単行本 - 日本文学

「笑いに潜む暴力性」「有害な男らしさ」「感情の言語化」をキーに読み解く芸人青春小説『おもろい以外いらんねん』

「笑いに潜む暴力性」に真摯に対峙する――大前粟生著『おもろい以外いらんねん』

太田啓子

 本作の主要な登場人物は滝場、ユウキと語り手の俺こと咲太。同級生だった3人の高校時代から始まる。それから10年経ち、お笑い養成所を卒業した滝場とユウキが結成したお笑いコンビ「馬場リッチバルコニー」が解散するまでを描いた物語である。

 本作を読み解くキーワードは、①笑いに潜む暴力性②有害な男らしさ③感情の言語化 ではないかと思う。

 笑われ(て傷つく)のは嫌だ、そうならないために笑わせる側でいたい。他人を笑わせたがるひとの気持ちの根底には、時に、そのような怯えや不安がある。滝場はお笑いでそれなりに売れるものの、まさにそういう人物である。自分のカラッポさを見抜かれないように笑いという鎧で防護する姿は、痛々しく切ないこともあるが、その鎧が尖りすぎ毒をもって他者に刺さることもある。そんな「笑いに潜む暴力性」に真摯に対峙する作品だ。

 咲太は滝場の弱さに高校時代から気づいており、滝場もそれをわかった上で咲太と親しくしていたのだが、ユウキの登場を機に二人は疎遠になる。滝場は、自分のカラッポさを理解している「最高の友達」である咲太の存在が身近にあることで、自分のカラッポさをつきつけられる思いに耐えられず、ユウキとお笑いへの道を選ぶ。咲太は滝場と「馬場リッチバルコニー」を気にかけつつも直接コンタクトはしないという距離感のまま長く時が流れた。ある日滝場はテレビでのトークの中で、女性芸人に対し「笑えるやりとり」というノリで明白なセクハラ発言をしてしまう。この女性芸人はその前にも、女性を嘲笑するノリのやりとりの中で「男やん。はぐらかしてばっかりでちゃんと話せえへんのは男の方やん」と正面から突っ込み、それに対して滝場が「はっきりマイクが拾うくらい大きな舌打ち」をする、という経緯もあった。なんとも「有害な男らしさ」(toxic masculinity)を感じさせる言動と思う。

 これを見ていた咲太は、ジョギング中、なんとなしに3人が初めて出会った公園に向かう。するとそこにユウキも居合わせ、後から偶然滝場もやってきたという最終場面で、滝場は自分のカラッポさに向き合う怖さをようやく言葉にすることができる。

 長くネタを書いてこなかったという滝場が、書けなかった理由について絞りだす言葉には胸を衝かれ、「おもろく」なくても、カラッポでもいいんだよと肩を叩きたくなる。あえて言葉を紡がないことで、言葉によって開かれる感情の回路を閉じてきたのだろう。そういう男性は結構いるのではないか。「有害な男らしさ」の大切な解毒剤は感情の言語化とその受容にあるという示唆を感じる。この雨が降るなかでのやりとりの場面は、傘ではじかれる水しぶきのように鮮やかで瑞々しい。

 著者は柴崎友香氏との対談で「混乱している男性の情緒をこれからも書いていけたら」と語っていた。今後も是非自問自答するような繊細な作品を期待したい。

 

初出=「文藝」2021年春季号

関連本

単行本 - 日本文学

イベント

イベント一覧

お知らせ

お知らせ一覧

河出書房新社の最新刊

[ 単行本 ]

[ 文庫 ]