単行本 - 日本文学
63歳、史上最年長受賞、渾身のデビュー作ーー第54回文藝賞『おらおらでひとりいぐも』刊行記念特別企画「受賞スピーチ全文」
若竹千佐子
2017.12.05
主婦から小説家へーー63歳、史上最年長での文藝賞受賞、渾身のデビュー作
『おらおらでひとりいぐも』が発売となりました。
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74歳、ひとり暮らしの桃子さん。
おらの今は、こわいものなし。
結婚を3日後に控えた24歳の秋、東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように、故郷を飛び出した桃子さん。
身ひとつで上野駅に降り立ってから50年――住み込みのアルバイト、周造との出会いと結婚、二児の誕生と成長、そして夫の死。
「この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」
40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で、ひとり茶をすすり、ねずみの音に耳をすませるうちに、桃子さんの内から外から、声がジャズのセッションのように湧きあがる。
捨てた故郷、疎遠になった息子と娘、そして亡き夫への愛。震えるような悲しみの果てに、桃子さんが辿り着いたものとは――
青春小説の対極、玄冬小説の誕生!
*玄冬小説とは……歳をとるのも悪くない、と思えるような小説のこと。
新たな老いの境地を描いた感動作。第54回文藝賞受賞作。
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刊行を記念して作成したフリーペーパー(全国書店で配付中!)より、贈呈式での著者による「受賞スピーチ全文」を特別公開します。
文藝賞贈呈式 若竹千佐子受賞スピーチ全文
文藝賞選考委員の皆さま、選考に関わってくださったすべての皆さま、またここにおいでの大勢の皆さま、皆さまを前にして私は夢でも見ているのではと、私はこんなに幸せでいいんだろうかと、足がすくんでおります。
もう一生私の小説が日の目を見ることなどないんだろうな、と思っていました。それでももうここまで来たんだから最期まで小説を書いていこうと、書いて私の自己完成を目指そうとそれで悔いなしと思っていたところで、文藝賞の最終選考に残ったというお電話をいただきました。それからの私をご想像ください。もうほんとうにほんとうに幸せでした。
私は自分でも不思議ですが、何の根拠があるわけでもないのに、私は小説を書くのだと、書くべき人なのだと子供のころから思っておりました。地元の教育学部に進みましたから、そのころ、人格の陶冶だの自己変革だのという言葉が普通に飛び交っていて、私も人が変わっていく姿を書こうと思ったのですが、ところが、どうやったら人が変わるのか全く分からない。何をどう書けばいいのか全く見当がつかなかったのです。
と言って苦心惨憺歯噛みして生きていたわけではありません。小説の二文字は常に頭にありましたが、私はその時々を元気に楽しく生活に没頭しておりました。
長く生きてみて人生いいことばかりじゃなかったという実感はあります。でも、振り返って自分の生き方に一つの一貫性を見つけたとき、私はやっと私の小説のテーマが見つかったような気がするのです。
63歳、遅い出発のようですが、私にはきっと必要な時間でした。
小説の神様がいるなら、私の小説の神様は何と気長に粘り強く待っていてくださったと思わずにはおれません。
63歳にしてやっといただいたプロの小説家としてのチャンスですが、焦らず、私が生きてきた中での実感を手ごたえのある言葉で語っていきたいと思っています。
私の小説の師である根本先生は、小説を書き終えてもたまには小説の主人公に会いに行きなさいと言われます。
私も桃子さんだけでなく、やあやあと遊びに行ける場所を増やしたい。
これからどんな主人公が表れるか、まだ見当もつかないけれど、まだ見ぬ主人公たちと心の中で共同体を作るというのはほんとうにワクワクする仕事です。
と同時に、今私がどんな社会で生きているのかという問いを疎かにしてはいけないと思っています。社会に向ける目線と心の探求とをふたつながら大切にしつつ小説を怠けず書いていこうと思っております。そのことをお誓いして今日の謝辞とさせていただきます。
本日はほんとうにありがとうございました。
若竹千佐子
2017年10月23日
於・山の上ホテル
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今回ご紹介の受賞スピーチや試し読み、各所からの絶賛の言葉が収録されたフリーペーパーは全国書店で配布中です。(こちらでも読めます)
★特別公開中!「絵と文でよむ、主人公・桃子さんの74年」はこちらから
書店店頭での目印はこちらの表紙!ぜひお手にとってご覧ください。
※店頭配布の開始時期はお店によって異なります。
※フリーペーパーには数に限りがございますので、品切れの際はご容赦ください。