ためし読み - 海外文学
【全巻予約で豪華特典進呈】戦後作家たちに焦点を当て、韓国文学の魅力の根源に迫る「斎藤真理子=個人編訳 韓国文学クラシックス 全5巻」刊行開始! 1〜3巻ためし読み公開!
2026.10.06
「ハン・ガンは一夜にして生まれたわけではなく、この土壌から花開いたのです」
——斎藤真理子
ハン・ガンのノーベル文学賞受賞、フェミニズム文学の熱気——その源であり、巨匠として第一級の文学作品を生み出した韓国の「戦後作家」に焦点をあてた企画「斎藤真理子=個人編訳 韓国文学クラシックス 全5巻」が、2026年10月15日(木)に刊行開始となります。
★全巻予約で豪華特典がもらえる!★
全巻(定価17,930円)予約購入者には、編訳者による書き下ろしエッセイ集『斎藤真理子=個人編訳 韓国文学クラシックス 別巻』(非売品)を特典として進呈!
申込締切:2026年12月31日
全国書店、一部ネット書店にて絶賛受付中!
詳細は下記特設ページをご覧ください。
「斎藤真理子=個人編訳 韓国文学クラシックス」特設ページ
https://www.kawade.co.jp/kankokubungaku/
◾️創刊のことば 斎藤真理子

初めて原語で読んだ韓国文学は、朴婉緒の短編「盗まれた貧しさ」でした。まるで歯が立たなかったにもかかわらず、その吸引力は凄まじく、ここに何かとてつもないものがあると予感したものです。
そして四十年以上経った今、その存在感はいよいよ鮮明です。湧き上がる生命力、凄絶な悲しみと怒り、不条理に向き合う強靭な倫理、そして人の情。これは朴婉緒一人のものではありません。「韓国文学クラシックス」はそのような、韓国文学の土壌をとことん鍛えた巨匠作家たちの短編アンソロジーです。
植民地時代に生まれ、分断と朝鮮戦争を経験し、軍事独裁政権下で検閲と戦いながら書きつづけ、民主化を見届けた先達らの結実を凝縮させました。
ハン・ガンは一夜にして生まれたわけではなく、この土壌から生まれて花開いたのです。今、世界に読者を持つに至った韓国文学の根に触れ、生きることのすべてが詰まった韓国文学のエッセンスを浴びてください。
日本からの解放、南北分断、朝鮮戦争、軍事独裁政権、急激な経済成長、etc. 激動の時代を生き、現代韓国文学の土壌を築いた本シリーズの作家たち。それぞれが「巨匠」として韓国で長く愛されてきました。
このたびは、第1巻のパク・ワンソ『親切な福姫さん』、第2巻のイ・チョンジュン『虫の話』、第3巻のイ・ホチョル『副市長は赴任地へ行かない』より、本文の抜粋を紹介します。
ぜひお読みください。
***

第1巻『親切な福姫さん』より
「空港で出会った人」抜粋
パク・ワンソ
斎藤真理子訳
ゴムひもおばさんに気づかなかったのは、彼女がやせたためではなく、めっきり元気をなくしているからだとそのとき私は気づいた。ゴムひもおばさんが元気がないというのは、唐辛子が辛くないのと同じだ。
私はあの、べらぼうに傲慢だったころの彼女が好きだったので、世の中も良くなったことだし、これから人生を楽しんでも遅くない、どうぞ元気を出して再婚でもしてくださいと励ました。
「元気を出したから、やっとここまで回復したんだ。あの人が死んだのがわかって、最初のうちは自分も絶対後を追って死のうと思ってたの。あたしがやると決めたら絶対やる性分なの、知ってるだろ? ご飯どころか重湯一匙さじものどを通らなくて、がりがりにやせ細って一週間寝てたら案の定頭が朦朧としてきてさ、あの世とこの世を行ったり来たりするようになって、あの世に行ってる時間の方がだんだん長くなってきて、ああ、死ぬ日が近いんだなと思ってさ。それが一つも怖くないんだものね、どこも、なんにも痛くないし、あんなに穏やかな気持ちってなかったわ。あのときそのまま寝かせてくれていたらきれいに死ねたのに、実家の母さんがどっかから聞きつけてうちに来て、泣いてとりすがるのさ。それでも生きたいという気持ちがこれっぽっちも湧いてこないんだから、人は死ぬ前には木石になるんだねえ。ところがそのとき母さんが何を思ったか、台所に行ってご飯を炊きはじめたじゃないの。しばらくしたら戸のすきまからご飯を蒸らす匂いがちょろちょろちょろちょろ入ってきてさ。そしたら世の中にはこんなこともあるんだねえ、あたしはまだ意識がふわふわしてて指一本動かせないのに、突然お腹の底から何かがぐーっと盛り上がってきたんだよ。その何かがまるで怒っている獣みたいに暴れ回って、止められないのさ。後で考えてみると、たぶん、あの獣が命だったんだろうね。あたしはそのときまで人の心と人の命は同じものだと思っていたけど、そうじゃないんだわ。心と命は別物なんだ。それから母さんが炊いてくれたご飯を狂ったみたいに貪り食ったら、さっきまで飢えて死のうと思っていたのに、十人で食べてて九人死んでも気づかないくらいおいしかったのよ。でも、その後食べすぎて出るものも出なくなっちゃって、ほんとに死にそうな目に遭ったんだけど……」
彼女はこう言って久々に私を笑わせた。

第2巻『虫の話』より
「仮睡」抜粋
イ・チョンジュン
斎藤真理子訳
事故が起きたのは一年前です。私は三年前から木浦・ソウル間のE急行列車を運転しておりました。あの列車の上りは、午前十一時に木浦を出て二十時にソウル駅に到着することになっています。ですから事故が起きた雲平駅近くを通過するのは、おおむね十九時ちょっと過ぎということになります。そしてあの列車は水原で停車した後は永登浦まで止まりませんので、雲平駅はもちろん通過してしまいます。列車に乗って駅を通過したことのある方ならおわかりでしょうが、駅を通過するときにはスピードをちょっと落としますよね。ところが雲平の場合は、駅に入る手前で短いトンネルを通ります。トンネルを通過する際にもスピードを落とすので、自然と、トンネルを出た後も列車はゆっくり走ることになりますね。私はいつもトンネル通過時のスピードのままで雲平駅を通過することにしていました。トンネルから駅の出入り口の信号までの距離は五百メートルほどになりますか。事故はその間で起きたのです。この路線を運行するとき、トンネルを抜け出すころに一つ必ず気になることがありました。いつもそこの線路上を、雲平で仕事を終えて帰宅する男が列車に向かって歩いてくるんですよ。ご存じのように線路上の歩行は禁止されていますし、しかもトンネルを抜けた地点は駅からかなり離れていて、付近に人家もありません。わざわざそこを通る人なんかいませんよ。その男一人だけでした。私はその人のことがいつも気になっていました。トンネルを抜けるとすぐに線路上に現れるその男は、特に怖がってもいない様子で、体がほとんど巻き込まれるぎりぎりのところで列車をよけて後方へ流れていくのです。顔も上げず、いつも黙々と歩いていましたね。汽笛を鳴らしてもあわてて線路から出る様子がないのです。トンネルを抜けたとき最初に見える彼の位置は、そこにいたら間違いなく列車に巻き込まれてしまう地点です。ですから私は汽笛を鳴らすのですが、彼はその音が聞こえないみたいにただそのまま近づいてきて、いつよけたのかもわからないまま、列車の尻の方へ消えていくんです。多分、こっちに接近しながらほんのちょっとずつ線路から離れてはいたんでしょうな。むしろ、私の方が狭い路地に割り込んでいくような気持ちになったりしましたよ。とりわけ、湿気が多くて霧が出やすい夏の夕暮れなど、トンネルを抜けるとすぐに彼の姿がぼんやりと線路に浮かび上がるので、私は霧の中に見え隠れするその人のためにずっと汽笛を鳴らしつづけなくてはなりませんでした。雲平村の人たちは、その人のせいでふだんの倍は汽笛を聞いていたと思います。

第3巻『副市長は赴任地へ行かない』より
「副市長は赴任地に行かない」抜粋
イ・ホチョル
斎藤真理子訳
ことは間違いなく起こったのだ。しかし何がどう起こったのかは要領を得ないまま、ただ頭の中でガンガンガンガン何かを棒でぶったたく音だけが、さらに大きく、さらに快速で鳴り響いている。気がつくとキュホは不惑らしくもなく、ガムをくちゃくちゃ噛みながら電車に乗っていた。草梁で降りるとちょうど向かいのラジオ屋から、大音量の「反共を国是の第一として」というやつが飛び出してきた。彼はその音にぎょっとして路地へ逃げ込んだ。その通りだ、その通りだとも、としばらく心の中でつぶやきながらひっそりした路地の端まで来るとハンカチを取り出し、額の汗を拭いた。
午後三時ごろ、キュホはとあるゴミ箱の横にぼんやりしゃがみ込んでいた。車が二、三台出入りできる広めの路地である。ひんやり湿って落ち着きのある道で、両側には高いレンガ塀があり、塀の上には尖った鉄の棒が矢のように立っていて、その一帯の裕福さをうかがわせる。どの家の門にも「番犬注意」という札が出ており、金持ちの家はだいたいそういうものだが、外に面した門は頑強に閉鎖され、中の世界は想像さえ及ばない。腹の中からしょっちゅうゴロゴロ音がして、ときどきよじれるような痛みがあり、そのたびにキュホはまた顔をしかめる。すると向かいの家の門から、六十歳近いと思われる太った老人が、毛のふさふさした犬を一匹連れて出てきた。初めは犬の毛を撫でてやっていたが、いつの間にか犬と向き合っていたずらをしかけている。そのいたずらというのがとても奇妙だった。犬の耳をつかみ、犬の目玉が自分の方をまっすぐ向くよう強制するのだ。何て奇妙なことだとキュホは両目を丸くした。だが犬の方でも人間の目をずっとまともに見ているのはきまりが悪く、照れくさいのか、微妙にはにかみ、そろそろと目玉を回して顔を背ける。すると老人はさらにやっきになって顔をあちこち動かし、犬の視線と自分の視線が合うように努めるのだ。くすくす笑いながらそんなことをやっている表情はグロテスクな熱気さえ帯びていた。むしろ犬の表情の方がはるかに淡々として人間的で、野獣のように笑いつづける老人の方がけものではないかという錯覚を覚えた。
*** ためし読みはここまで!***
◾️韓国文学クラシックス 特設ページ
https://www.kawade.co.jp/kankokubungaku/

第1巻
パク・ワンソ 斎藤真理子編訳

第2巻
イ・チョンジュン 斎藤真理子訳

第3巻
イ・ホチョル 斎藤真理子編訳






















