単行本 - 日本文学
木下古栗『グローバライズ』試し読み
木下古栗
2016.11.10
絲山秋子さん、柴崎友香さん、津村記久子さん、豊崎由美さん、松田青子さん、佐々木敦さん、町田康さんなど、プロの書き手たちも熱狂する、孤高の作家、木下古栗さん。
最新作となる短篇集『グローバライズ』から「道」を公開します。
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「道」
「すみません、ちょっと駅から歩くんですけど、車を使うほどではないので」と安永元気は半歩前に出て先導しながら、僧衣を纏った伊ノ木寛仁に声をかけた。「こういうお仕事ってよくあるんですか?」
「そうですね、広い範疇で言えば時々ございます。私は一昨年から大学講師もしておりますので、少しは話ができると思われるのか、講演などのご依頼を頂くことも増えて参りまして。ただこの度のようにアダルトコンテンツを制作されている会社の新年会で読経と法話をさせていただくというのはやはり、初体験ですね」
坊主頭に凜々しい顔立ちの伊ノ木は爽やかに答え、すれ違いざまあどけない目を向けられて、母親に手を引かれた少女ににこりと微笑みかけた。
二人は駅沿いの歩道を連れ立って歩き、行き交う通行人はこぞって、すっとした僧侶の出で立ちに物珍しげに一瞥をくれるのだった。
「いや、もちろん僕らも仕事ですから至極真面目にやってるんですけど、作ってるものが作ってるものですから、除夜の鐘だけじゃ去年一年に背負った膨大な煩悩を払えないだろうってイベント好きの社長が言い出して」と安永は笑った。「だからゆく年くる年みたいにお坊さんにお経を上げてもらってみんなで瞑想して、なおかつ今年もまた娑婆の煩悩を背負ったこの生業に精進していくにあたって、まあ何というか、新たに張りきった気持ちになれるお話もしていただけたらってことになって」
「ええ、事前にもお伝えしましたように、本日はその煩悩をキーワードに、少しお話をさせていただくつもりでおります」と伊ノ木は和やかに微笑んだ。
「それと実は、うちの社長は去年に立て続けに嫌な出来事があって、車上荒らしに遭ったり飼ってた猫が失踪しちゃったり……だから災いを払って福を招くっていう、そういう意味合いもちょっと込めていただけたらって……直前になってこんなこと言うのはあれかもしれませんけど」
「いえ、お経には様々な功徳がありますから、それではそういうお願いもご祈禱させていただきます。社長さんだけではなく、皆様の厄除けや事業繁栄もお祈りして」
「ありがとうございます」と安永は軽く頭を下げた。「でも、そういう厄除け、お祓いって神社の人の専売特許だと思ってたんですけど、お坊さんもされるんですか?」
「ええ、もともと神仏習合と言って日本では、神と仏は折衷したかたちで混在していたんです。ですから神社でも般若心経などを読まれる方もおられますし、僧侶もお祓いをしたり……」
「へえ……ああ、そう言えば神さま仏さまって続けて言いますもんね」と安永は小刻みに頷くと、短く刈り揃えられた顎鬚を撫で、それから僧侶の雪駄履きの足下へ目をやった。「もっとゆっくり歩いた方がいいですかね?」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
凜とした冬の空気の中を颯爽と歩く二人の行く手に、ふさふさの毛襟のあしらわれた鮮やかな朱色のコートを着た女が佇んで、両手をポケットに突っ込み、少し腰を屈めながら、歩道端に立つ地図板にじっと見入っていた。
長い黒髪を垂らした女はふと顔を上げると二人の方を見やり、そのまま肩の鞄を掛け直しながら、一歩二歩と近寄ってきた。安永と伊ノ木は目を向けて立ち止まった。
「すみません、伊勢丹はどこですか?」と女は英語で訊ねた。髪のかかった片方の耳に白金に輝く小さなイヤリングが揺れていた。
「伊勢丹」と安永は鸚鵡返しに言って、遠くの方へ視線を泳がせながら、顎に手をやって鬚を撫でた。「ええと……伊勢丹って、どっちだったっけな……」
女は返答に窮する安永を見切って、目をぱっちり開けて伊ノ木を見つめた。甘やかな芳香がほんのり漂ってきた。
「伊勢丹とか行かないからな……」と安永は呟いて隣を見た。「伊ノ木さん分かります?」
伊ノ木は凜々しい眼差しで女と見つめ合っていた。
「何か中国の小金持ちっぽいですよね、来日しての買物が人気だから」と安永は囁くように言い足した。
「ニーハオ」と伊ノ木は微笑んで言った。
「你好」と女は微笑んで返した。
「伊ノ木さん、中国語できるんですか?」
「出来訳無、以心伝心」と伊ノ木は横目遣いに答えて微笑むと、女に目配せをして、傍らの地図板に近づいた。女もそちらへ向き直り、伊ノ木と肩を並べた。二人揃って覗き込むように前屈みになると、ボタンを留めていない女のコートの前合わせから、杏色のセーターに覆われた豊かな胸の膨らみが覗いた。
「YOU ARE HERE」と書かれた現在地点を伊ノ木はすっと指し示すと、その指先を微妙に蠢かせながら、女の頰に少しばかり口を寄せた。
「貴方今此処居、隣坊主居。貴方良香、結構美貌、出所出女体、官能刺激。坊主僧衣下、徐々陰茎充血開始。坊主常時淫猥、何時如何時臨戦態勢、率直申、暇有毎晩様姦淫、繰返女犯、時折複数相手、最高一晩十五発。否、今想起、其不飽足、更加手淫三発。故最高計十八発。自他共認絶倫、性豪、色情狂、完全依存症、全身性感帯、掛値無、淫行芥川賞。愛撫博士号取得、自称羽目羽目破大王。其之性技作用、甚大絶頂感、殆死近程、喩得強烈薬物、至上蜜味、天国桃源郷、黄金光包楽園。率直申、我夢中於、観音様強制口淫後強姦、仏陀縄縛強姦肛門裂傷致死、菩提樹下自慰幾千回、罪悪感皆無。我思其良、人生刺激的、素晴哉、享楽虜也。勿論若輩頃、実際悪事多数、例、賽銭泥棒、振込詐欺、結婚詐欺、偽名駆使四股金貢、友人妻略奪堕胎強要後捨連絡断出家、知人恐喝、殺害予告、暗殺未遂、急襲射殺山奥極秘裏埋葬、幸運未不露見、罪悪感皆無、不安後悔皆無、人間階段一歩昇段感有。多分我坊主失格、座禅中肛門内振動異物、葬儀中喪服若女盗見隠密自慰、他宗派寺放火、全焼四人死亡、謹冥福祈、手拍子三本締。
話変、或日、我子猫拾、思尋常無可愛、飼育決定。即連帰、餌遣、撫撫、抱擁、純真瞳見詰。見詰内、自身心汚気付恥入、心入替決心、禁欲修行励決心。朝昼晩座禅瞑想、誠心誠意読経写経。然、文字不読、意味不理解、頭脳疲労、眼精疲労、足痺、肩凝。気分転換外出、二十四時間営業便利店入店、低俗週刊誌捲、十八禁雑誌立読。文字不読、意味不理解、其之一方、裸体写真目釘付、気付小一時間経過。店員監視下、更立読続行、両目爛々、体液先走、興奮高進余突然、我不随意射精、指一本不触。衝撃的脆弱昇天、修行不足痛感、我返、全速力走行寺帰還。何足事乎、子猫不在、寺隅々敷地津々浦々捜索、失踪行方不知、涙乍断念決定。其之時我悟、凡関係、不永続、万事儚一時、心底決心、徹頭徹尾刹那的生活様式導入、精一杯快楽追求。同時、我願万人快楽追求可能社会、相互思遣、相互賦活、躍動的法悦満溢世界平和。追求方法、自由性愛。標語採択、以和為貴。我欲世界中女相手和姦。国籍不問、禁忌無用、互恵開発、一期一会、金銭授受御法度。付加、我輸精管切断済也。
僧、烈浮灰汁。
出発地点回帰、貴方今此処居、隣坊主居。坊主僧衣下、今陰茎十全勃起、貴方外衣下、多分下着装着、其之下着下、多分密林有、其之密林下、縦一線割目有、其之割目奥、道有。我思、此道行如何成物乎……。
伊勢丹?
OK、此之地図見立貴方秘所、我指先、周縁触触、撫摩擦、徐々接近本丸。羽毛様接触、秘所本丸、撫辿撫辿。我中指立、咥舐唾液濡、緩慢押入。我指先案内人、貴方密道、温暖湿潤、蜜湧出。我中指桃色粘膜洞窟探索、腫物触様出入。写経筆先運動模倣、繊細摩擦。
貴方吐息漏、阿、吽……。
我囁、力抜、心解、感儘……。
我今、突破程勃起、爆発寸前充血、多量先走。我逸物先端繰返擦付貴方密道入口、反返限界硬直、此以上我慢不能。貴方顔紅潮、蜜氾濫兆。我差込押開、徐々深々侵入。貴方道温迎入、吸込、包込。
貴方眉根寄吐息漏、嗚呼、嗚呼……。
我唱、南無、南無、南無……。
我逸物、徐引、徐突、徐引、徐突。蜜纏付、熱融合感、一体調和、潤滑摩擦。潤滑甘美、摩擦快楽。陶然感覚波及。我深々突入、根元締付、超膨張充実。我襞山摩擦、π鷲摑、道奥深突突。
貴方口開喘乍賞賛我陰茎規模及突進勢、大、躍進……。
我腰振乍応答、謝謝、謝謝……。
貴方顔火照白胸紅潮、餡餡激喘、蜜多溢出。律動伴濡音繰返立、淫響耳聞。我興奮高進、早快出間近。我不意一瞬想像、今現在、世界何処、飢死野良子猫有。
貴方顔歪叫、伊伊、伊伊……。
我更腰強振乍息荒喘、勢、勢……。
貴方絶叫、伊伊、伊伊……。
我息荒喘、勢、勢……。
激律動相互肌衝突音発、丹、丹、丹、丹……。
三音忙響合、伊伊、丹、勢、丹、勢、丹、伊伊、丹、勢、丹、勢、丹……。
我演奏者兼楽器、一心不乱道突突、潤滑摩擦。
貴方楽器兼来聴者、充満甘美快楽悶乍、不意耳澄淫音響。
我等一体合奏加速、伊伊、勢、丹丹、伊伊、勢、丹丹……。
我光速勢腰振道突突、予感波動砲。貴方白眼剝絶頂間近、予感行彼方。
三重奏融合絶妙唱、伊、勢、丹……伊、勢、丹……伊、勢、丹……。
伊勢丹。
我死了。
貴方到達」
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『グローバライズ』*目次*
天然温泉 やすらぎの里
理系の女
フランス人
反戦の日
苦情
夜明け
専門性
若い力
道
観光
絆
globarise