単行本 - 日本文学

細部から暴力

血と肉
中山咲 著

 

 

細部から暴力

 

[レビュアー]山崎ナオコーラ

 

細部がきらきらしている。中山咲さんの『血と肉』は、ひとつひとつのシーンの書き方が丁寧で、「わあ、こういう描写で来たか!」という驚きで溢れる。おそらく、中山さんが自身の読書体験の中で小説の細部に何度も助けられながら生きてきたからに違いない。上手いなあ、上手いなあ、と唸りながら私は読み進めた。

わたしは耳を傾けながら、ときおり、ガラスのテーブルに目を走らせていた。ふちは黄ばみ、水拭きしたあとが、はっきりと残っていた。

こういう文が的確な箇所で繰り出される。小説を読むとき、大きな構造を摑み取ろうと夢中になるだけでなく、連続する細かい描写に痺れ続けるせいでページをめくる指が止まらなくなることがある。中山さんの小説には、そういう魔力が宿っている。素晴らしい。
デビュー作の『ヘンリエッタ』でも、細部は光っていた。丁寧な家の描写が、ぐっとくる細かい設定が、完璧なタイミングで出てくる。
「的確で上手い」。でも、その「細部の優等生」からもう一歩進んで、型を崩してでも、読書の気持良さを壊してでも、人間臭さを出そうとチャレンジしたのが『血と肉』なのかもしれない。
読み進めるに従って、中山さんが人間性をさらけ出して何かに挑もうとしている姿勢がひしひしと感じられるようになっていく。
小説に助けられながら生きていると、つい、頭ばかりが大きくなってしまう。
だが、実際の私たちは頭だけで生きているわけではない。本ばかり読んでいる人でも、動物を殺し(あるいは殺させ)、食事し、排泄し、精子を奪い(あるいは精子を注ぎ込み)、血まみれで子どもを産み(あるいは産ませ)、内臓をボロボロにさせて死ぬ。指も血液も頭の存在と同じくらいに私自身だ。
既婚者との恋愛によって妊娠したみつみは会社を辞め、「コート・ダジュール」という、海沿いにある寂れたラブホテルに職を求める。住み込みで働き、オーナーの頼子さんらと、ホテルの中で人間関係を築いていく。頼子さんは宗教に勧誘してきたり、お金に細かかったり、人間らしさでいっぱいだ。
肉を食べる人と食べない人のことが何度も書かれる。これは生物としての生を受容できるかできないかということの喩えだろう。多くの人間が、「頭だけを使って、清らかに生きていきたい」という思いを抱いている。だが、汚い欲望や、思い通りにならない肉体から離れることは難しい。それでも離れようと努力し続けるか、あるいは汚い自分を受け入れるか。
血まみれの汚い自分を受け入れたときに、何かが始まるのかもしれない。『血と肉』を読んで、私もそう考えるようになった。年を取るのも悪くない。成長して汚くなり、子供を産んでもっと汚くなり、人と関わってさらに汚くなり、ボロボロになって死ぬ。そんな人生が怖くなくなってくる。

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著者

中山咲

1989年岐阜県生まれ。2006年、高校在学中の17歳の時に、『ヘンリエッタ』で第43回文藝賞を受賞しデビュー(選考委員:角田光代氏、高橋源一郎氏、藤沢周氏、保坂和志氏)。本作が2冊目の単行本となる。

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