単行本 - 日本文学
俺はプロゲーマーになる。絶対にゲーム界のヒーローになるんだよ|期間限定公開『俺の残機を投下します』スピンオフ/ステージ0 第二話
山田悠介
2020.06.08
ヒットメーカー・山田悠介、感動の最新小説
『俺の残機を投下します』
2020年7月14日(火)より全国順次発売!
著者「新境地」と評された大ヒット作『僕はロボットごしの君に恋をする』(以下、『僕ロボ』)から3年。河出書房新社は、人気作家・山田悠介の最新作『俺の残機を投下します』を2020年7月14日より全国順次発売いたします。
落ちぶれたプロゲーマー一輝に奇跡の出会いが待っていた。一輝は巻き起こる事件を乗り越え大切な人を守ることができるのか? 大ヒット『僕ロボ』から3年、ミリオンセラー作家が放つ感動大作!
発売を記念して、物語のプロローグとなるスピンオフ作品「ステージ0」を特別公開!
(全5篇、8月末までの限定公開)毎週1話更新
各界のトップクリエーターが集結!
PVプロジェクト進行中
特設サイトはこちら
http://www.kawade.co.jp/zanki/
ステージ0 ―十六歳、出会い―
山田悠介
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<2>
見上げると、やけに澄んだ空が広がっていた。
雲はどこにも見当たらず青く輝いている。真上に浮かんだ太陽の光が燦々と降り注ぐ。どこからか爽やかな風が吹き抜けていった。
「いてて……」
そんな五月晴れの空の下、多摩川沿いにある川崎市立川濱高校の中庭で一輝は空と正反対の気分でイラついていた。
中庭には噴水がありその周りにいくつかのベンチが並んでいる。一輝はそこに独りで座り、イヤフォンで音楽を聴きながら購買で買ってきた総菜パンを齧っていた。
しかしかぶりついた焼きそばパンのソースが口の中にしみる。パンを呑み込んでから唾を吐くと、そこには真っ赤な血が混じっていた。
昨日の放課後、行きつけのゲーセンでマネーマッチを繰り返した。いつになく好調で連戦連勝。十連勝目前というところであのクソリーマンと対戦した。
やり込んでいるゲーマーだろうが所詮は素人だ。ゲーム開始早々は圧倒的に自分が有利だった。それなのに、絶対に防げるはずのない必殺技をなんらかの不正な操作で回避して反撃してきたのである。
俺があんな奴に負けるはずがない。
そう思ったとたん一輝の身体はいつのまにか動いていた。年上だろうが関係なく飛びかかり大喧嘩になってしまったのだ。周りで見ていたギャラリーや店員、さらに警察までやってきて大混乱になってしまったのである。
結局、事の発端である一輝と、対戦していたスーツ男が警察署まで連れていかれこっぴどく叱られた。店の機材を壊したためマネーマッチで稼いだ金は店に没収されてしまった。店長は、本当ならこんな額では済まない。被害届を出されないだけ感謝しろなどとほざいていた。せっかく稼いだ金なのに。しかも自分だけ弁償させられたのも気に食わない。
一輝は自分からしかけたことを棚に上げて毒づいた。
おかげで今日は猛烈な金欠である。顔には盛大に絆創膏が貼られていた。
家は母子家庭で母親は夜の仕事に出ている。いつも帰りは明け方で、一輝が学校に行く時間には当然寝ている。中学生だった三月までは給食だったが四月からは弁当だ。しかし母は弁当など作る余裕はない。一輝は入学以来ずっと購買のパンでお昼を済ませていた。
しかし今日は焼きそばパンと肉まんだけだ。金がないから飲み物も買えない。好きな歌でも聴いていれば少しはイライラも収まるかと思っていたが、アップテンポな曲はかえって興奮してしまう。
あの野郎、今度会ったらただじゃおかねえ。
パサついたパンを強引に咀嚼する。口の中に痛みが走るたびに、昨日の苦い記憶が甦り一輝のイライラは募るのだった。
ところがそんな一輝の目の前に何かが差し出される。
慌ててイヤフォンを外すと頭上から声が聞こえてきた。
「イライラにはカルシウム――」
ベンチに座ったまま見上げると逆光で顔が影になっている。
一瞬誰だか分からない。しかし風が長い髪と制服のスカートを揺らしている。目が慣れてくると、そこにはどこか見覚えのある女子が佇んでいた。
比較的背が高い。目鼻立ちの整った白い卵形の顔が一輝を覗き込んでいる。
しかし入学早々だというのに学校をサボってゲーセンに入り浸っている一輝は名前が思い出せない。彼女の手には牛乳のパックが握られていた。
「はい、牛乳。カルシウムいっぱいだよ」
そう言われてようやく思い出した。クラスの学級委員長・小橋結衣(こはしゆい)だ。
小橋が牛乳を一輝の横に置く。それを見て頭に血が上った。
「は? お前喧嘩売ってんのかよ」
一輝は小橋を睨んで気色ばむ。
しかし小橋は相手にしない。
「ほら、やっぱりカルシウム不足」
そう言ってクスクス笑いながら横に座ってきた。
学校に来たとき一輝はいつも独りで昼を過ごしている。サボってばかりだから友達もいない。いきなり声を掛けられて調子が狂う。
「ねえ、それ何聴いてんの?」
小橋は言いながらイヤフォンを指さした。
ベンチの上に置いたスマホでは無料動画サイトを開いている。最近見つけたお気に入りのMVを聴いているのだった。
ここ最近人気が爆発しているバーチャルシンガーの新曲『畢生よ』である。誰もが知るカリスマ・アーティストが作詞作曲した歌を、透明感溢れる声で歌い上げるのだ。
このMVを知ってから過去の曲もたくさん聴いた。どれもクールでカッコいい。
しかし一輝の心をわし摑みにしたのはこの新曲だった。
アップテンポでアグレッシブなメロディだがどこか哀しげな雰囲気を帯びている。その雰囲気は一輝の今の気分にピッタリだ。曲も、歌詞も、そしてタイトルでさえ胸に響く。
これは俺のことだ。俺のための歌だ。そう思った。
ゲームの試合前にこの曲を聴くとテンションが上がる。モチベーションを保つのにうってつけのため、一輝は最近繰り返し聴いているのだった。
しかし、親しくもないこいつにそんなことを教えるつもりはない。
慌ててスマホをポケットにしまうと、無視して焼きそばパンをもう一口齧る。小橋は諦めたのか話題を変えてきた。
「その絆創膏、昨日のゲームセンターでの喧嘩でしょ? たまたま見かけたよ。学校サボって通ってるんだってね。休んだらダメじゃない」
急に説教モードになってくる。
何様のつもりだ。俺に指図とか百年早ええわ。
「ねえ、聞いてるの?」
「うるせえな、お前に関係ねえだろ!」
盛大に舌打ちすると、差し出された牛乳を置いたままベンチを立った。
「俺はプロゲーマーになる。学校なんてくだらねえ。絶対にゲーム界のヒーローになるんだよ!」
小橋の視線を背中に感じる。しかしそれを無視して歩み去った。
最悪。なんだあの女――
イライラする。
もう午後の授業はサボろう。
一輝はパンを齧りながら校門のほうへ歩いていった。