単行本 - 日本文学

一緒にゲームやらねえか|期間限定公開『俺の残機を投下します』スピンオフ/ステージ0 第五話(最終話)

ヒットメーカー・山田悠介、感動の最新小説
『俺の残機を投下します』
2020年7月14日(火)より全国順次発売!

著者「新境地」と評された大ヒット作『僕はロボットごしの君に恋をする』(以下、『僕ロボ』)から3年。河出書房新社は、人気作家・山田悠介の最新作『俺の残機を投下します』を2020年7月14日より全国順次発売いたします。

落ちぶれたプロゲーマー一輝に奇跡の出会いが待っていた。一輝は巻き起こる事件を乗り越え大切な人を守ることができるのか? 大ヒット『僕ロボ』から3年、ミリオンセラー作家が放つ感動大作!

 

発売を記念して、物語のプロローグとなるスピンオフ作品「ステージ0」を特別公開!
(全5篇、8月末までの限定公開)毎週1話更新

 

各界のトップクリエーターが集結!
PVプロジェクト進行中
特設サイトはこちら
http://www.kawade.co.jp/zanki/

 

ステージ0 ―十六歳、出会い―
山田悠介

※第一話はこちら

第一話を読む

 

<5>

翌日も、翌々日も、一輝は結衣の言いつけどおりに登校した。

たしかに単位ギリギリだ。あと少しでも休めば進級できない恐れもある。

しかし一輝は授業が頭に入ってこなかった。

今日は結衣の父親の葬儀当日である。クラスからは、担任の先生と男子の学級委員長が式に参列していた。

あれから結衣からの連絡はない。忙しいだろうからと一輝も自分から連絡を取ることを控えていた。

夕方になり最後の授業がもうすぐ終わる。昼から葬儀と言っていたからもう終わっているだろうか。結衣のことだ。弔問客に気を遣って疲れていることだろう。今日は連絡をせずそっとしておいたほうがいい。明日は幸い土曜日だ。落ち着いたところで連絡してみようか。

一輝は教室の窓から西の空に沈んでいく夕日を眺め、ぼんやりとそんなことを考えていた。

先日の結衣の電話を思い出す。

父親が亡くなったというのにずいぶんと冷静な声だった。

結衣は母親とは死別し、兄弟もいないから祖父母と父との四人家族である。仕事で忙しい父親は家にほとんどいないので、おじいちゃん子、おばあちゃん子なのと言っていた。〝年寄りっ子は三文安い〟って言われちゃうねなどと自虐ネタをかましていた。

あまり接点のない父親。その父親が亡くなった。哀しくないはずはない。でも思春期の女の子にとってはそんなものなのだろうか……

ところがそこでふと、昔の会話を思い出した。

父親の写真を見せてくれよと言ったときのことだ。

『お母さんが亡くなったとき、お父さんが私をずっと抱きしめてくれたの。小さかったからお葬式とかはよく覚えてないんだけど、そのことだけはしっかり記憶がある。お前のことはパパが一生守るよって……。最近ゆっくり話せないけど、私、お父さんのこと大好きなんだ』

ファザコンかもね――そう言っておどけていた顔が浮かぶ。

その顔を思い出したとたん一輝は頭を抱えた。

そんな結衣が、大好きな父親の急死を冷静に受け止められるはずがない。

あのときの電話は、俺を安心させて、学校へ行かせるための演技だったのだ。

どうしてそれに気づかなかったんだ。

『大丈夫』という言葉を信じて一度も連絡しなかったことを後悔する。俺はバカか。あの妙に元気な声が逆に心配だ。

そこでちょうど六時間目の終業ベルが鳴る。

一輝は帰りのホームルームを待たずダッシュで教室をあとにした。

 

一輝はいつも自転車通学だ。家から学校までは十数分の距離である。

大急ぎで学校の駐輪場から飛び出す。葬儀場は駅を挟んで学校の反対側だ。チャリで三十分以上はかかるだろう。途中、一輝の自宅アパートのそばを通る。ふと思いつき、いったん家に寄って通学バッグを放り出すと、代わりにいつもプライベートで使っているリュックを背負った。

ふたたびチャリに乗って葬儀場へ急ぐ。

ようやく到着すると、市営斎場の入口には『故・小橋悟志 葬儀会場』と簡易看板が掲げられていた。

駐輪場を無視して入口のそばにチャリを置く。屋内に入ると数人の喪服を着た人たちとすれ違う。人の流れに逆らうように会場に到着すると、すでに葬儀は終わっていた。数人の男たちが立ち話をしている。

「あの……」

年配男性の輪に声をかける。するとそのうちの一人が一輝の学生服姿を見て応えた。

「結衣ちゃんのお友達かい? 来てくれてありがとうね。でももう葬儀は終わったんだ。先生たちもさっき帰ったよ」

訊けば、喪主を務めた結衣の祖父だという。これから場を移して参列してくれた人たちとお斎をするとのことだった。

しかし聞きたいのはそこじゃない。

「結衣は?」

祖父は「ああ」とつぶやいて続けた。

「結衣は疲れてるようだったから先に家に帰したんだ。事故の連絡があってからほとんど何も食べてないんじゃないかな。もしかしたら眠れてないかもしれない。パパっ子だったからね。相当辛いと思うよ」

言いながら祖父は目元を潤ませている。

その言葉を聞いた瞬間、一輝はふたたびチャリに飛び乗った。

 

葬儀場を出た一輝は多摩川沿いをさらに北上していた。

あたりはすでにうす暗くなり夕陽のかすかな光が川面に反射している。見晴らしのいい川沿いは風が強い。二月の凍てつく風が頰を刺す。それでも上気した身体に寒さは感じない。結衣のことが心配でただ必死にペダルを漕いだ。

家に近くなりスマホの地図を開く。結衣の家にはまだ一度も来たことがない。聞いていた住所を頼りに初めてやってきたのだった。

地図アプリを頼りに住宅街の路地を縫うと、現在地と目的地のマークがようやく重なった。

スマホから顔を上げる。目の前には古びた和風の一軒家が佇んでいた。

表札に『小橋』とある。ここだ。

一輝は家の壁沿いに自転車を停めると、門をくぐり玄関口まで入っていく。古風なチャイムに手をかけた。

間延びした電子音が家中に響いている。しかし反応がない。もう一度押すとようやく中から人の気配が伝わってきた。

チャイムに通話機能はない。玄関のすりガラス越しに人影が見えてくる。その影が横開きの扉を開けた瞬間驚きの声を上げた。

「一輝、どうしたの?……」

そこには疲れた顔の結衣が立っていた。

顔が異常なほど白い。目の下にはくっきりとクマができている。心なしか顎が尖っているように見えた。この数日でずいぶん瘦せただろうか。

「葬儀場に行ったら、おじいちゃんがここだって……」

結衣が静かにうなずく。

「葬儀、来なくていいって言ったのに。学校はちゃんと行ったの?」

「ああ、行ったよ。授業が終わってから来たんだ。……それより大丈夫か?」

やつれた顔を見て結衣に訊く。結衣は静かに笑ってつぶやいた。

「うん、大丈夫だよ。おじいちゃんたちはこのまま朝まで一緒なんだって。私はちょっと疲れちゃったから先に帰ってきたの。もう寝ようかと思って……」

「……ちゃんと食べてんのかよ」

「うん、食べてるよ」

噓だ。祖父が言っていた。たぶん何も喉を通っていない。目の下のクマがずっと眠れていないことを証明していた。

こんなときまで周りに気を遣うのか。

このままでは倒れてしまう。

なんとかしなきゃ。

しかし高校生の自分にできることは少ない。

ここに来るまでの間、チャリを漕ぎながらずっと考えてきた。

会って、どうすればいいのだろう。

しかし結局大した答えは出ない。

唯一思いつくのは、あのとき、結衣が自分にしてくれたことと同じことだった。

一緒にいよう――

独りでパンを齧っていたとき、結衣が声をかけてくれた。

あのときはただウザいだけだと思ったが今なら分かる。

あのときの俺にとってそれがどれだけありがたかったか。

ただ一緒にいてくれるだけのことがどれだけかけがえのないことか。

なら自分も同じことをしようと思ったのだ。

それでも、結衣と違って一輝は素直にその言葉が出てこない。

そこで、その気恥ずかしさを隠すために一輝は家からある物を持ってきていた。

背中のリュックを下ろして結衣の前にかざす。

結衣はそれを見て不思議そうにしていたが、一輝は一言つぶやいた。

「一緒にゲームやらねえか」

家から持ってきたのは家庭用のゲーム機とソフトだった。

そこでふと気づく。なんでちゃんと説明できないんだ。この台詞だけを聞いたら、こんなときに遊びに誘うただのイタい奴だ。

「ごめん、そんな気分じゃないよな――」

ところが、それを聞いたとたん目の前の結衣が顔をくしゃくしゃにして泣き出した。

まるで小さな子どものように。

大きな声を上げて目から大粒の涙が溢れていた。

大好きな父親の死を必死に堪えていたのだろう。

周りに迷惑がかからないように。

周りを心配させないように。

涙でさえずっと堪えていたのかもしれない。

その結果、眠れず食べられない日が続いてしまったのだ。

そのことに気づかなかった自分が情けない。

この半年、ずっと一緒にいたのにそんなことにも気づけないなんて。

悲しみと後悔で一輝の目からも涙がこぼれる。

結衣は玄関先で一輝に抱きつくと、ただひたすら泣き続けていた。

 

そのあと結衣の涙が落ち着くと、一輝はリビングのテレビに持ってきたゲーム機を繫いだ。

ダイニングテーブルの上に食事の形跡はない。やはり結衣は何も食べていないのだろう。

日が暮れて寒さが足元から這い上がってくるというのに、部屋には火の気すらなかった。

ストーブを点けてリビングに置く。テレビの前の床にくっついて座り込み、一枚の毛布に二人で包まった。

「結衣もやるか?」

コントローラーを手にして訊くと結衣が小さく首を横に振る。

「一輝のを見てる」

一輝がプレイをはじめると結衣が一輝の肩に頭を載せてくる。

しばらくは静かにゲームをしていたが、一ゲームが終わったところで一輝はポツリとつぶやいた。

「気づいてやれなくてごめんな。俺てっきり平気だと思って……」

結衣は黙って聞いている。肩ごしに顔を覗き込むと、頰に涙のあとがくっきり残っていた。

悔しさと情けなさ、そして愛おしさが一輝の中にこみ上げてくる。

涙のあとを見て一輝は誓った。

俺はプロゲーマーになって世界一になる。

そしてこいつを幸せにするんだ。

「ずっと、一緒にいてくれよ」

一輝がぼそりとつぶやいた。いままで成り行きで付き合っていたが、一度も口にしたことのない告白だった。

ところが直後、結衣の頭が上下に揺れはじめる。一輝のつぶやきに反応はなく、呼吸のたびの胸の動きだけが、肩から静かに伝わってきた。

いつのまにか眠ってしまったのだろうか。

どこまで聞いていたか分からない。

しかしそれでもいいと思った。

これから先、いくらでも言う機会はあるだろう。

一輝は小さく息を吐くとそっとゲームの音量を下げる。

そのまま、結衣の眠りを妨げないように、夜通しゲームをし続けた。

 

ところが五年後、まさかあんなことになるなんて――

 

*****

世界一のプロゲーマーの道へ驀進する一輝。
しかしそこに謎の男たちと数々の苦難が待ち受ける。
はたして一輝は夢を叶えて結衣を幸せにできるのか?
感動の結末は本編にて。

大ヒット『僕ロボ』から三年、
奇跡と感動の最新作
『俺の残機を投下します』
二〇二〇年七月一四日(火)発売!

書誌情報はこちら
http://www.kawade.co.jp/zanki/

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