単行本 - 外国文学

『むずかしい女たち』(ロクサーヌ・ゲイ 小澤英実/上田麻由子訳)訳者あとがき

訳者あとがき

 

『むずかしい女たち』Difficult Womenの作者ロクサーヌ・ゲイは、二〇一四年のエッセイ集『バッド・フェミニスト』(野中モモ訳/亜紀書房)を機に、世界中から注目を集める文化的アイコンになった。ポップ・カルチャーから政治、人種、アイデンティティにいたる多彩なトピックを、明晰に力強く、誠実かつチャーミングに論評した『バッド・フェミニスト』は、中西部の小さな田舎町に住んでいた(そしていまも住みつづけている)ゲイを一躍スターダムに押し上げたが、今回、日本での初めてのゲイの小説となるこの短篇集で、ゲイは前著とは異なる小説家の顔を見せている。ここに収められているのは、性、身体、欲望、レイプ、トラウマといったものの隠された暗部を深々と覗き込む、痛みに彩られた物語ばかりだ。
 difficultという形容詞を人に対して使えば、「頑固で気むずかしい」「扱いづらい」という意味になる。本書のタイトルも、第一義には、〈面倒で、厄介で、周囲が扱いづらい女たち〉という意味があり、そこに生きることがむずかしい、〈困難に直面している生きづらい女たち〉の姿が重ね合わされている。ゲイはオンライン版『ヴォーグ』のインタビューのなかで「女たちを扱いづらくさせているのは、彼女たち自身ではなく、周囲の環境なんです」と言い、さらに「扱いづらいというのは、自分の意見をしっかり持っているということだ」とも言っている。本書の物語に登場する女たちはみな、窒息しそうな空間のなかで、空気を求めてあえいでいる。人生の途中で、自分にとって大切な何かが、取り返しのつかないかたちで損なわれ、奪われ、失われた経験を抱えている。なかには瀕死の女たちもいて、本当に死んでしまった少女たちもいる。本書には「broken」(壊れる、ばらばらになる)という言葉が頻出するが、ここに登場する女性たちは、粉々に砕けてしまった自分をなんとか支えていたり、すんでのところで自分を繫ぎ止めていたりする――その方法は、端から見れば、いかに自罰的で、愚かしく、痛々しかったとしても。
 本書を通して読むと、それぞれの物語がゆるやかに繫がりあうように、再帰するモチーフに気づく。前述のインタビューのなかで、ゲイは「作家にはオブセッションがある。かたちを変えて、何度も何度も同じ物語を書いてしまうことがある。それは自分自身のヴォイスを見つけたことを意味する」と述べている。ゲイにとっての大きな主題/オブセッションのひとつは、レイプだ。ここに収められた物語には、ゲイ自身の体験が色濃く投影されている。ゲイは十二歳のとき、少年たちに集団でレイプされた経験を公表している。その経験は、聡明で可愛らしい少女を、少女のその後の人生を、永遠に変えてしまった。フィクションであれノンフィクションであれ、ゲイの書くものはすべて、そうした性と暴力の問題を核としたフェミニズムに支えられている。昨年から「レイプ・カルチャー」(レイプが常態化し、被害者より加害者を優遇するような、性暴力に寛容な社会的風潮)という言葉がよく聞かれるようになり、#MeToo、#WeTooのムーヴメントが高まりを見せているが、たとえば『バッド・フェミニスト』に収められた「性暴力の軽率な語りかた」という、ウェブでの発表当時話題になったエッセイが二〇一一年三月に書かれているように、性暴力への問題意識が現在のように高まる以前から一貫してレイプ被害の当事者として発言してきたゲイの言葉には、確固たる使命感に支えられた説得力と重みがある。
 またどの作品にも直接的には明示されていないが、作中の語り手や主人公の多くは有色人種の女性で、その事実は物語のあちこちに影を落としている。自伝的エッセイ『ハンガー――(私の)からだについての回想録』Hunger: A Memoir of (My) Body(二〇一七)のなかには、本作に登場するエピソードのいくつかが彼女自身の経験として登場する(たとえば電話だけで決めた引っ越し先の大家さんから「電話じゃ黒人だってわからなかった」と言われたという、「ノース・カントリー」のエピソードなど)。ゲイの両親は十九歳でハイチからアメリカに移住してきたが、ゲイが生まれ育ったのはアメリカ中西部のネブラスカ州オマハであり、家庭は裕福で、彼女は名門イェール大学に進学している(両親の期待に応える「良い子」でいることに限界が来て、ドロップアウトして失踪してしまうのだが)。そうした従来の人々が思い描く移民像とは異なる出自が、本作における人種や階級の複雑な機微にあらわれているといえるだろう。またそれに限らず、ここに収められた物語はいずれも、アメリカのいまを映し出している。二回目の南北戦争が起きた架空のアメリカを舞台にした「気高いこと」の元となるヴァージョンは二〇一四年の夏に書かれたが、国家が分断され、人々が分断され、州境にそってフェンスが築かれるその世界は、メキシコとの国境に壁を築くと公約で述べたトランプ大統領の到来を予見したかのようである。

 もうひとつゲイの小説について触れておきたいのは、その大きな魅力が文体にあることだ。シンプルな言葉とリズミカルな短文を基調とし、そこに韻と言葉の反復を混ぜる。それがしだいに文章にチャントのようなうねりを生み出し、読む者を包み込む。英語圏のレビューでも、文章の美しさを評するものが多い。翻訳でそれをどれほど伝えられたかは心許ないが、ゲイの文章にはそんな魔術的なよさがある。文体や主題の取り方にはヘミングウェイやカーヴァーとの近さを感じるが、男くさい文学というイメージのある先達のスタイルを受け継ぎつつ、ゲイが女性たちの物語を書いてくれたということが、訳者のひとりとしては嬉しくてならない。たとえば「壊し尽くして」は、カーヴァーの「ささやかだけれど、役にたつこと」を思い起こさせるような素晴らしい作品であると思っている。
 ゲイ自身、自分はまずもって小説家であると述べており、四歳の頃からレストランのナプキンに絵入りの物語を書きはじめて以降、つねに作家になるという夢にむけて努力をつづけてきたという。大学院で創作を学び、大学で教鞭をとりながら雑誌に寄稿し、二〇一一年に短篇集Ayitiでデビュー。二〇一四年には初の長篇An Untamed Stateを発表し、NAACPイメージ・アワードの小説部門にノミネートされた。短篇作家としても、本書に収録されている「ノース・カントリー」は二〇一二年のベスト・アメリカン・ショート・ストーリーズに、「ついていく」が二〇一四年のベスト・アメリカン・ミステリー・ストーリーズに選ばれるなど、短篇作家としても評価を受けている。アメリカ文学では長篇と短篇どちらもいけるという作家はそう多くないが、ゲイの場合、本書にあるような超短篇も含めて、長さもジャンルも(「フロリダ」のような現代社会を鋭く切り取るリアリズムから「ガラスの心臓に捧げるレクイエム」や「暗闇の犠牲」といった幻想的な物語に、「気高いこと」のようなディストピア小説まで)自在に飛び越えていく。さらにいえばゲイの執筆活動は、小説、エッセイ、ノンフィクション、マーベル・コミックスの原作、女性同士の性愛を描いたアダルトノヴェルに映画の脚本、そしてツイッターなどソーシャル・メディアへの深いコミットメントまで、ひじょうに多岐にわたる。ゲイの本領は、そのレンジの広さにあるといっていい。生活の拠点であり、教鞭を執るパデュー大学のあるインディアナ州ウェスト・ラファイエットとパートナーが住むというカリフォルニア州ロサンジェルスとを行き来し、講演やプロモーションであちこちを飛び回りながらエネルギッシュに執筆を続けるゲイは、いまもっとも目が離せない作家のひとりとなっている。

 ゲイの物語を深く理解して共訳してくれた上田麻由子さん、本書の企画段階から粘り強く併走してくれた河出書房新社編集部の松尾亜紀子さんに感謝します。訳文は全員で細かくチェックして全体の統一をはかりましたが、なにか問題があったとすれば、それは私の責任です。また本書に登場するスペイン語表記の一部は、柳原孝敦さんに確認していただきました。記して御礼申し上げます。
 最後に、この世界であえいでいるすべての「むずかしい女たち」に安息の日が訪れることを願いつつ(断じて「死んだ少女たち」としてではなく!)、本書を手にとって下さったみなさんに心より感謝します。

 

 二〇一八年十月 
訳者を代表して 小澤英実 

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著者

ロクサーヌ・ゲイ

1974年ネブラスカ州生まれ。ハイチにルーツを持つ作家・大学教授。初エッセイ集『バッド・フェミニスト』がベストセラーとなり、米を代表するオピニオンリーダーとなる。最新作『ハンガー』。

小澤 英実

1977年生まれ。アメリカ文学、文芸評論、翻訳家。訳書にエドワード・ P・ジョーンズ『地図になかった世界』。

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