単行本 - 日本文学
人気の警察小説シリーズ「戦力外捜査官」最新作! 第5弾『破壊者の翼』試し読みを公開
似鳥鶏
2017.12.22
テレビドラマ化もした人気の警察小説シリーズ!
推理だけは超一流のドジっ娘メガネ美少女警部とお守役の設楽刑事の凸凹コンビが難事件に挑む!
〜〜「戦力外捜査官」シリーズ第5弾〜〜
『破壊者の翼』試し読み
**第1弾の試し読みはこちら**
**第2弾『神様の値段』の試し読みはこちら**
**第3弾『ゼロの日に叫ぶ』の試し読みはこちら**
**第4弾『世界が終わる街』の試し読みはこちら**
*cakesで第1弾全文掲載中!【まもなく終了】 こちらからぜひお読みください。
試し読みはこちらから↓
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一千數百年の歷史を犠牲に供するといふ思想、日本國民が苟且にも、斷じて爲すべからざる祖先墳墓の地を湖底に沈める悲壯なる決心は、只、帝都御用水の爲めに、大東京市民繁榮への犠牲こそ、我等は死して卽ち世を救ふの大乘思想に出逹して、此の決心がついたのである。
(旧小河内村長 小澤市平氏)
チヨスイチトイツテドンナモノガデキルノカワタシハ、ヨクシリマセンガココガ、ミヅウミノヤウニナリトウキヤウノハウノヒトタチノノムオミヅトナルサウデス。
センセイカラモウヨクオハナシヲキキマス。コノガツカウヤ、センセイヤオトモダチトワカレルノハホントニイヤデス。
(西尋常小學校一年 原島タカエ)
──『小河内村報告書 湖底のふるさと』より
* * * * *
1
普段生活している時には全く意識したことがなかったのだが、部屋の白い壁紙には確かに、うっすらと一直線に継ぎ目があった。そこに沿ってカッターの刃を当てる。継ぎ目の存在に気付かないほど綺麗に貼られている壁紙がこんなやり方で剥がれるのかと思っていたが、意外なことに、動画サイトで見た通りにカッターの刃を倒して差し込むと、白い壁紙はそりそりそりそりそり、と小気味よく剥がれてべろんと丸まった。刃を深く差し込んで慎重に動かし、少しずつ壁紙を引っぱっていく。だが途中から面倒になってきてべりりと大きく引き剥がした。別に壁紙を再利用するつもりはない。剥がして壁面が確認できればそれでいいのだ。
──えーこちら渋谷です。先程から始まったゲリラ豪雨ですが、もう、まさに突然でして、すでにこうして、排水口が一部溢れそうになっています。現在新宿周辺、渋谷周辺、それから六本木周辺まで非常に激しい降り方になっておりまして、駅前には急いでタクシーに乗り込む人の姿も見られます。
傍らのテレビの中で、リポーターが興奮した声で喋っている。まさにここのことだ、と思う。横の掃出し窓越しにベランダの外を見ると、四階から眺める街は灰色と白でまだらにけぶっていた。むこうにいつも見えていたはずのタワーマンションが目を凝らしても見えない。その手前のオフィスビルはかろうじて見えたが猛雨でけぶっている。排水口をきちんと掃除しているはずのベランダに「水面」ができているのを見て恐怖を感じ、思わず掃出し窓を開ける。途端に、雨音というより「シャワーの音」「洗車場の音」に近い土砂降りの音響と、周囲で弾けた細かい飛沫が顔にぶつかってきた。これはひどいと思ったが、その瞬間、予想外にも豪雨はさらに激しくなった。雨の音はすでに水流というか滝壺を思わせる重い低音に変わっている。どどどどど、という音に合わせて部屋が振動しているようでもある。不安に駆られ、今度は掃出し窓を閉めてテレビを見る。アマチュアが撮ったらしき揺れ方で、ビル街の上空を蹂躙する積乱雲の映像が映し出されている。
──これは視聴者の方から提供していただいた映像です。積乱雲が成長してゆく様子が映っています。先日の天気予報でも積乱雲の発生は予想されていましたが、電話で問い合わせましたところ二十分ほど前、環状八号線上空の映像だそうです。
窓を閉めても屋根を叩く雨音の重低音が聞こえている。屋根が抜けるのではないか。というより、このまま雨に圧し潰されるのではないか。
とっさに浮かんだその不安が全くもって非科学的な杞憂だということを理屈では理解している。築年数は古いが鉄筋コンクリートのマンションである。そもそも雨が何かを「圧し潰す」ことなどありえない。
テレビの音声と豪雨の重低音の狭間でエアコンがカタカタと音をたてている。とにかく、作業をしていた壁の前に戻った。この雨ならまあ、仕方がないのかな、とも思う。
壁紙の下端、ちょうど今剥がしている部分の真下あたりにできた茶色の染みはますます大きくなり、床にできた水溜まりも確実に存在感を増していた。雨漏り。これまでも雨が降ると同じ場所にうっすらと染みができていて、もしやこれはと思っていたのだが、家が雨漏りする、などというのは貧しい昭和の時代の出来事で、まさか二十一世紀の現代にそんなことはあるまいと、よく考えれば全く根拠のない決めつけで無視していた。しかし今日のこの豪雨。染みが一気に広がってきたため雨漏りの事実は決定的になり、さりとて業者を呼んでもすぐにはどうにもならない。とにかく壁の中の状況を見ようと、動画サイトでやり方を確認しながら壁紙を剥がしている。
足元まで一気にべりりと壁紙を剥き、思わず顔をしかめた。壁紙の下は白い石膏ボードだったが、予想していたよりずっと大きな範囲が茶色いマーブル模様になっている。動画サイトをもう一度確認し、カッターで石膏ボードにも切れ目を入れていく。これに穴を開ければコンクリートの壁本体が見えるはずだった。
──えーただいま東京都心で大変強い雨が続いております。雨の範囲はこれから東に移動する見込みだということです。このまま続きますと冠水のおそれなどもありますので、都心にいらっしゃる方は警報等に注意してお過ごしください。
石膏ボードの床近くの部分を大きめに四角く切る。差し込んだカッターの刃を起こすと、ぼそりという感触とともにボードが外れた。携帯の懐中電灯アプリを起動して露出したコンクリートを照らしてみる。床を見てぎょっとした。すでに水が溜まって池のようになっている。
壁のコンクリートを照らすと、稲妻のような亀裂が縦に一筋、くっきりと見える太さで走っていた。やはりここから雨漏りしていたのだ。
築三十五年と聞いて最初は不安を覚える部分もなくはなかったのだ。だが経験上、賃貸住宅の綺麗さは築年数ではなく直近のリフォームがいつだったかで決まる。この物件は入居直前にリフォームされたばかりで、築三十五年で家賃が安い割に内装も外壁も綺麗で、得な物件だったはずなのだ。それが。
床に顔を近づけ、亀裂がどのくらいの長さなのかを見ようとした。亀裂はずっと上、暗闇の中まで続いていた。おそらく天井まで続いている。そこから滴が伝い落ちてきている。
雨漏りの原因は分かった。だが。
亀裂は本当にここだけなのだろうか、と考えて背筋が冷える。綺麗な壁紙で隠されているだけで、すべての壁が似たような状態なのではないか。壁だけではない。柱にも亀裂が走っているのではないか。だとすれば雨漏りどころの話ではない。地震でもあれば、この建物ごと崩壊する可能性すらあるのではないか。
四周の白い壁を見回し、理不尽なものを感じた。騙されたと思った。つやつやとワックスで磨かれた焦げ茶色のフローリング。真っ白な壁紙。しっかりと硬いドア周り。見た目はこんなに綺麗なのに。
薄板一枚むこうがこんなことになっているなんて、気付きもしなかった。
窓の外を見る。雨脚は一向に弱まる気配がない。もしかして、ここだけではないのではないかと思う。向かいのあのビルも。隣のあのビルも。その隣も。彼方のタワーマンションでさえ、壁紙一枚剥がしたら、中はどうなっているか分かったものではないのだ。コンクリートは堅牢な物質だし、施工業者は工法を工夫し、安全性に気を配っている。だがそれでも、三十年、四十年経つ建物が、都内には無数にある。
というより、そもそもこの街並みがいつまでも不動であり続ける、ということ自体が、根拠のない思い込みなのかもしれない。
豪雨に打たれながら、コンクリートの密林は耐え忍ぶように沈黙を続けている。
* * * * *
2
腕に何かが当たる感触を覚えてそちらを見ると、助手席の古森警部が高宮の肘をつついていた。何か変化があったかと思い、高宮はとっさにフロントガラス越しに視線を走らせる。狭い歩道、車通りの少ない車道を走り抜けるトラック。壁を寄せあって立ち並ぶ左右の建物。異状は見当たらない。
古森を見ると、古森は「違う」と穏やかに言って、人差し指でハンドルを叩いた。高宮はそれでようやく、自分がハンドルを両手で握りしめていたことに気付いた。手を放し、やれやれまたかと苦笑して溜め息をつく。
「……どうも、慣れません。こういうのは」
「俺もだよ。この歳になってまさかの初体験だ」
言葉を交わしながらも、二人は前方の早稲田通りから目を離さない。道はまっすぐであり、二人が車を停めているコインパーキングからはある程度の見通しがきく。問題の路地に入る人間を見落とす可能性は万に一つだったが、その万に一つに備えるのが警察官の職務である。
──こちら中杉通り一号車。路地に一名入りました。七十から八十代とみられる女性一名。黒地に白い柄のシャツ、茶色のスカート、臙脂の手押し車を押しています。不審な動きなし。
──本部了解。路地班各員、対象が現場に入る様子を見せた場合、警戒しろ。老人だが、手押し車に現金を入れて持ち去るか、路地内外でひったくりに見せかけて被疑者に受け渡す可能性もある。現場で現金を回収するところを確認した場合、路地班ですぐ押さえろ。
──了解。
路地の中、最も現場に近い位置に配置された特殊犯捜査係の連中が油断なく無線でやりとりしている。現れたのは七十代以上の、手押し車を押した老人。おそらくは無関係なただの通行人だろうが、それでも彼らは油断しない。高宮たちもだった。犯人がどんな手を使ってくるか分からない以上、老人だというだけで見過ごすことなどできない。
高宮はわずかに視線をそらしてカーナビの時計表示を見る。十四時二三分。犯人の指定した時刻からは二十三分が経過しているが、現場に置かれた五千万円の現金にはまだ動く様子がない。ただ単にすぐ動く気がないだけなのか、それとも張り込みに気付いて回収を断念したのか。前者であってくれと高宮は祈る。我慢比べなら、警察はどこにも負けない。特に捜査課は毎日の業務がそもそも、獲物が近くを通るのをひたすら待つ、猫の狩りのようなものだからだ。
現在、路地に入った老人が無関係なただの通行人なのか、それとも犯人の用意した囮か何かなのかは分かっていない。老人の動向を注視する必要はあるが、そちらにばかり気を取られてもいられない。やりにくい時間がしばらく続いたが、中杉通り一号車から報告があってから約四分後、路地班の他の者から続報が入った。
──路地Bより本部。先程の老人ですが、路地で左折、民家に入りました。
──本部了解。警戒を続けろ。
やはり外れだ。だがここで緊張を緩めてはならない。高宮は早稲田通りに目を光らせたまま呟く。「……来ませんね」
「今の婆さんが突然百メートル十二秒で走り出す可能性も、なくはなかったんだがな」
古森が応える。どの程度冗談なのかは分からない。だがいつもならもう少し穏やかな顔をしているはずの古森の表情が硬い。高宮同様、本件の犯人が厄介な奴なのではないか、という疑念を抱いているのかもしれなかった。古森ほどではないが高宮にも、警察官としての経験からくる勘がある。その勘は捜査対象者が「何かある奴」なのか「無関係な奴」なのか、追っている線が「当たり」なのか「外れ」なのか、そして担当している事件が「普通の事件」なのか「厄介な事件」なのかを、それなりの確率で嗅ぎ分けることができた。その勘が、本件の犯人は「厄介な奴」かもしれないと告げている。犯人検挙までの道筋を何通り想像してみてもしっくりこないのだ。
今から約四十九時間前になる七月二二日午後一時頃、警視庁に110番の入電があった。通報してきたのは八王子市に住む三井陽子氏(三七)。内容は「夫が誘拐された」というもので、犯人は被害者である三井将司氏と引き換えに現金五千万を要求してきた。
通信指令センターは通報を受理すると、誘拐事件専門の直通回線を用いて所轄及び警視庁捜査一課特殊犯に緊急連絡を飛ばした。本部の動きは迅速だった。誘拐事件は人命が関わる上、外見上、警察の「勝ち」「負け」が分かりやすく、しかもそれがそのままマスコミに流れるいわば「生放送」の事件である。失敗は許されず、同時期によほどの大事件が起こっていない限り警察がリソースを惜しむことはない。誘拐事件を担当する第一特殊犯捜査から一係・二係及び応援の三係までが総動員された他、殺人や強盗などを扱う強行犯捜査からも応援人員が出され、警視庁は万全の布陣で、身代金の受け渡し場所に近い野方署に捜査本部を設立、本部に控える越前憲正刑事部長の指揮のもと、現場指揮を担当する進藤捜査一課長と第一特殊犯捜査の貞兼管理官が、前線本部となった被害者宅に詰める態勢をとった。
だが、進藤捜査一課長も貞兼管理官も表情は厳しかった。犯人は、陽子氏に対する身代金要求をSNSで行っていたのだ。
身代金目的略取・誘拐の件数はここしばらく増えていない。もともとこの種の犯罪の検挙率は十年以上「百パーセント」が続いていたところに、電話網のデジタル回線化が済んだため、現在では被害者の近親者に身代金要求の電話をかけた時点で犯人の居場所が分かり、通話記録も残る。それは公衆電話でも同様であるし、プリペイド式携帯電話は購入に身元確認が義務付けられ、簡単に手に入れられなくなった。身代金を要求する、という時点で困難なのだ。
だが、今回の犯人は陽子氏への連絡手段としてSNSを指定してきた。大抵のSNSは指定した相手と一対一で、非公開のやりとりをする機能がついている。犯人は誘拐された将司氏の携帯から陽子氏の携帯へ、目隠しをされ縛られている将司氏の画像と、アクセスすべきSNSのURLを添付したメールを送り、そこにアクセスしてきた陽子氏とSNS上のメッセージサービスでやりとりする、という方法を選んだのだ。特定の基地局を経由し、GPSで常に端末の位置情報を発信している携帯電話と違い、パソコンは現在地が掴みにくい。捜査本部はすぐさまプロバイダに情報開示を請求、犯人側の発信が港区内にあるネットカフェの端末からされていることを突き止めたが、捜査員が該当店舗に急行しても犯人の姿はなく、ネットカフェの端末が遠隔操作されていることが分かっただけだった。
現在、港区のネットカフェの方も特殊班の捜査員が調べてはいる。遠隔操作するためには何らかのマルウェア(コンピュータウイルスを始めとする、悪意あるソフトウェア)を当該端末に感染させる必要がある。つまり犯人が、端末に直接マルウェアをインストールするため店舗を訪れている可能性があったからだ。だが現在のところ、ネットカフェの店舗から遺留品や目撃証言は得られていない。応援のサイバー犯罪対策課員がネットカフェ端末を遠隔操作した端末の特定を急いでいるが、それもまだ成果をあげていない。指揮を執る進藤捜査一課長は身代金受け渡し現場を押さえる方針に転換し、五千万円の現金を用意した。身代金目的誘拐事件の場合、警察は銀行に協力を要請して現金を用意することになっている。
犯人の要求は、指定された「ゆうパック」の白い手提げ袋に現金五千万円を入れ、本日十四時、陽子氏が一人で指定の場所にそれを置いてくることだった。指定された場所は中野区大和町四丁目、泉光山蓮華寺の墓地。そこにある「光田家」の墓石の上に紙袋を置け、という指示だった。二十三分前の段階でそれは完了し、現金五千万円は現在、犯人の指定した場所に置かれている。だが犯人は、まだ現れない。
身代金目的誘拐という犯罪において、犯人逮捕の最大のチャンスは身代金授受の瞬間である。ことに本件においてはネットカフェでの聞き込みやSNSのアクセス記録から手がかりが全く得られていない以上、ここで直接身柄を押さえなければ、もう犯人を追うすべがなくなる。それを知っている進藤捜査一課長は捜査本部の人員ほぼすべてを現場近くに投入していた。
現在、蓮華寺周辺には特殊犯捜査と強行犯捜査の捜査員約二十五名が張り込んでいる。現金を置いた墓地の出入口、周辺の路地、表の街道、蓮華寺の協力を得て境内には僧侶に扮装した捜査員まで配置している。犯人が逃走した場合に備え、路地と街道に四輪及び二輪車両計八台が待機し、その多くは高宮たちの車両のように、企業のロゴを入れて営業車を装うなどして隠れている。特殊犯はもとより、強行犯捜査からも張り込みの腕がいい者が選別されている。それだけでなく、墓地内には超小型の監視カメラが複数台設置され、その映像は本部で監視されている。身代金が置かれた墓地の周囲五百メートルの路地。その中にいる人間の動向はすべて監視される。ここは捜査本部の張った蜘蛛の巣だと言ってよかった。この網を突破して現場に接近し、身代金を持って脱出するなど不可能。そのはずだった。
それでも、運転席から早稲田通りを見張る高宮は漠然と不安を感じていた。自分には身代金目的誘拐事件の捜査経験がない、ということだけが理由ではない。この犯人はおそらく、携帯電話の位置情報から居場所を特定されてすぐに捕まるような間抜けではなく、かなり周到で慎重に行動する厄介なタイプだからだ。遠隔操作したネットカフェのパソコンでSNSにアクセスするという連絡方法をとり、そのネットカフェ周辺に全く痕跡を残さず、身代金を置く墓石の名前まで指定したということは、かなり入念に現地の下調べをしている。この場所を指定したのも計算だろう。蓮華寺の周囲は車がすれ違えないような細い路地が毛細血管のように入り組んだ地域であり、見通しが悪く人通りの少ない、張り込みに不向きな場所だった。加えて周囲は早稲田通り、中杉通り、環状七号線という三つの道路が走っており、蓮華寺から逃走した犯人が迷路状の路地をどう通ってどの通りに出るのか、想定されるコースが多すぎて予測がつかない。
だが、と高宮は思う。入り組んだ細い路地でスピードが出しにくいのは犯人側も同じはずであるし、これだけ慎重な犯人なら、周囲に捜査員が多数張り込んでいることも予想しているはずだった。それなら犯人は、墓石の上から身代金の入った袋を回収した後、どうやって逃走するつもりなのだろうか。例えば犯人が逃走のために囮を金で雇っていたとしても、周囲を固めているのはそれにまんまと群がるような素人ではないし、囮自身に袋の中身を持ち逃げされる危険もある。
考え込んでいる高宮の隣で、古森が口を開いた。「一つ、気になったんだが」
「……何です?」
「なんで奴さん、身代金の袋を墓石の『上に置け』って指定したんだろうな。『横に置け』じゃ駄目だったのか? 墓地には無関係の一般人も来る。墓石の上に置いといたら怪しく見えるだろう。仏様に失礼だってんで善意で下ろしちまう奴もいるだろうし、その過程で中身を見られる危険もある」
古森は顎を撫でながら半ば自問する調子だったが、高宮の頭には一つの懸念が小さく灯った。まさか……。
突如、無線機から捜査員の狼狽した声が響いた。
──路地Aより本部。不審なドローンが現場に接近中。指示願います!
「……ドローンか!」
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続きは本書にてお楽しみください。
祝デビュー10周年!似鳥鶏さん特別メッセージ
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