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本好き、書店好き共感必至! イタリアの180人の村で開いた書店の記録『丘の上の小さな本屋さん』訳者あとがき公開!

本好き、書店好き共感必至! イタリアの180人の村で開いた書店の記録『丘の上の小さな本屋さん』訳者あとがき公開!

『丘の上の小さな本屋さん』

アルバ・ドナーティ

栗原俊秀訳

 

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「ねえ、ロマーノ、私の地元で書店をやろうと思うんだけど」
「いいじゃないか、人口は?」
「百八十」
「十八万か。で、そのうちの何割が……」
「十八万じゃない、百八十よ」
「おい、正気か?」
(本文冒頭より)

 

 

人口わずか180人の村でひとりの女性が開いた書店。
クラウドファンディング、開店直後の火災、コロナ禍の運営、年老いた両親や親戚付き合い、本屋があることを喜ぶ村の子どもたち、遠方から訪れるお客さんとの交流――。
本書は、書物への愛と信頼に満ちた、思索をめぐらせた151日間の記録を綴った、本を愛するすべての人に贈る珠玉の1冊です。
 

本書発売を記念して、栗原俊秀さんによる訳者あとがきを公開します。
いま、書店を営むとは、本を読むとは。
一日一日の記録を追っていくだけで、不思議と勇気がわいてくる、本好き・書店好き共感必至の一冊、ぜひお手にとってみてください。

 

***

訳者あとがき  栗原俊秀
 

 花の都フィレンツェから北西に60キロメートル、自動車でおよそ1時間半の距離に、人口200人足らずの集落ルチニャーナがある。2019年12月7日、この小さな集落に、売り場面積12平方メートルの、これまた小さな「ソプラ・ラ・ペンナ書店」がオープンした。
 この書店を立ちあげ、いまもオーナーを務めているのが、本書『丘の上の小さな本屋さん』の著者アルバ・ドナーティ。フィレンツェで長きにわたって、出版社の広報、作家のプロモーション、文学関連のイベント企画などの仕事に携わってきた女性で、詩人としても高い評価を受けている。書店の所在地であるルチニャーナは、彼女の生まれ故郷に当たる。
 本書は、この「ソプラ・ラ・ペンナ書店」にまつわるあれこれを、店主のドナーティが日記形式でつづった一冊だ。書店のオープンから1年と少しが経過した時期、2021年1月から6月までの記録が収められている。これは、イタリアで新型コロナウィルスが猛威を振るっていたタイミングにぴたりと重なる。冬の感染拡大の余波が残り、春にはふたたび厳しい移動制限が実施された。一方で、6月時点では状況はかなり改善しており、本書の記述も終わりに近づくにつれて、ページのはしばしから、苦難の時期を乗り越えた喜びが感じられるようになる。
 
『丘の上の小さな本屋さん』は、刊行直後からイタリアで大きな話題を呼んだ。もともとこの書店には強い物語性が備わっており、イタリアの本好き、読書好きのあいだでは有名な存在だった。詩人がクラウド・ファンディングに挑戦して開業にこぎつけたこと、人口180人の集落に書店ができたこと、開業から2か月で火事に見舞われながらも、2度目のクラウド・ファンディングを経てたちまち営業を再開したことなどは、その都度、新聞やテレビをはじめとするメディアを通じて好意的に報じられていた。書店の背後にあるこうしたストーリーは国外の出版社の関心も強く引きつけ、本書はすでに25か国で翻訳、紹介されている。
 ルチニャーナは著名な観光資源に恵まれているわけではないし、公共交通機関でアクセスしやすい土地にあるわけでもない。にもかかわらず、イタリア全土、さらには国外からも、「ソプラ・ラ・ペンナ書店」を目指して人びとがやってくる。人口180人の山あいの集落という、本来なら書店の経営など成り立つはずのない商圏で、開業から7年近くにわたっていまも営業を続けることができているのは、これら「巡礼者」とでも呼ぶべき人びとのおかげである。書店を訪ねる動機は人によってさまざまだろうが、著者の言う「魔法」の力によるところが大きいのは間違いない。本の魔法、文学の魔法にかかりたくて、人びとは数十キロ、ときには数百キロの距離を超えてやってくる。
 この書店がどんな書籍やグッズを扱っているのかということは、本書を読んでもらえばよくわかる。力を入れているジャンルは小説、詩、伝記、旅行記、児童書など(自分の店では女性が書いた本がよく売れると、著者は再三強調している)。あとは「文学ソックス」や「文学ジャム」、「リブロ・ムート(古典の外観を模したノート)」といった商品もある。各日の記述の末尾には、「今日の注文」という欄が設けられている。ここを眺めるだけで、この書店がどういう読者に支えられているかわかるようで、なんとも楽しい気分になる。
 
 本書のなかでは、じつにさまざまな人名、書名が言及されているが、それらはかならずしも、日本の読者にとってなじみ深いものばかりではない。たとえば、著者と深い精神的なつながりがあったことをうかがわせる、文芸評論家チェーザレ・ガルボリを知っている読者は、日本ではごくひと握りだろう。だが、イタリア文学の愛好家であればひょっとすると、この名前に聞き覚えがあるかもしれない。あの須賀敦子が、ガルボリについて書いた文章を残しているからだ。「チェザレの家」というタイトルで、須賀の没後すぐに刊行されたエッセイ集『時のかけらたち』(青土社)に収録されている(現在は河出文庫『須賀敦子全集 第3巻』所収)。本書『丘の上の小さな本屋さん』の6月3日の記述には、ドナーティがかつてのガルボリ邸「ヴィッラ・ラ・ビアンカ」を訪問したことが書かれているが、須賀もまた、亡くなる数年前に、まさしくこの「ヴィッラ・ラ・ビアンカ」に宿泊し、ガルボリ本人からもてなしを受けている。ガルボリはナタリア・ギンズブルグの古くからの友人であり、かつ、彼女の文学の良き理解者でもあった。須賀は、ギンズブルグの著作集に寄せられたガルボリの序文を評して、「ナタリアの文学の本質を、なによりも彼女にふさわしい文体でするどくいいあてた」文章だと書いている。
 そのガルボリが書いたエッセイが、『追悼特集 須賀敦子 霧のむこうに』(河出書房新社)というムック本(「文藝別冊」)に掲載されている。日本語で読めるガルボリとしては、おそらくこれが唯一の事例だろう。ガルボリはこのなかで、須賀がイタリア語に翻訳した谷崎潤一郎『武州公秘話』の文体のなかに、「ナタリア・ギンズブルグの音色」を聞き取ったことを明かしている。ギンズブルグを介してつながったふたりが、たがいの文章のなかにギンズブルグの息づかいを感じているというのが面白い。
(余談になるが、ガルボリが「ひいきにしていた教え子」であるエマヌエレ・トレヴィの代表作で、「ソプラ・ラ・ペンナ書店」の売れ筋でもあるらしい『ふたつの生』は、ドナーティが期待していたとおり、2021年のストレーガ賞を射とめている)
 
 書店の雰囲気を伝えるために、日本語版には、イタリア語原書にはない「口絵ページ」が設けられている(おそらく、諸外国語版にもない、日本語版だけの特典である)。そこには、本書の2月26日の記述から、「その本を読むとまた別の本が読みたくなる、そういう本に私は惹かれる」という一節が引かれている。多くの読者にとっては、『丘の上の小さな本屋さん』もまた、「そういう本」に相当するのではないか。
 正直なところを明かせば、本書で言及されている書籍の大半は、私にとって未読の作品であり、もっと言えば、タイトル自体はじめて知ったものも少なくなかった。そんななか、「今日の注文」の欄に二度登場する『アリス・B・トクラスの料理読本』は、未読ではあるものの、どこかでタイトルを見かけたような記憶があり、とはいえ、それ以上のことは思い出せずにいた。
 本書を翻訳している最中に第3巻が刊行された『本なら売るほど』(児島青、KADOKAWA)という漫画を読んで、記憶の出どころがわかった。須賀敦子の『塩一トンの読書』(河出文庫)のなかに、『アリス・B・トクラスの料理読本』について書いた文章が収録されていたのだ(ただし、須賀が読んでいたのは日本語版ではなく英語原書)。このような経緯で、数年ぶりに、『塩一トンの読書』を再読してみた。すると、ドナーティがたびたび言及しているポーランドの詩人シンボルスカに、須賀もまた心を寄せていたことがわかった。本に導かれて本を読むのは楽しい。これまで読んできた本と本がつながって、自分だけの地図が形づくられていくのを実感するのは、読書がもたらしてくれる喜びのなかでも格別のものであるに違いない。本書のイタリア語原書の発行元であるエイナウディ社のウェブサイトを閲覧すると、本書の紹介文の末尾にはこう記されている。
 
 本でいっぱいの部屋、手の届くところにある無限。
 
 ここで「無限」と訳した“infinito”という語は、文脈によっては「宇宙」という意味にもなる。本棚に並ぶ本がひとつひとつの星だとするなら、私たちがそれを眺めることで、本と本のあいだに線が引かれ、自分にしか見えない星座が浮かびあがる。それこそが本の魔法であり、ソプラ・ラ・ペンナ書店の魔法だと言えるかもしれない。
 
 本書を手にとってくださった皆さまにもぜひ、読書を通じて、本と本のつながりを広げてほしい。そのような思いから、本文中で言及されている書籍のうち日本語訳が刊行されているもののリストを、巻末に掲載しています。
 本書のカバーには、漫画家でイラストレーターのオカヤイヅミさんによる装画を使用しています。著者ドナーティから提供された写真をもとにしたイラストです。妖精が住まうような書店の空気が伝わってくる、軽やかで目に心地よい仕上がりになったと思います。
 最後になりますが、「日本の読者へのメッセージ」を寄せてほしいという訳者と編集部の願いを快諾してくださった著者ドナーティに、心からの感謝を捧げます。書店の近況を書いてもらえたらと思っていたのですが、訳者の期待をひょいと飛び越えていく、日本語版にふさわしいメッセージをいただくことができました。口絵ページと合わせて、日本の読者だけが楽しめる特典をつけられたことを嬉しく思います。
 
 本書を読んで、日本からルチニャーナへ「巡礼」の旅に出るような人がもしいたら、それは訳者にとって望外の喜びです。日本へ戻られた際はぜひ、編集部にご一報ください。著者がこよなく愛するプラート・フィオリートの眺めや、青のアディロンダックの座り心地について、報告を聞けたらと思います。

 

***

本編は『丘の上の小さな本屋さん』でお楽しみください。

 

『丘の上の小さな本屋さん』

アルバ・ドナーティ

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