単行本 - 日本文学

【プロローグ公開!】花田菜々子『シングルファーザーの年下彼氏の 子ども2人と格闘しまくって考えた 「家族とは何なのか問題」のこと』【発売前にゲラプレゼント!!】

「風が強い……!」
「大丈夫ですか?」
 歩きながら話す。
「あの、Nさんの本、読みました。面白かった」
「おお、よかった」
「面白かったし、多分私たち似てるんだろうなって」
「うん、それは僕も思った」
「私の人生のテーマも多分ずっと『自由』で、自由であることを求めてて、普通に生きられないことを子どもの頃からずっと悩んでいたので」
「ほんとうに自由な人は、とらわれないから枠を気にせずに生きられるし、普通の生き方が困難なくできる人も、枠を意識することなく生きられるだろうし。僕らはちょうど境界線の上にいるんじゃない」
「うん」
「僕らみたいなのだけが、ただ息をしているだけで何度も『普通』の枠に何度もぶつかって苦しむから、枠の存在を意識せずには生きられないんだろうね」
「あと、本屋で働くことで、自分のままで生きられるようになったところも、同じだと思う!」
 風にかき消されないように大きい声で言うと、なんだか馬鹿みたいで恥ずかしかった。でもNが振り向いて「そうそう」と笑ってくれたのでほっとした。

 

 シャッターを閉め始めている商店街と細い路地を通り、大きな道路を渡って繁華街へ。雑居ビルの4階にあるお店に入る。やっと無風の空間に逃げ込んで、ぼさぼさになった髪を直したりしていると、もうすでに古い友人のように身体がなじみ始めるから不思議だ。
「Nさんは飲む人?」
「飲もうと思えばいくらでも飲めるし、飲まなくても平気」
「じゃあほどほどにたくさん楽しく飲もう!」
「俺、この聞いたことない名前のお酒にしよう」
 乾杯して適当に食べ物を注文する。
「似てると思ったところ、他にもあって。インタビューとかで、よく、出版業界は不況と言われていますが、とか、本が売れない時代と言われていますが、って、締めの質問としてよく聞かれるでしょう? Nさんも、その話が自分にはしっくりこないと本の中で書いてたよね。私も苦手で」
「ああ、あれ! そう、苦手、っていうか、業界を変えようとか思ってやっているわけじゃないから答え方がわからない」
「期待されてる言葉がどういうものかはわかるけど、言うと嘘が混じるようで申し訳なく思う」
「自分のやりたいこと、やってるだけだもんなあ。自分と、目の前にある本のことで精一杯」
 大人になって、社会性を少しは身につけ、生きづらさは薄まった。自分と違う意見を持つ人との出会いはむしろ発見の連続で面白い。でも、自分にとって当たり前の感覚について話すたびに、驚かれたりして、何度も詳しく説明しなきゃならない挙句あげく、でもどうして? どうしてそんなふうに思うの? と少し否定的なニュアンスで聞かれ続けることは時に疲れる。議論も少しなら楽しいけど、受け入れる気がない人に答えるのは疲弊ひへいする。
 お酒をおかわりしながら、本屋のことや、人生のこと、どうでもいいことをあれこれとNと話すうち、普段は折りたたんでいる羽のすみずみまでを伸ばせるような感覚が身体の内にめきめきと宿っていった。

 

 実際に会うまでの何往復かのメールのやりとりの中で、Nは私の本への共感と併せて、異性と恋愛やセックスを伴わない関係を築きたいのに、そのことを周囲の第三者に伝えてもなかなか理解してもらえない、と書いていた。

「東京に、家に泊めてくれる女友達がいます。恋愛にしたいと思っているわけじゃないし、家に泊まってももちろん何も起こらない。けれど、そのことを人に話すと、『そんなわけがない』『意味がわからない』と言われることが多く、最悪の場合は『セックスしてあげないなんてかわいそう』とまで言われる。こういう人たちこそ意味がわからないし、人間関係の可能性を狭めていてもったいないと思う」

 

 私もそれについては同意見だったし、返信として「じゃあ今度東京に泊まるときにはぜひうちにも(笑)」などと軽く返してそのままになっていたのだが、その後実際に会う話になって「東京に行く日、ほんとうに泊めてもらってもいいですか? でも無理しないで大丈夫なので」と聞かれた。メールで感じている人柄から判断して問題ないような気もするが、実際に会ってみてめちゃめちゃめんどくさい人だったら憂鬱だな、と思い、ちょっと迷った挙句に「近所に彼氏が住んでいるのでやめておく」と返事してしまった。
 Nからは、もちろん、といった雰囲気で、
「彼氏さんいるならそのほうがいいかも! ホテルとか取らないので多分どっかの漫画喫茶にでも行きます」
 という返事が来てこの話は終わった。
 肩の荷が下りるような安堵もあったが、そういえば若い頃は男友達の家に泊まったり、逆に家に泊めたり、ということがけっこうあったなあ、と思い出し、歳をとったのを感じるようでもあり、自分の守りの姿勢をちょっとさみしくも感じた。どっちなんだ。
 それで、Nには言わないまま、成り行き次第でうちに泊まってもらえばいいか、ホテルも取らないみたいだし、と勝手に心で決めていた。

 

 従来の恋愛に対しての懐疑は、私とNの共通のテーマであるらしく、考え方もかなり似ていた。
「俺は、もう恋愛はいいかなと思ってて。ないほうが、むしろ楽しい」
「私もそう思う……って、彼氏がいる立場で言っていいのかわからないけど。ひとりの人と特殊な関係性を築くことの面白さはわかるんだけど、それが性欲や独占欲や嫉妬とか、あと一生の約束をする、みたいな事象と当たり前に結びついてないといけないっていう話になると、ちょっとわからなくなるんだなあ」
「それはすごくわかる。あと、俺の場合は関係を持っちゃうと興味が失せちゃうような感覚もあって、面白いと思った人とそうなるのがもったいないっていう感じ」
「ああ……、あの感情はなんだろうね。さめてしまうのも嫌だし、逆に執着してしまうことも面倒で。その執着も『ほんとうの愛』みたいなところからかけ離れたものだってこともわかってて。その人の全てを受け入れなきゃ、と勝手に自分を追い込んで、そのくせ『でもこういうところは嫌』と粗探しをしてしまったりするから」
「急にハードルが上がるんだよね。だから可能性は感じたいけど、ないほうが楽しい。しないほうが、相手により踏み込める感覚もあるし。みたいなこと言うと、昔はよく草食系男子、とか言われたりしたけど、全然違うんだよなあ」
 ラストオーダーの時間であることを告げられて、お互いの顔を見る。

「どうする? もう少し飲む?」
「俺は大丈夫、何時まででも。その辺の漫画喫茶泊まるつもりだから終電も関係ないし。でもそれなら花田さんの家の近くで飲んだほうがいいか。花田さんの家の最寄り駅に漫画喫茶ってある?」
「やっぱりうちに泊まっていいよ、うちで飲もうよ」
「え? だって大丈夫なの?」
「まあ大丈夫じゃない?」
 自分のついた嘘のあれこれが面倒だったので、適当に言い捨てて店の外に出る。お酒が程よくまわって、夜風が気持ちいい。駅まで向かおうと道を知っている私が誘導しながら歩くが、Nの歩き方はフニャフニャしていて頼りない。小さい子どもを連れて歩いているときの感覚に似ている。背だけ伸びてしまった中学生のようなオーラ。そして『ライ麦畑』の主人公の男の子みたいなしゃべり方。
「俺、次に出す本、もう考えてるんだよね」
「どういうの?」
「俺はずっと死にたいって思ってたけど、ちょっとずつ生き延びるコツがわかったっていうか。だからもう多分この先ずっと生きれる。それまでは自分を殺して、普通じゃなきゃいけないって、とにかく窮屈だったのよ。そこからどうやって〈適応する〉って意識で日常を組み立ててきたか。そのことを書きたい。タイトルはね、そのまんま……適応力! ははは」
「そのタイトルの新書、もうありそうじゃない?」
「検索してみるわ!」
 電車に乗り、最寄駅で降りて、途中のコンビニでお酒とおつまみを買って、公園沿いの道を歩いて帰る。風はさっきよりも強くなって、視線の先に、誰も乗っていない一組のブランコが暗闇に揺れている。もう生きられる、と笑うNの言葉は嘘ではないと心から知っているのに、どこまでも追いかけてくるような影がちらついて、なぜか胸が痛んだ。
 知り合ったばかりなのに変な感覚だけど、Nのことをまるで双子の片割れのように感じていた。私もずっと死にたかったし、きっと同じような理由で、生きていることが苦しくて、でもどこかで生まれ変わって、それから今日までそれぞれ生きてきた。こんなに「同じ」人がいたこと、その人に今夜こうやって会えたこと。「似ている」ってただそれだけで、自分の痛みが減るわけじゃないし、これからも別々に自分の荷物を背負って生きていくだけのことなのに、どうしてこんなに救われるのだろう。

 

 あんなに熱に浮かされたように話し続けていたのに、部屋で缶チューハイを開けてしまうと、もっとたくさん話さなきゃ、という焦りに近い感情は和らいで、やさしい時間が流れていた。たくさんの新しい情報はもうそんなにいらなくて、ただの、目的のないキャッチボールみたいに、真ん中に投げて、真ん中に投げ返すだけの会話のやりとりを続けた。
 キッチンに立って、Nに背を向け、冷凍庫から氷を取り出してグラスに入れる。今日、もしセックスしようと誘いかけたらできるのではないか。断られる可能性もあるけど、でも、そう仕向けてもし受け入れられたら、それはそれでけっこう楽しい時間になるんだろうな。と、そこまで想像して、これってやっぱり人を馬鹿にしていることなんだなと思う。結局そういうもんでしょ? って見下すような。あきらめのような。
 安心してくれ。お互いの好意も、親密さも、ささやかな性欲も、私はそんなふうに使ったりはしない。といって、どこか別の場所で、軽はずみに一夜を過ごす男女の友情があったとしても、そのことがセックスの介在しない友情に比べて劣っているというわけでもないのが難しいところだが。
 普通の顔で部屋に戻り、変わらずにぽつぽつと話し続け、2時を過ぎたくらいで聞いた。
「もう眠い? そろそろ寝る?」
「うーん……横になったらすぐに寝ちゃいそうな気はする」
「寝ようかあ」
 お客さん用の布団を出して、枕とタオルケットを渡して、電気を消してそれぞれ横になったら、Nの言ったようにすぐに眠気がやってきた。足の向こうからNの声が聞こえる。
「部屋広いね、これで家賃っていくらくらい」
「7万5千円」
「俺はねえ、2万8千円」
「安すぎ」
「住むところ、こだわりないんだよ、食べるものも、着るものも」
「そんな感じするよ」
 どうでもいい会話を最後に静かになって、あれ、寝たかな、と思うのと同じくらいに自分も眠りに落ちていった。
 朝起きると、もうNは身体を起こしていた。起こしつつ、寝ていた。
「おはよう……寝れた?」
 開ききらない目を無理やり半分だけ開けて聞くと、Nも目と口がまだ開かないみたいで、無言でピースサインを出して笑っていた。ミッキーマウスのTシャツ姿で、ただ朝日を浴びていた。

 Nと駅で別れたあと、お礼のLINEが届いた。「ありがとう、楽しかったです、また来ます」というだけの簡潔な内容で、こちらも同じ気持ちを伝えた。ただそれだけの一往復のメッセージだけど、何となく何度かスマホを開いては見返した。記念写真を見るように。
 Nと会えてよかったな、と思う。どこかでこの人が生きているのだと思うだけでうれしい。心が通じ合ったと思えたし、仲良くなれたと思ったけど、もうしばらく会わないとしても、困らないし苦しかったりもしない気がする。5歳児くらいになった私たちの魂だけが、いっしょに夜のブランコでただ遊んでいられたらいい。私に必要なのはそれだけだった。
 誰かに理解してもらわなくてもいい。確実にここにあるのは、私がお守りのような何かを受け取った、私はそれを大事にして生きていくということだけだ。

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1400円(税別)
46判/224ページ
2020年3月下旬発売予定

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