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この社会を覆う空気の正体は何なのか?『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』

『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』武田砂鉄著

『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』

武田砂鉄著

【評者】中島岳志

「全米が泣いた」「停滞を打破するためのメソッド」「若さで改革!」「待望の文庫化」「本当の主役は、あなたです」─。巷には陳腐で紋切型の言葉が溢れている。しかも、それがそれなりの価値を帯びて流通している。みんな感動している。この気持ち悪さは一体何なのか? この社会を覆う空気の正体は何なのか?

紋切型の言葉は感情をテンプレ化し、複雑さを疎外する。例えば、24時間テレビ。障害を持つ人が登山に挑み、未登頂に終わった。すると涙もろい総合司会者は「○○さんの頑張りは日本中に伝わりました。皆さん、大きな拍手を送りましょう」と呼びかけた。著者は言う。「その時の、当事者の顔を忘れない。自分たちは失敗しても悔しがることすら許されないのか、と戸惑う顔が、山道にほっぽらかしにされていた。」

近年、「1/2成人式」が学校行事として広がっている。成人式の半分の一〇歳の時に親子で参加する式典で、子は親に感謝し、親は子に感謝する。ベネッセのアンケートでは、九割近くの親が「満足」と答えている。感動的な紋切型の言葉が羅列される。著者は、ここに決定的な想像力の欠如を読み取る。「一〇歳の時点で、親が替わっている子もいれば、親との死別を乗り越えようと踏んばる子も、『両』親には感謝できない子もいる。本当は親が大嫌いなのに、無理やりに良さげな手紙を書いている子どももいるだろう」。ここでは「満足していない一割の存在」が決定的に排除されている。紋切型の言葉は、感動を共有できない人間を足蹴にする。ブライダル雑誌『ゼクシィ』のサイトには、「花嫁の手紙」のサンプル文が掲載されている。そこには「育ててくれてありがとう」という文章が溢れる。固有の人生までもがテンプレ化され、皆がその言葉に涙を流す。

問題は、紋切型の言葉が紋切型の社会を構成していくことだ。「父がいて、母がいて、子どもがいる」。そんなコピペ的家族イメージは、男女の役割を一元化しようとする安倍内閣の政策と交錯する。封建的な家族像をゼクシィ的感動によってコーティングし、「3年間抱っこし放題」というコピーを付与することで、女性に子育てを押し付ける。

これが曾野綾子的な「説教臭新書ブーム」に拍車をかける。パターナルなテンプレ言葉で叱られることに、人々が溜飲を下げる。マッチョで陳腐な放言が、痛快な言葉として消費される。

こんな社会にどう抗していけばいいのか。著者は冗談と皮肉を交えながら提案する。「『タモリ倶楽部』を日曜の夜に移せば、離職率や休職率は上がりそうだが、自殺率は低まるのではないか。堺雅人が大声を張り上げるよりも安齋肇が遅刻してくるほうが、翌朝の精神状態が落ち着きそうなものだがどうだろう。」

紋切型社会を飼いならしながら生きることは、案外難しい。テンプレ言葉から完全に離脱することも難しい。しかし、そこにメスを入れていかなければ、大きな波に飲み込まれてしまう。囲い込まれた言葉の氾濫が、人々の感情をどんどん均質化して行く。

本書を読んで、安倍内閣が支持される社会の「気分」がよく理解できた。秀逸な現代批評だ。

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著者

武田砂鉄

1982年生まれ。ライター。東京都出身。大学卒業後、出版社で主に時事問題・ノンフィクション本の編集に携わり、2014年秋よりフリーとなる。多くの雑誌、ウェブ媒体に寄稿。インタビュー・書籍構成も手掛ける。『紋切型社会―言葉で固まる現代を解きほぐす』が初の著作となる。

【評者】中島岳志

1975年、大阪府生まれ。現在、北海道大学公共政策大学院准教授。専攻はアジア政治。著書に『ヒンドゥー・ナショナリズム』『中村屋のボース』『パール判事』『朝日平吾の鬱屈』『秋葉原事件』など。

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