単行本 - 日本文学

爆弾、そして逃亡と裏切り。映画監督・三宅唱が評する「活劇」文学――早助よう子 著『恋する少年十字軍』

 

 これは活劇だ。という言葉に今ようやく、ひとまずたどり着いたのだが、これまでの道のりを。まずは一度読み通して、本を読むのってこんなに疲れるっけ、というのが最初の感想。感想というよりも肉体的な実感。一日中外にいてなんとか終電に飛び乗ったときのような。
 早助さんがあとがきで「逃げる」と書いている。確かに登場人物たちの行方を追ううち、いつも見知らぬ土地に連れて行かれた。そのせい? あるいはどの小説でも誰かが「闘う」から? ふと「労働」が頭をよぎる。本作で何度か目にする一語だ。労働して疲れる話だっけ? いや、主人公たちはみな労働から疎外されていた。不景気、まだ幼い、そして女であることを理由に。いったい何を読んで疲労したのだろう?
 おそらく「アクション」を目撃し続けたからではないか。これは、疾走や銃撃だとかのド派手な運動に限らない。例えば以下。
 戸をあける。煙草に火をつける。手を握る。帽子を取り出して紐をぎゅっとしめる。腕をひっぱる。雪のふき溜まりの硬さを確かめて上に乗る(『少女神曰く、「家の中には何かある」』)。
 ひざを抱えて座り込む。とっさに身をよじり、テーブルの下をのぞく。親指の爪で眉毛をごしごし掻く。両手に顔を埋める。肩に手をまわす(『恋する少年十字軍』)。
 映画話で恐縮だが、一般的に脚本では動きを示すト書きは最低限に抑えられている。撮影現場で役者と監督とがどのように動くのかを段取る。演出の自由を発揮する時間だ。飛び跳ねてもいいし腕を組んでもいい。そうした動きの流れを総じて芝居と呼ぶ。芝居が物語を駆動させるのか、物語が芝居を駆動させるのか。いずれにしても、物語と芝居とが有意義に面白く結びついたものを私は「アクション」と呼びたい。そして「アクション」の連続で出来あがった塊を活劇と呼ぼう。例えば森﨑東『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』。
 早助さんの、セリフの前後の身体の反応の演出にいちいち目を見張った。そして、手を握るから、肩に手をまわすから、ドーナツの砂糖がついた指を舐めるから、パジャマを脱いで靴下を穿くから、物語が前進する様を目撃した。「アクション」はとりかえしがつかない。もう引きかえせない、世界は変わったという感触が強く残る。そんな体感が妙な疲れの正体ではないか。
 妙な、と添えるのは、二度と起き上がれないような重さは不思議とないからだ。どの小説も、戦時下のユーモアのような言葉に心支えられながら読み進めているうち、終盤にはいつも、まるで出発地点のような光景が広がっていた。それは、ある「アクション」がそこで演出されているからではないか? 『非行少女モニカ』のラストもすごいが、『犬猛る』のラストカット。あなたはある小さな「アクション」を目撃する。僕はその直後、確かに疲れていたはずなのに、パン!と本を閉じると同時に思わず立ち上がった。

 

初出「文藝」2020年冬季号

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著者

三宅唱

映画監督。84年生。Netflixオリジナルドラマ『呪怨:呪いの家』

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