単行本 - 日本文学

「ダンシング玉入れ」が描く、光と闇の世界

「ダンシング玉入れ」…このタイトルを見て反応してしまった貴方、ヅカオタですね? しかし、そんな貴方もきっと疑問に思ったに違いない。これはいったい何の本なのだ?と。

 

「ダンシング玉入れ」とは、「玉入れ」と「ダンス」を組み合わせた最近の運動会の競技である。これが宝塚歌劇100周年にあたる2014年に大阪城ホールにて行われた「大運動会」でも採用されたことで、いちやくヅカオタの間でも広く知られることとなったのだ。
 タカラヅカでは10年に1度、大運動会が開催され、花・月・雪・星・宙の5組が、組の威信をかけて戦う。競技種目は徒競走から大玉転がし、綱引き、リレーなど定番のものばかりだが、2014年の回から玉入れは「ダンシング玉入れ」となった。
「ダンシング玉入れ」では玉入れの途中、合図があったら玉入れをやめてみんなでダンスを踊る。何せ日頃から舞台上で歌い踊っているタカラジェンヌだけに、ダンスパートも本気だ。各組ともに振付にも工夫が凝らされ、中にはリフトまで披露してしまう組もある。もちろんダンスも加点対象になり、実際にタカラヅカの舞台も担当している振付家が採点を行う。まさにタカラジェンヌにしかできない、タカラヅカのエッセンスが詰まった競技といえるだろう。

 

 だが、この本は「ダンシング玉入れ」というタイトルからはおよそ想像がつかない、「トップスターの命を狙う殺し屋の物語」である。ご本人もタカラヅカファンであり、近年ノワール小説(暗黒小説)でも新境地を開いた中山可穂さんが、「タカラヅカ」と「ノワール」、二つの世界観を掛け合わせて生み出した物語なのだ。
 沙翁商会の殺し屋、コードネーム「コリオレイナス」に下された密命は「宝塚歌劇団月組のトップスター・三日月傑を消すこと」だった。ターゲットに死の苦しみを感じさせることなくあの世に送ってやることをモットーとするコリオレイナスは、さっそく宝塚歌劇についての調査を始める。彼をサポートするのは、沙翁商会の一員にして筋金入りヅカオタのコードネーム「ハーミア」だ。

 

 何ともぶっそうな話である。正直、トップスターを殺害するとはけしからん話だ、とも最初は思った。ところが、読み進めるうちに調子が狂ってくる。案の定、クールな殺し屋もまた、ヅカ沼にずぶずぶとハマっていってしまう。そのさまが何とも愉快なのだ。完璧だと自負している割に、やけに抜けたところの多い殺し屋に次第に愛着も湧いてくる。
 三日月が「トート」と名付けた黒柴を飼っており、散歩を日課としていると知ったコリオレイナスは、彼女に近づくため同種の黒柴を飼い始め、「ルキーニ」と名付ける。このくだりを読んだときは声を出して笑ってしまった。「我らが同志」ハーミアにも親近感が増していく。

 

 三日月傑はもちろん実在のスターではない。作者の中山さんが生み出した架空の存在である。だが、「もしかしてあの人かも? いや、あの人かも?」と、今の5組のトップスターたちを重ねて見ることができそうな心憎い設定になっているのはさすがだ。
 かくして、腕利きの殺し屋コリオレイナスも舞台上の三日月の華やかな姿、さらには芸に打ち込むストイックな姿勢や下級生に慕われる人柄に魅入られていく。ヅカオタとしては「それ見たことか!」な思いである。しかし、そこから先はやはり闇の世界の住人で、一転して三日月を守るやり口も容赦がない。怖さと可笑しさの間を激しく上下するジェットコースターのような展開に振り回され、くらくらしかけた頃にようやく出てくる「ダンシング玉入れ」…ここから先は読んでのお楽しみだ。

 

 率直に言おう。この小説の真髄はヅカオタにしかわからないだろう。むろん、タカラヅカに少しでも興味がある人にもこの小説はおすすめだ。なぜなら、そういう人向けに、ハーミアの懇切丁寧なガイドが随所に織り込まれているからである。
「光が強ければ強いほど、その裏で蠢いている闇は深いものです」、ハーミアのこの言葉が心に残る。光輝くトップスター・三日月傑と闇に生きる殺し屋コリオレイナス、一見真逆な世界に生きる二人である。だが、闇の世界に生きる彼だからこそ、タカラヅカの光の尊さを誰よりも理解できるのかもしれない。

 

 入り待ち・出待ち、客席降りなど、コロナ禍前のタカラヅカの風物詩が描かれているのが懐かしい。これらが復活した「タカラヅカ的日常」が一日も早く戻ってほしいと思う。
 110周年の運動会が無事に開催され、再び「ダンシング玉入れ」を見た時には、この小説のことをきっと思い出すだろう。そして、クスッと笑いながら、しんみりとした気分になる。もしかして泣いてしまうかも。いや、確実に泣いちゃう気がする。

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