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【イベントレポート】少年十字軍はなぜ恋をしたのか? ――アナキスト、作家に訊く【早助よう子×栗原康】

恋する少年十字軍』を巡って、作者の早助よう子さんが政治学者でアナキストの栗原康さんとお話しました。実は、早助さんと栗原さんは長年のご友人。肩の力を抜いて、作品について、創作について、たっぷりお話いただきました。

 

*この原稿は、2020年11月22日におこなわれたオンラインイベント「少年十字軍はなぜ恋をしたのか? アナキスト、作家に訊く」を主催のtoi booksさんのご協力により活字化したものです。

 

* * *

 

■3万7000円を失ったふたり

 

司会 みなさまお待たせしました、恋する少年十字軍の刊行記念イベント、「少年十字軍はなぜ恋をしたのか ──アナキスト作家に聞く」を始めたいと思います。本日、ご登壇いただくのは著者である早助よう子さんと、政治学者の栗原康さんです。よろしくお願いいたします。

栗原 まず自己紹介ですかね。

早助 早助と申します。2011年にデビューをしました。えーと、そのくらいですかねえ、あまり言うことがなくて。栗原さんは?

栗原 僕は41歳で……、

早助 あ、わたしは38です。

栗原 早助さんもよく自己紹介で「ほぼ無職」とか書いたりしますけど、僕も近いですかね。

早助 そうですね。

栗原 週1回、山形の大学で非常勤講師をやってるんですけど、週6日は家にいて、ゴロゴロしながら、たまに文章を書く、そんな生活をしております。

早助 世間では類は友を呼ぶと申しますが。

栗原 知り合ったのって、2008年くらいですかね。もう10年……?

早助 うーん。

栗原 いつ知り合ったか、実はあんまり覚えてないんですよね。友人でもあり、たまに一緒に勉強会をやったり。あとは、旅行に行きますね。

早助 というのは、二人ともしっかり働いていないので、暇な時間と予算がちょうど同じくらいで。

栗原 ははは。安いところに3日、4日、行ったりして。僕、エッセイを書くことが多いんですけど、一緒に行った旅行の話を書いたり。たまに「小説家のY子さん」って出てくるんですけど、あれは早助よう子さんです。

早助 栗原さんのエッセイで「性格が悪い」と書かれているのが──

栗原 ……しまった、書かなきゃよかった。

早助 ──わたしです。

栗原 早助さんと共通の友人と毎年、沖縄に行くんですが、そこでよくトラブルに遭うんです。

早助 そう?

栗原 僕、沖縄、よく行くの失敗するんですよ。

早助 ああ、うまいこと失敗しますよね。

栗原 搭乗の機会を逃す、とか。成田空港、難しいんですよ。

早助 攻略がね。

栗原 peach、peachめ!

早助 一昨年は航空券を2便分、ムダにして、結局、沖縄に来られませんでしたね。

栗原 その次の年も、飛行機のチケット買ってたのに、前日朝まで飲んじゃって、朝方、ゲロッゲロに吐きまくって動けなくて。「出発時間だ!」とジーンズ履こうとしたら、気持ちわるすぎてコケて。それを見た一緒に住んでいるパートナーが、「栗原さん、いま行っちゃダメです」、「寝ろ〜」と。彼女はいい人で、僕が寝てる間に、飛行機のチケットを取り直してくれたんです。

早助 ああ。

栗原 僕のクレジットカード使ってですけど。

早助 機転が利きますね。

栗原 ありがたいです。それがちょっと高めの、3万7000円のチケットだったんです。

早助 当日券だから。

栗原 結局、那覇には夜7時くらいに着いたのかな。宿に着いて驚いたんですけど、場の雰囲気が若干、ピリピリしてて。

早助 わたし、泣いてたでしょ。

栗原 部屋に入ったら、「座ってください」って言われて。俺、最初、飛行機を逃して遅刻したことが怒られてるのかなと思ったんですよ。「楽しみにしてたのに」とか、そういうのかな、と。で、事情を説明したんですよ、「3万7000円のチケットを買い直してここまで参りました」と言ったら、早助さんがみるみる元気になって。

早助 あの時はねえ。

栗原 (頭を撫でる仕草をしながら)「よーし、お前」。

早助 「よーし、お前」とは言っていない。

栗原 ははは。

早助 実は、栗原さんが来る前に、財布を落としたんです。偶然、3万7000円はいってました。同じ金額を無駄にした人が来たと思うと、心が慰められて。

栗原 しかも、最初のチケット料金を入れたら、俺の方が損をしている。

早助 嬉しかったですよ、あの時は。

栗原 結局、財布はそのあと出て来るんですよね(笑)

早助 はい、お金もそのまま。拾ってくださった方がいて。那覇は良いイメージばっかりです。

栗原 俺も、三万七千円のチケット、高いな、と思ってしょんぼりしてたんですけど、早助さんに喜んでもらって、こんなに嬉しいことはなかったです(笑)

 

 

 

■バラックを作ったり、壊したり

 

栗原 じゃあ、作品の内容に入って行きましょう。今日は、僕の方で、気になる収録作品と、気になる箇所を選んできました。「恋する少年十字軍」「犬猛る」「ポイントカード」「非行少女モニカ」、の4作品です。

早助 まだ本を読んだことのない方もいると思うので、ざっくりとあらすじを紹介しますね。まず、表題作の「恋する少年十字軍」なんですけど、これは、「中年の域に差しかかろうとしている主人公が、自分探しの旅に出て、最終的には自分を無くして幸福になる」という話です。

栗原 すごい幸福ですね。今日はなんと著者の早助さんが、朗読してくださる、と。

早助 (うなずいて)させていただきます。では先に、どういう場面か、説明して行きたいと思うんですが……えー、これは自分探しの旅に出た主人公が、見知らぬ街で暮らし始めるんですけれども、そこで、散歩に出るシーンです。

 

雨は上がったが、まだ曇っていた。空一面にかかる雲は、ピンクがかった妙な色をしている。その彼方から、ごうっと低い音がする。橋を渡ると商店街だ。電気屋、布団屋、パン屋、中華料理屋、謎屋、米屋。比較的最近作られたのだろうか。どの店も歴史の厚みや味わいが少ない。誰かの頭の中だけにある空想の町、夢の町、そんな町を取り出してみました。中華料理屋の店先にかかった赤い暖簾も、まだ新しい。

出典「恋する少年十字軍」(『恋する少年十字軍』収録)

 

栗原 (拍手をする)

早助 栗原さんがここを選んだ理由は……?

栗原 率直にまず、うまいなと思って。名古屋って、僕も早助さんと一緒に行ったことがあるんですけど、共通の友人で、『夢見る名古屋』*1という本を出された矢部史郎さんという方がいて──

早助 わたしは嫌われてますけどね。

栗原 いやいやいや(笑)この文章の直前に「車社会」と書いてありますが、名古屋って、東京の路地みたいな人がごった返しているような賑やかさってないんですよね。矢部さんも書いているんですけど、「ヒト感」があまりないっていうか。車の街だから道路が広くて、車優先、経済優先で街ができているから、人が群れ集まるという場所があまりない。こういう雰囲気を、早助さんも、この1段落、2段落で、表現しているなあと。例えば、「どの店も歴史の味わいや厚みがない」という一文に、全部出ている。

早助 名古屋に失礼だよね。

栗原 ははは。

早助 わたし、名古屋は比較的よく作品の舞台にしていて。デビューして10年で、多作な方ではないんですが、それでも3作品、舞台にしています。名古屋って、ちょうどいいな、と思うんですね。旅行者として訪れた経験があるだけだし、歴史もそんなによくは知らないので、自分の中で一番ニュートラルな街というか。例えば、東京を舞台にすると、思い出とか、知っていることが出て来てしまうけど、名古屋は自分の中では書き割りみたいな感じで、自由に物語をのっけていける。名古屋にそもそもそういう要素があるのか、わたしがたまたま名古屋についてよく知らなくて書きやすいのかわからないけど──。

栗原 旅行してる時って、よく日記書いてるじゃないですか、早助さんは。日記を参考にして書いたりするんですか? それともそういうのは全部、うっちゃって──?

早助 あんまり、日記を参考に書いたりはしない。どうやって書いてるんだろうねえ。

栗原 ここを面白いと思ったもう一つの理由なんですけど、最後の方に「誰かの頭の中だけにある空想の町、夢の町、そんな町を取り出してみました」とあって、この文章を読んだ時、僕はププッと笑ったりしました。これは誰目線の誰の言葉なんだ、と。主人公でもないし、語り手の「あなたは──」って言っている人でもない。こういう文章がすごくいいなと思って。ところどころ出てくるんですよね、どっからこの文章出て来てるんだ?っていう文が。

 僕は、大学で文芸学科を教えていて、短篇小説を読む授業があるんですけど、町田康さんっていう作家がいるじゃないですか。たまたま名前の漢字が一緒で、親近感が湧いているんですけど。あの、僕、源氏物語が好きなんですよ。新潮社の文庫で、短編で源氏物語のいろんな章、「葵」とか、「若紫」とかを、現代の作家さんが現代語訳にしたり、自分でちょっと、物語を作ってみたりとかするのがあって。金原ひとみさんとか、島田雅彦さんとか、有名な作家さんが参加してるんですけど、僕は町田康の文章が一番読みやすくて。「末摘花」っていう*2

早助 あのコ、いいよね。

栗原 (うなずいて)ブスって言われてるんですけど、現代なら美人ですよね。話のネタとしても面白いし、町田康の文章のスピード感とか、グルーヴ感ってあるじゃないですか。それで源氏を語っているから全然違う世界に引き込まれる。いいな、と。町田康は、源氏物語を読み込んでいるんですよね、光源氏っていう人は永遠の愛とか美とかに惹かれて、「よっしゃ、セックスじゃあ」とか、「永遠の愛じゃあ」とか言うんだけど、だいたい失敗する。

早助 そんな人だっけ?

栗原 (うなずいて)どんどん、どんどん、口説いては失敗する。面白く読めるんですけど、途中で気づいたのが、初めから、答えって出てるんですね。光源氏は絶対に失敗する。それを悟った著者がストーリーを立てて、面白おかしく書いていく。最初は面白いと思って読んでいたんですけど、悟った視点からぜんぶきれいに著者目線で語られると、すごくくだけた言葉なのに、なんでこんなに上から目線で、「おまえ、セックスしても、絶対失敗すんぞ」みたいなこと、俺、言われてんだろうって──、

早助 「俺」は言われてないんじゃない?

栗原 そうなんですけど。比べると、(「恋する──」は)全然違うな、と。違う著者なんだから当たり前なんですが。「そんな町を取り出してみました」……誰だよ?! みたいな。こういう文章がを読むといつの間にか「上から目線」の語りが消えていくような気がしました。

早助 ……こう、道具箱があって(手で大きく四角を作る)、色々入ってて、道具箱の外にも道具があって、使えそうなものを引っ張ってきて……バラックを作ったのが、わたしの小説。

栗原 なんか、かっこいいっすね。

早助 どっかでバラックを作った、という話を読んで、ああこれ、わたしの小説の書き方と同じだな、と。でも、栗原さんも同じでは?

栗原 僕の場合だと、評伝を書くことが多いんですよね、大杉栄とか、一遍上人とか。ただ、彼らの場合、物語ってすでにあるじゃないですか。しかも、偉大な人として、いろんな人に論じられている。すでに評伝があったり。だから実は、建物はもうできちゃってる。

早助 例えば、伊藤野枝を生かす道は……ないんだろうね、評伝だから。

栗原 どっちかっていうと、建物を壊していく方ですかね。

 

*1 矢部史郎『夢見る名古屋 ユートピア空間の形成史』現代書館、2019年
*2 江國香織、角田光代ほか『源氏物語 九つの変奏』新潮文庫、2011年

 

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著者

早助よう子(はやすけ・ようこ)

1982年生まれ。2011年「monkey business」(winter vol.12)にて短篇「ジョン」でデビュー。著書に『ジョン』がある。

栗原康(くりはら・やすし)

1979年生まれ。著書に『大杉栄伝 永遠のアナキズム』『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』『働かないでたらふく食べたい』など。

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