遺書です。

       *

 I

 今日もまた、許された私になり損ねた。
 目覚めるたびにささやかな絶望を味わう。このところ見続けている、あの夢のせいだ。おろかすぎる私は、きまって叶うはずもない淡い期待を抱いてしまう。夢というには妙に現実的な設定であり、それが余計に信憑性しんぴょうせいを帯びる理由になった。
 登場人物はすべて実在していて、見た目や性格もそのまま。ロケーションも浮世うきよ離れしたところはない。ありがちな怪物の登場や、急な場面転換もない。

 メンバー5人。手を重ね合い、声を掛け合う。これから始まるショーの直前、舞台袖。そこかしこから差し込む照明を浴びた顔がミステリアスで、あの子のすっきりと通った鼻筋を、一層際立たせているように見えた。同じステージに立つ間、一度も目を合わせることはなかった。ただ、積み上げてきた言葉やリズムの上で歌い踊り、共鳴することで、心にきつく絡まったくさりのようなものが、はらはらと解けていくのを感じた。ライヴが終わり、私はマコの腕を掴むと、楽屋を通り過ぎて非常階段へ抜け出す。まださびの気配すら感じさせない、冷ややかな金属の匂い。そこに倒れ込むと、私は咽び泣きながら懺悔ざんげをする。

「もう大丈夫だよ、ミサキは悪くないよ。大丈夫。お願いだから。もう泣かないで」

 マコに抱きしめられながら、膝にめり込む硬さを感じる。冷たい灰色の空気が、肺と世界を行き来するたびに、喉が裂けそうになる。それとは裏腹に、温かい腕の中でたおやかな心臓の音を聴くと、どうかこのまま夢ならめないで、と祈る。そして心に誓う。ここだ。ここで、生まれ変わるんだ。やり直すんだ。もう一度信じるんだ。私やマコだけじゃなく、それを取り巻くすべてを信じて。マイナスからでもいい、なかったことになんかしなくていい。ぜんぶ謝って。ぜんぶぜんぶ背負って、その上で笑って生きるんだ。この瞬間から生まれ変わるんだ──。

 現実に引き戻された私は、許されない私のままで。
 当然、夢は夢でしかなかった。

 睡眠中にみる幻覚、という言葉の意味では、正しすぎるのかもしれない。
 マコが許してくれるという結末は、私都合の希望でしかないのだから。そしてそれは、今となってはもう、真実と照らし合わせることすらできないことだった。
 私は人前で涙を流すことができないし、感情のままに謝ったりもできない。ありがとうを言うことも心の準備がいるし、挨拶さえ息を整える必要がある。
 そんな私が、もしも夢の中のようにけたたましく感情をむき出しにできたとして。なりふり構わず許しをおうとも……現状は何も変えられない。

〝許された私〟を唯一創造し得る女神様は、もうこの世には存在しないから。

 不快なスマホのアラームを消す。設定した時間よりも少しだけ早くに目覚めた。起きなくちゃいけないって強迫観念が、深層心理にこびりついてしまうのかもしれない。セルフの指脅迫。自分がセットしたくせに、不快な音にイラつくのが不思議だ。
 9╱1 20:55
 9╱1という数字にひどく反応してしまう。後で知ったことだけど、一番若者の自殺が多い日らしい。理由は簡単。夏休みが終わるから。決して他人事ひとごとではなくなった今日21時に、hush hushの生配信番組がある。明日は1年の延期を経て行われる因縁のライヴの日だ。5人メンバー1人も欠けることなくツアーを走り切ろう!なんて見出しで、音楽媒体の取材を受けたのが去年の春。笑えない伏線回収。新メンバーを追加することなく、3人で挑むらしい。それがまた感動を誘うんだろうと思ったら心にキリトリ線が入り、その裏に濁った感情がヌラヌラとうごめくのを感じた。女神様と疫病神やくびょうがみを欠いた、嘘つき3人組。そして、その仲間たちが描く、夢物語。

  #hush hush 百崎ももざきマコ追悼ライヴ

 左上の固定テロップ。その呪文を見るのは久しぶりだった。SNSも関連するものはほとんどミュートしてたし。運悪く音で耳にしてしまった時も極力聞き流して、心の最深部に届かないようにした。ただただ身を丸くして時間をやり過ごすようなイメージで。今もなお、その呪文の効力に驚く自分がいた。身体がしびれて石みたいに固くなった。
「さて、さまざまな悲劇や試練を乗り越えての再始動。ツアー、リリース。そして遂に明日、延期していた日本武道館公演を迎えて、率直にいかがですか?」
 活動以来、ずっとMCを務めてくれているジャンビ西橋にしはしさんが柄にもなくスーツを着ている。トレードマークのソフトモヒカンは変わらず。強気の芸風が売りの彼も、どこか今日は厳粛げんしゅく面持おももちをしている。

「私たち自身、ショックで動けない時間が長かったです。だけど、ファンの皆様の支えのお陰で、こうやってもう一度立ち上がることができました」
「きっと、天国のマコも止まり続けるhush hushなんか見たくないと思うので」
「そんな想いを新曲に込めることができたので、改めて新しいスタートが切れると、ようやく思えました」

 はは、綺麗にまとめられて担当を分けられた台詞せりふ。いつも通り台本があるんだろう。誰が誰の台詞だったかな? 言葉を聞き取り、意味を理解するのに精一杯だった。マコの後任としてリーダーになったリナが話し始めたのだけはわかった。あれ、その後はどっちだっけ。ユラギ? ジュリ? わかんないや。体が沸騰ふっとうして、頰骨が突き出しそうに熱くなってる。どうでもいいはずの世界はどうでもよくなくて。3分後には自分という存在が沸騰してなくなって、全部透明になる。肉体も記憶も。そうしたら死体も遺留品も、誰にも見られなくて済む。それが現時点で願える一番の幸福のような気がした。
 沸点を超えてフリーズを起こしていると、新曲のMVとやらが流れていた。お粗末そまつなダンスシーンと、今までの活動の回想シーン。
 その中にはもちろん、疫病神もいた。
 生きる才能のない、関わる人間すべてを不幸にする疫病神。
 なぜ期待をしてしまったんだろうと思う。生まれた時からずっと、エンドレスに続く五月病だったはずだ。なぜだか、私が生きることで幸せになる人がいるんだなんて、過信してしまった。いや、そうなるには理由だってあった。実際に応援してくれる人がいたから。じゃああの人たちもみんな、共犯なんだろうか。一生応援しますって言った言葉を証明しろよな。違う、違わない。どっちでもいい。数学的に考えよう。マコの総フォロワーは50万くらいだったハズ。では私は?
 Twitterを開く。56842というフォローの数字。事件前よりも大きく目減りしたこの数字。これが今の私の戦闘力。この数字の共犯者がいれば十分じゃないか。ぼんやりした頭で考える。マコのフォロワーから私のInstagramもTikTokも合わせたら20万人くらい?を引いた数が実数だ。約50万引く約20万。幸せにできる人の実数。じゃあ約30万人分、世界は損をした。女神は女神たる所以ゆえんがあった。今となってはそれも全部どうでもいい。さいていがデフォルトだったのに。ステージの照明のまぶしさで、自分を見失っただけだよ。水上ミサキ。
 DMは閉じたままだった。なので、ホットワードに入った#hush hush 百崎マコ追悼ライヴをタップする。

  hush hush初期から推し続けてきてよかったその言葉に尽きる
  申し訳ないけど水上みなかみミサキが生きているという事実だけが許せない
  百崎マコを伝説にするのは3人しかいない
  ミサキ今どんな気持ちで見てるの? みんな思ってるよ
  どんな想いも罪も受け止めるよだから沈黙だけはやめてよミサキ。ファンを信じてほしい
  見たくないツイートに溢れてるけど明日を最高の日にするのが俺たちの使命!
  なんでのうのうと生きてられるの? それが不思議でならない

 偉い人も偉くない人も。貧乏もお金持ちも。みんな自分の言葉を殴り書いて気持ちよくなってる。真実を知らないくせに。知ったような口をいて。綺麗な言葉も汚い言葉も、全部間違ってる。そう思うと滑稽こっけいで仕方ない。

 事件以降何も書かなかったTwitterに、初めて青い蝶々ちょうちょの絵文字だけ書き込んでツイートした。自分でも意味はわからない。ただ、私がよく語尾につける絵文字だった。

 すぐにアプリを落として、あとは「設定」→「一般」→「リセット」→「すべてのコンテンツと設定を消去」。
 やったことのない作業なのに、妙にテンポよく進むのが可笑おかしい。クローゼットの一番奥から、お気に入りの水色のワンピースを取り出した。リリースの衣装ではないけれど、ここぞって時の勝負服。それを着ると、何も持たずに部屋を飛び出した。

 一人暮らしを始めて、もう2年と少しになる。最初は事務所が契約してくれた物件だったので、名義変更の手続きをしたのが去年末。更新はまだ1年以上先だ。
 エレベーターももちろんついてるけど、知らない人と同じ箱の中にいるのが苦手なので、大抵は2フロア分階段を降りる。なんとなく、今日はエレベーターに乗った。扉が開く。幸い一人だ。騒音に対する注意、という赤文字で見出しが書かれた貼り紙をみる。もう随分と前から貼ってある気がする。たびたび女の大袈裟おおげさあえごえがするけど、それのことなのかもしれない。
 久々の屋外の空気は、まだ少し湿っぽい。金木犀きんもくせいが香ったらいいのに。ぼんやりと思った。私はおそらく金木犀の匂いが好きだった。これが金木犀だよってわかった上で嗅いだことがないからわからないけど、私が好きな匂いだなって感じる季節の時に、みんながつぶやいていることが多いから、きっとそうだ。

 そうだ。マコもいつもつぶやいていたっけ。

  大好きな季節。金木犀の香りがすると胸がギュッてなる。エモい音楽聴きたくなるよね。

 エモいって言葉はあまり好きじゃない。だけど、使ってしまう時がある。結局、便利だからだ。立入禁止の区域を、深く詮索せんさくされなくて済む。

 マコはいつも優しかった。ファンにも関係者にも。ただ、ハッキリとした意志があり、ステージに対してはとても厳しくストイックだった。だから周囲の人間とはよく衝突したけど、真剣であるがゆえのことなのはみんなが承知の上だったので、特に大きな問題はなかった。男ファンが中心のhush hushの中でも、女子ファンの割合も高く、女性ファッション雑誌の表紙を飾っていたのもその人気の理由の一つだろう。だけどそれよりも、常に加工した画像じゃなく、ドジや失敗をノンフィルターの笑顔で豪快に笑い飛ばすところが、一番の人気の秘訣だったように思う。
 そんなマコを、私の、水上ミサキのファンはねたんだ。hush hushの規模が大きくなっていくにつれ、ファンの批判的な声が大きくなっていった。人伝ひとづてに聞いたことだけど、ファンメールでの誹謗中傷窺ひぼうちゅうしょうにも悩まされているらしかった。十人十色の表現があったけど、要約するとこうだ。

  グループを私物化するなよ、調子乗んな。死ね。

 私の担当カラーは、限りなく透明に近い水色、だった。オーディション当日。合格発表直後に、プロデューサーが決めた。白いメガネフレームに触れ、一度考える素振そぶりを見せたけど、すでに用意してあったものなんじゃないかなと思う。世代感のズレを感じる小説から引用された言葉でありながら、悪い気はしなかった。母親の本棚にあったそれを小学6年生で読んでいたし、その言葉が内包するイメージと、毎度短文で世界に絶望する私のツイートが、リンクしたような気がしたから。今思うと多分におこがましい。自分で言うのもなんだけど、そんなキャラだからか、私のツイートには中毒性があったみたいだ。だけど時に拡大解釈され、気付けば意志とは違う方向に飛んでいってしまうようになった。
 その頃かもしれない。そういった影のある言葉をつぶやく時、最後に青い蝶々を付けるようになったのは。

 私から飛び立った言葉は、もう私の言葉じゃないよ。

 そうやって、責任のがれをしたかったのかもしれないし、ただ単に、過激な表現を和らげるようなスタンプだったのかもしれない。
 きっと、その両方の役割を担った蝶は、ヒラヒラと舞い、マコの身体にまとわりつく。そして、自由に身動きを取れなくした。そこまでは、事実でしかない。自分を惨めに感じ始めた私は、ハッキリと嫉妬という感情にさいなまれ、やがてその嫉妬は、皮肉にもまた中毒性のあるツイートを生む燃料になった。ファンが騒ぎ立てるのも無理はない。
 そして事件前からささやかれていた不仲説は、事件後、マコの死因の完全無欠の証拠として白日はくじつもとさらされた。あの画像とセットになったから、その効力は揺るがないものとなった。

 だけど真相はそうじゃない。蝶々は毒なんか持ってない。あのみんなが愛する女神様を殺したのは、もっと強力な狂気と凶器だった。

 

 

 

 

 

 

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