単行本 - 日本文学
ホームグラウンドは学校じゃない。ゲーセンだ。|期間限定公開『俺の残機を投下します』スピンオフ/ステージ0 第三話
山田悠介
2020.06.15
ヒットメーカー・山田悠介、感動の最新小説
『俺の残機を投下します』
2020年7月14日(火)より全国順次発売!
著者「新境地」と評された大ヒット作『僕はロボットごしの君に恋をする』(以下、『僕ロボ』)から3年。河出書房新社は、人気作家・山田悠介の最新作『俺の残機を投下します』を2020年7月14日より全国順次発売いたします。
落ちぶれたプロゲーマー一輝に奇跡の出会いが待っていた。一輝は巻き起こる事件を乗り越え大切な人を守ることができるのか? 大ヒット『僕ロボ』から3年、ミリオンセラー作家が放つ感動大作!
発売を記念して、物語のプロローグとなるスピンオフ作品「ステージ0」を特別公開!
(全5篇、8月末までの限定公開)毎週1話更新
各界のトップクリエーターが集結!
PVプロジェクト進行中
特設サイトはこちら
http://www.kawade.co.jp/zanki/
ステージ0 ―十六歳、出会い―
山田悠介
※第一話はこちら
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<3>
一輝は幼いころからゲームにはまってきた。
まだ物心つく前に母親はオヤジと別れてシングルマザーとして一輝を育ててきた。昼はスーパーのパート、夜はスナックで働いている。
ゆえに一輝はずっと〝鍵っ子〟だった。
小学校も中学校も、学校が終わって家に帰ると誰もいない。自分で鍵を開けて中に入り漫然とテレビや漫画を見て過ごす毎日だった。
しかし小学三年の誕生日、さすがに母親も不憫に思ったのだろう。独りで過ごす日中が退屈にならないようにとゲーム機を買ってくれたのだ。
ゲーム本機と同時に買ってくれたのが、当時発売間もなくで大ヒットしていた「トランス・ファイターⅤ」だった。
そこからゲームにはまり瞬く間にコツを摑んだ。当然ネットに繫いでオンラインで対戦もできるため、放課後はずっと世界中の相手としのぎを削っていた。
同じくゲームにはまっている友達がゲーセンに誘ってくれるようになると、一輝のホームは文字通りの家ではなくゲーセンになったのだ。
以来、勉強などそっちのけでゲーム三昧の毎日を送っている。徹夜でやるなんて当たり前。一日十二時間以上、寝るときと食べているとき、そしてたまに学校に行くとき以外はゲームをして過ごしていた。
今ではこの街に自分に敵う相手はいない。この間のようなイカサマをされなければ絶対に負けない自信があった。いま十六歳だが世界で活躍する第一線のプロゲーマーたちはみんな若い。一輝の活躍を耳にしていくつかの事務所からオファも来ている。
高校くらいは行っておけと言われて入学したがやはり無駄だった。このまま惰性で高校生活を送っていても意味がない。母親には悪いがやはり中退しようかと本気で悩んでいた。
自分は天才だ。
いずれ天下を獲る。
そのためには学校など邪魔だ。
辞めればゲームに専念できる。
ホームグラウンドは学校じゃない。ゲーセンだ。
プロゲーマーになってスターへのぼりつめる。
一輝はそう心に誓っていた。
つい先日、行きつけのゲーセンで騒動を起こしたのでさすがにそこには行きづらい。
日曜の今日、一輝は朝から隣町のゲーセンに顔を出していた。
いつものところに比べると建物はボロいしゲーム機もひとつ前の型ばかりだ。しかし人気機種のトランス・ファイターだけは最新バージョンが置いてある。業界内では〝イッキ〟として名の通った一輝が店に来ると、早くも数人のギャラリーが周りを囲んでいた。
今日はマネーマッチはせずただの野試合だ。ホームグラウンドではないこの店でフリーで対戦している。あっちの店ほどの強者はいないが肩慣らしにはちょうどいい。連戦連勝は当たり前。自分のライフをどこまで減らさずに完勝するか。ただそれだけを追求していた。
『ソウヤ、WIN!』
一輝の操るソウヤが烈風投掌拳を炸裂させると、相手のガリューが盛大に吹っ飛ぶ。
ライフ0。
勇ましい効果音楽とともにソウヤの勝ちが告げられる。
オープン時からはじめてもう何十連勝しただろう。
それでもまだまだ疲れはない。
次の対戦相手が対面に座るのを待ってふたたび試合をスタートさせた。
ところが今度の相手は極端に異質だった。
一輝に挑んでくるのはある程度腕に覚えのある者ばかりである。
ところがこの相手は素人臭いのだ。
キャラクターの設定に戸惑っている。ようやくゲームがはじまったと思ったら意味不明な動きを繰り返す。明らかにどのボタンでどう動くか試している様子なのだ。
ゲーム筺体は向かい合っているが、席は小さな個室のようになっているため相手プレイヤーの顔は見えない。それでもゲーム初心者であることは明らかだった。
「ド素人が!」
一輝は筺体の中でそう毒づくと、そんな相手にも容赦なく攻撃をしかけた。
こんな奴にコンボは必要ない。単純な蹴り技でフルボッコしてやる。
宣言どおりに一方的に攻撃して瞬殺する。
ところがゲーム終了直後、プレイヤー席に座る一輝を相手が覗き込んできた。
また喧嘩か――
先日の悪夢が甦る。
しかし目の前にいたのは知っている顔だった。
「上山くん、私でした!」
クラスメイトの小橋が悪戯っぽい顔で笑っている。
一輝はまた面倒臭い奴が来たと舌打ちした。
「なんでお前がこんなとこにいんだよ」
「ちょっと興味があってね。このへんのゲームセンターにいると思って捜してみたの。――上山くんがハマってるゲームってこれでしょ? そんなに面白いの? ちょっと難しすぎるよ」
小橋はそう言って一輝のコントローラーを触ってくる。
「なんであんな動きができるのよ。ちょっと私の機械とは違うんじゃない?」
「うるせえな。そんなわけねえだろ。俺の周りをうろちょろすんなよ」
気づけばすでにお昼を過ぎている。
開店から二時間ずっとプレイしっぱなしだった。疲れはないがちょうどいい。うるさいのが現れたし潮時だ。
一輝はそう思い立ちゲーム機から立ち上がる。足早にゲーセンをあとにした。
「ちょっと待って!」
小橋が後ろからついてくる。
「どこ行くの?」
一輝は歩きながら、顔だけ振り向いて舌打ちした。
「なんなんだよお前。メシだよ。いちいちついてくんなって」
久々に来たゲーセンだが、来たときにはいつも立ち寄るラーメン屋が近くにある。一輝好みの醬油とんこつだ。たっぷりの背脂はパンチがある。
すぐに店の前に着き小橋を追い払おうとする。しかし彼女が急にはしゃぎだした。
「あ、ここ知ってる! この間雑誌で紹介されてたよね。私も食べてみたかったんだ」
ほらほらと言って自分のスマホをかざしてくる。そこには雑誌のWEB版で紹介されているこの店の記事が出ていた。
厚かましいとはこいつのことだ。
とはいえ食べたいという客を同じく客の自分が追い払うわけにはいかない。たまたま知り合いが居合わせただけと思うしかない。
一輝は心底面倒臭そうな顔を向けると、「勝手にしろ」とつぶやいて暖簾をくぐった。
「お待たせしました!」
カウンター席に並んで座るとほどなくして二人の注文の品が出来上がった。
カウンターの上で旨そうな湯気を上げている。一輝は「背油横綱級 超スタミナ醬油とんこつラーメン大盛」、小橋は普通の「醬油とんこつラーメン」だった。お昼には少し遅めの時間帯だからか、人気店にもかかわらず店は比較的空いていた。
「美味しそう。いただきます!」
小橋がヘアゴムで長い髪をひとつにまとめる。割り箸をさいて手を合わせると思いのほか豪快に麵をすすりはじめた。
「あ、ホントに美味しい。上山くんも早く食べなよ。のびちゃうよ」
お節介め。一輝は眉間に皺を寄せながら食べはじめた。
とはいえやはり旨い。この界隈ではもっともこってり系の味で一輝の好みにぴったりだ。大盛は普通のラーメンの二倍の麵が入っていたが瞬く間に減っていった。
ふと横を見ると小橋もチャーシューや煮卵をゆっくり味わいながら箸を進めている。こんなこってり系な味よく食えるなと思う。店はガテン系の男たちばかりである。小橋と同じような年頃の女子は一人もいなかった。
「そういえばこの間学校で聴いてた曲、これだよね」
三分の二ほどを一気に食べ終えたころ、小橋が急にそう言ってスマホで音楽配信サイトを見せてくる。そこには一輝が大ファンのバーチャルシンガーの新曲が表示されていた。
「私もこのアーティスト大好きなんだ。最高だよね!」
聞いたとたん一輝は箸を止める。
意外だった。今日二度目の驚きだ。
まさか小橋のような優等生がこんな攻撃的な曲を好むとは思わなかったのだ。
とはいえ自分の好きなアーティストを好きと言われれば嬉しい。
「まあな。これマジで神曲だと思ってる」
「だよね。あとこれも良いよ」
小橋がこの新曲を作詞作曲したアーティストの違う曲名を告げてくる。
それは一輝がこの新曲の次に好きな曲だった。
「なかなか分かってんな」
「ふふ。新曲の『畢生よ』とは違って暗くて悲しいメロディだけど、私は好き。最後の『生きろ。』っていうのがイイよね。なんかすべてを肯定されてるみたいで」
「だな……」
こいつ、自分と同じこと考えてやがる。
ふと我に返り改めて麵をすする。
なんで俺はこんな奴と音楽談義をかましてんだ。
ところが、頭の中で毒づく一輝に小橋がとどめの台詞をつぶやいた。
「今年の夏休みにワンマンライブやるらしいよ」
「マジか!」
思わず箸をカウンターに叩きつけて叫ぶ。大人気にもかかわらずめったにライブをやらないアーティストだ。前回のライブは伝説になっている。一輝もファンになった直後で行きたかったが、見事に抽選で外れたのだ。
「うん。来週チケットが発売になる。私買うつもり。大人気だからソッカンだと思うけど、上山くんのも買っとこうか?」
その誘いに一輝は抗うことができない。
「お、おう、頼むわ――」
気づけば、完全に小橋のペースにはまっていた。