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和食のうま味の決め手は「麹」(こうじ)! 国産麹菌オリゼをめぐるサイエンス・ミステリー!

『和食とうま味のミステリー』北本勝ひこ『和食とうま味のミステリー』北本勝ひこ

和食とうま味のミステリー
国産麹菌オリゼがつむぐ千年の物語

北本勝ひこ【著】

 

和食のうま味の決め手は「麹」!
国産麹菌オリゼをめぐるサイエンス・ミステリー!

 

二〇一三年十二月、ユネスコ無形文化遺産に「和食」の登録が決まった。
農林水産省のホームページによると、「南北に長く、四季が明確な日本には多様で豊かな自然があり、そこで生まれた食文化もまた、これに寄り添うように育まれてきました。このような、『自然を尊ぶ』という日本人の気質に基づいた『食』に関する「習わし」を、『和食:日本人の伝統的な食文化』と題して、ユネスコ無形文化遺産に登録されました』のだという。
このような国際的な和食ブームに後押しされて、日本酒の海外輸出は増加し続けているそこで国税庁は二〇一五年六月、世界貿易機関(WTO)の協定に基づき、「日本酒」の表示を純国産のみに限定する方針を決めた。国内生産者を保護し、ブランド力を高めるためだという。

長く麴菌について研究してきた私にとって、これらのニュースは非常に嬉しいことだった。
米を麴によって糖化し、酵母でアルコール発酵させる日本酒は私の専門分野であるが、和食についても麴は切っても切り離せない関係があり、以前からその歴史に興味を持っていた。
日本は世界的に見ても「発酵食」が非常に多い国である。以前、お茶の水女子大学で食品微生物学の講義を担当していた時に、学生に「発酵食品を一切使用しない食材での献立」と「なるべく多種類の発酵食品を使用した献立」を作製するというレポート課題を出したことがある。
発酵食品を使わないで、朝、昼、晩と三食の献立を考えるだけでも大変なことが分かるかと思う。白米はいいとしても、味噌を使っているから味噌汁は駄目。刺身を食べようとすると醤油が使えない。天ぷらも塩をつけるだけ。朝食の定番、納豆も食べられない。サラダのドレッシングには酢が使われているので、レモンやかぼすを搾って代用することになる。もちろん、和食ではないが酵母で発酵させるパンも食べられないし、チーズやヨーグルト、さらにワインやビールなども駄目なので、とても、料理が単調なものになってしまう。醤油、味噌、味醂、米酢などの調味料を始め、発酵食品は私たちの食生活を豊かにしていることを学生たちは実感してくれたことと思う。
特に、日本の味を決める調味料の数々は、ほとんどが麴で作られた発酵食なのだ。麴菌の研究者の私が和食の無形文化遺産登録を喜んだ理由も納得いただけるだろう。

このようなニュースが飛び込む中で、私は「和食」について思いを巡らせることが多くなった。
政府が発表している和食の特色は四つ。
①多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重
②健康的な食生活を支える栄養バランス
③自然の美しさや四季の移ろいの表現
④正月などの年中行事との密接な関わり
このような特色を持つ世界でも類を見ない食文化が、なぜアジアの東の端にある島国で育まれてきたのだろうか。様々な本を読み、一通りの知識を身につけた結果、大まかな流れは理解できたように思えた。
しかし何かが物足りない。精進料理や懐石料理が和食の発展に果たした役割は理解できたが、もう一歩踏み込んだ理由、必然性が見えてこなかったのである。

そんな時ふと思ったのが、私の専門である麴菌だった。
前述のように和食と麴菌の関わりは広くて深い。より良い麴菌を作り出し、ひたすらうま味を追求する歴史が、そのまま和食の歴史に重なっているように思えてきたのである。
本編を少し先取りしてしまうが、日本の麴菌は世界最古のバイオビジネスとも言える種麴屋の存在によって、世界的に見ても特異な発展を遂げてきた。近年、その驚くべき事実が次々と判明している。これら最新の研究結果を中心に、サイエンスとして麴菌を対象としてきた立場から和食を語ったら、私のモヤモヤは払拭されるのではないだろうか。そう考えたのが本書執筆のきっかけだった。

主食である米の消費量は年々減少し、食の西洋化が進んでいる。外食産業や冷凍食品などの普及によって、日本人の食生活は今後もどんどん変わっていくことだろう。
変わりゆくことも歴史の必然とは思うが、食は健康の源であり、文化の基層でもある。
油脂のうま味を求めることで蔓延している成人病は和食が解決してくれるだろう。何よりも二千年にわたり育んできた和食が、これからの日本人にとっても食文化の中心にあり続けることは、カロリー補給としての食事だけでなく、日本の自然と文化を愛し、アイデンティティを確立する原動力となってくれるはずだ。
最後に、私の専門分野外のことは、諸先生の著作物、論文を参考にさせていただいた。この場を借りて厚くお礼申し上げたい。本書が和食の理解を深める一助になれば幸いである。

二〇一六年初春

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著者

北本勝ひこ

1950年神奈川県生まれ。東京大学名誉教授。東京大学農学部を卒業後、国税庁醸造試験所の研究員となる。仙台国税局鑑定官室鑑定官を経て、東京大学農学生命科学研究科教授に。受賞歴多数の麹菌研究第一人者。

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