単行本 - 日本文学

【4日連続公開】町田康『ギケイキ』試し読み 第1回

町田康さんのデビュー20周年となる記念すべき今年、超娯楽大作『ギケイキ 千年の流転』が刊行されます。6年ぶりとなる長篇小説『ギケイキ』は、室町時代に成立したとされる『義経記』をベースとしたオリジナル小説。本日より発売日の5月13日まで、4日連続で試し読みを公開します。
千年の時を超え、怒濤の生涯を語り出す、新たな源義経の誕生を、ぜひ目撃してください。

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町田康『ギケイキ 千年の流転』試し読み 第1回

 かつてハルク・ホーガンという人気レスラーが居たが私など、その名を聞くたびにハルク判官と瞬間的に頭の中で変換してしまう。というと、それはおまえが自分に執着しているからだろう。と言う人があるけど、そんなこたあ、ない。
 私ほど自分に執着しない人間はないと思う。おまえには自分の意志というものがないのか、と言われることも屡々だった。
 つか、執着のしようがなかった。私は生まれてすぐに父に棄てられた。
 私の父は京都でそこそこの地位にあってけっこう偉かったのだが平治元年十二月の二十七日に戦に負けて逃げた。その際、母の違う、上の三人の兄は連れて行ったが、私たち下の三人は置いていった。そのとき私は生まれたばかりだった。
 父は逃げる途中で斬り殺された。上の三人の兄もみつかって、二人は殺され、一人は助けられた。殺された兄の名は義平、朝長で、助かったのが頼朝である。父には他にも子供があったようだ。父の名は、そう、義朝。
 あ、言うのを忘れていた。私はその頃、牛若、と呼ばれていた。ふたりの兄は今若、乙若。今若は七歳で、乙若は五歳だった。むごかった。
 母は常盤という名前でそのとき二十三歳だった。

 実際の政治はそう単純ではないのだけれども敢えて単純化して言えば私の父を負かしたのは平清盛という人で、大河ドラマやなんかでみたことがある人も多いと思う。
 当時はいまのような裁判制度もなく、捕まったら殺されるのは確実だったので、母は私たちを連れてとりあえず実家に逃げた。はは、私は生まれた瞬間から逃げていた。なーんてね。いまは思う。
 母の実家は奈良県宇陀郡のあたり。暫くそこで隠れてたら、京都から連絡が入った。京都に置いてきた母の母が捕まった、つんだ。
 母は焦った。そらそうだ。ほっといたら殺されるわけだからね。そこで仕方なく出頭したわけだけれども、私は母には母の計算があったんじゃないかな、といまは思う。
 どういうことかというと、母は極度に美しかった。
 母は、藤原呈子さん通称九条院さん、という高貴な人の家に雇われて働いていたのだけれども、この九条院さんという人が、まあ、昔も今も金持ちなんていうのはそういう傾向にあるが華美を好んで、バイトやなんかを雇うのでも超美人しか雇わない。そのためにオーディションをするわけね。一次選考、二次選考、三次選考、四次選考までやる。徹底している。だからもう、周囲にかしずくのは目も眩むような美女ばかりで、田舎からきた武者なんかは、垣間見て腰抜かし、涎を垂らして、アウアウ言っていたそうだ。衝撃のあまり小便を垂れ流す者もフツーにいたらしい。
 母はそんななかで飛び抜けて美しいと言われた人だったから尋常な美人ではなく、その頃、全国一の美人であったのは間違いないが、前後千年。歴史上の美人と言って間違いない。
 なので清盛さんに直接に会うことができれば、清盛さんは忽ちにして迷い、母は勿論のこと、子ら、すなわち、私たちも殺さない、と母は計算したのではないか、そのうえで出頭したのではないか、と思うのだ。
 で実際、その通りになった。母に会うまで平相国は私たちを殺すつもりだったらしい。それも結構、むごたらしく。
 ところが母の顔を見た途端、案に違わず、「ワシの女になったら子供は助けたる」と言い、周囲の人は、成人後、復讐するかも知らんよ、と意見したが聞かず、「この女とやれんねやったら先のことなんかはどうでもいいですよ。ううっ。やりてぇ」と言った。
 母の計算通りにことが進んだわけだ。まあ、母も辛かっただろうが、私たちを助けるにはそれしか方法はなかったのだろう。そしてまあ、末はああいうことになったのだから、まあ、母としてはその部分に関してはよかったのではないか。と、思う。
 で、清盛さんは千本七条に家を借りて母を住まわせ、そこに通った。まあ、エロ親爺なのだが、同じことをして、セクシー、と言われ賞賛される人と、エロ親爺と言われ罵倒される人があるというのはおもしろいことだ。私は三十一歳で死んだのでエロ親爺と言われることはなかったが五十まで生きていたらきっと言われただろう。
 そんなことで私たちはとりあえず助かった。一番上の今若は、観音寺という寺に入り、後は沼津の方の寺に行った。二番目の乙若も僧になったが、あの頃の僧はけっこう極悪でヤンキーみたいな人も多く、兄もそのくちだった。兄は市中で神仏の名を唱えて暴れまくり、後に、新宮十郎行家という叔父とつるんで軍事行動をとって負け、岐阜県で殺された。
 で、私はどうだったか。いや、もういろいろだった。というしかない。七歳まで私はいろんなところにいかされた。山科とかね。覚えていることもあるし、覚えてないこともある。言えることもあったし、言えないようなこともあった。
(続く)
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『ギケイキ』の特設サイトができました。登場人物紹介などもありますのでぜひご覧ください。

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【サイン会情報】
ギケイキ』の刊行を記念いたしまして、町田康さんのサイン会を開催いたします。ぜひお越しください。

2016年5月20日(金) 19:00~
紀伊國屋書店新宿本店 8階 イベントスペース

※整理券の配布は終了致しました。
[参加方法]
整理券の配布:
2016年5月12日(木)午前10:00より2階レジカウンターにて『ギケイキ』(税込1,728円)をお買上げの方、先着100名様に参加整理券をお配りいたします。

○電話予約:お電話でのご予約は整理券に残部がある場合に限り5月13日(金)10:00より下記電話番号にて承ります。お電話で予約されたお客様はイベント当日までに2階レジカウンターで書籍と整理券をお求めください。
○ご予約・問合せ先:紀伊國屋書店 新宿本店 2階文学・文庫売場 tel:03-3354-5702

詳しくはこちらをご覧ください。

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