単行本 - 人文書
『和食とうま味のミステリー』刊行記念対談:北本勝ひこ×石川雅之(「もやしもん」)
北本勝ひこ
2016.04.21
『和食とうま味のミステリー:国産麹菌オリゼがつむぐ千年の物語』刊行記念対談
北本勝ひこさん(東京大学名誉教授)
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石川雅之さん「もやしもん」
麹研究の権威が、サイエンスの立場から和食の歴史をつづった書籍「和食とうま味のミステリー」が発売になりました。
農大を舞台にした大ヒット漫画「もやしもん」の著者・石川雅之さんに、カバーイラストを描いていただいたことから、刊行を記念した対談が実現。
東京大学農学生命科学研究科の北本先生の研究室での対談の様子を報告します。
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北) はじめまして。わざわざ研究室までお越しいただきありがとうございます。「もやしもん」のファンなのでお会いできて嬉しいです。
石) こちらこそはじめまして。書籍刊行おめでとうございます。今日はよろしくお願いします。
北) 今回、一般向けの書籍を出すのははじめてなんです。企画当初から「石川さんにイラストを描いてもらいたい」と話していたんですよ。内容が真面目なぶん、カバーを可愛くしてもらって手に取りやすくなりました。やはりカバーは大切ですね。
石) そう言ってもらえると嬉しいですね。
●「もやしもん」連載のための勉強中に、北本先生を知りました。
北) 「もやしもん」のアイデアはどうやって浮かんだんですか?
石) 歴史モノ、団体劇、群像劇が好きだったので、このあたりを描きたいと考えてたんです。ただこのジャンルはライバルが多い。他とかぶらずに現在の群像劇を描くとするならどうするか。そこで思いついたのが農学部です。外から見るとブラックボックスですよね。何をしているのか分からない(笑)
北) 取材はどんなふうに?
石) 当初、図書館で本ばかり読んでいたんですが、いまいちよく分からない。厄介な世界に足を踏み入れてしまったと思いましたよ。
そこで某農大醸造学科に取材を依頼しました。取材当日、たまたま編集者が体調を崩し、デビュー前の自分が一人で伺ったのを覚えてます。快く引き受けてくれたことに感謝ですね。
北) 取材は役立ったわけですね。
石) いや、それが困りました。先生の話をお聞きして知識は増えましたが、リアルな農学部の様子がつかめない。
そこで学生食堂に出向くようにしました。白衣の学生がご飯を食べながら話している学校内のことや先生への愚痴など、生の会話に聞き耳を立てたんです。俄然こっちのほうが面白かったですね。リアルな農大生が観察できたんです。それからは学食で勉強するようになりました。
ただ学生だけ描いていても決め手に欠ける。何かキャッチーなものはないか。そして「菌」にたどり着いたんです。菌、発酵、日本酒に関わるものにしようとまとまったのは連載開始直前でした。
北) はじめに種麹屋を主人公にしようとして、それから舞台を農大に決めたんじゃないんですね。
石) そうです。まず農大ありきです。
そうなると、次は酒蔵を取材したくなりますよね。当時大阪に住んでいたんですが、和歌山の高垣酒造場さんが「今日でもいいよ」と言ってくれたのでさっそく伺いました。お酒の勉強はそこがスタートです。
北本先生は元醸造試験所研究員でらっしゃいますよね。全国の酒蔵を回られてきたと思いますが、高垣酒造場さんには?
北) すいません、和歌山は弱くて、よく知っているのは初桜酒蔵くらいです。高垣酒造場は面識がないです(笑)
石) 最初はなにもわからず、おんぶに抱っこ状態でした。お話を聞かせていただいた皆さんに感謝しております。
そんなとき北本先生のことを知りました。「麹菌オリゼは、毒を持つ野生種フラブスから日本人が品種改良したものだ」というのには驚きましたね。そしてNHKの番組で初めてお顔を拝見しました。
編) NHKスぺシャル「和食 千年の味のミステリー」ですね。ツイッターで話題になっていたとか。
北) 研究室に「もやしもん」オリゼの人形を飾っていたのですが、収録中、監督の柴田さんが移動させたんです。あとから考えれば、背景に映りこむように狙ったんですね。
それを見た「もやしもん」ファンが、ツイートしてくれたようです。
石) 僕も拝見しました。柴田さん、ありがとうございます(笑)
●「もやしもん」大ヒットの衝撃
編) 北本先生はどのような形で「もやしもん」を知ったのでしょうか?
北) 学生から聞きました。農学部を舞台にした面白い漫画があると。
読もう読もうと思いつつなかなか雑誌の連載は読めなかったのですが、たしか2009年頃、当時出ていた単行本を一気に買って読みました。
初めて読んだときは衝撃的でしたよ。菌が見えるという独創的な発想はもちろんですが、本編はもちろん、欄外の情報も正確で、ものすごく勉強されているなと思いました。農大出身の方かと疑うほどでしたが違うんですよね。
石) ええ、まったくの素人でした(笑)
北) 読者にも元研究者だと勘違いしている人は多いんじゃないでしょうか(笑)
編 学生さんに「もやしもん」の影響はあったでしょうか。
北) もちろんです。いまの学生は、そういうことを直接言ってくることは少ないですが、それでも「もやしもん」のファンで私の研究室を志望しました、という学生は多かったですよ。隠れファンを合わせればすごい数じゃないでしょうか。高校生でも「火落ち菌」というマニアックな菌を知っているのには驚きました。
石) アニメの影響からか、菌についてけっこう詳しくなってくれた小学生のファンの方もいました。
北) 昨年、横浜サイエンスフロンティア高校の生徒山本さんが、麹菌コロニーの研究でグランドアワードを受賞しました(JSEC:高校生科学技術チャレンジ)。
その後共同研究をして、高校生ながら日本農芸化学会で一般発表をしたんですが、山本さんも「もやしもん」ファンと言っていました。お母さんが好きだった影響で小学生のときに読んでいたそうです。「もやしもん」が学会に与えた影響は大きいと思います。昔、漫画は学問とは真逆の存在でしたけど、変わってきましたよね。
●醸造試験所研究員になったきっかけ
石) 先生はどうして麹菌研究者になったんですか?
北) たまに聞かれるんですが、初めは本当につまらない理由です。
学生のころから一直線に目指す人もいるんでしょうが、私は公務員試験を農芸化学という分野で受けたのがきっかけです。研究をしたかったので農芸化学系の研究所を探したところ、当時農林省の研究所と通産省の微生物工学研究所、そして規模はうんと小さくなりますが大蔵省の醸造試験所だけでした。前者二つは面接に行っても採用してくれなそうだったんですが、醸造試験所だけが採ってくれたわけです。
石) とはいっても、もともと日本酒はお好きだったんですよね?
北) そうですね。もちろん好きでした。でなければさすがに務まりません。
ただ仕事にしてしまうと、逆にプライベートでは飲まなくなりますね。吟醸酒の鑑評会では半日で400点くらい利き酒をするわけです。飲まずに吐き出すので酔うことはないのですが、終わるともう日本酒を見るのも嫌になります。
当時、家ではもっぱらビールでした(笑) 特にテニスの後のビールは最高でした。
石) (笑) それは意外ですね。
北) 良い日本酒が周りにゴロゴロ転がっているわけですから、当時身銭を切って日本酒を 飲んだ記憶があまりありません。おそらく多くの同僚たちもそうだったと思います。
よく考えるとこれは問題ですよね。鑑評会は明治から続いていて権威がありますが、きき酒する審査員には消費者目線が欠けている。この旨さでこの値段なら買ってもいいな、という感覚で審査をすることも大事ですから。
そんなふうに始まった研究者人生ですが、もちろん研究は面白いので、のめり込んでいきました。(続きはこちらです)
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