単行本 - 日本文学

お笑いが好きだ。笑いをあきらめたくない。ーー『おもろい以外いらんねん』刊行に寄せて 

 

2021年1月27日、大前粟生さんの最新中篇『おもろい以外いらんねん』単行本が刊行されます。幼馴染の咲太と滝場、転校生のユウキという仲良し3人組が、笑いと傷をめぐって葛藤する10年間の物語。雑誌「文藝」2020年冬季号に掲載されるやいなや、「おもろい以外いらんねん、と何度でも声にしたい」「切なくて泣けて仕方ない」と感動の声がSNSに溢れた本作。単行本の刊行に寄せた大前さんの言葉をお届けします。

 

 お笑いが好きでよく劇場に観に行っていた。自分には考えもつかないフレーズやネタの展開に心から笑っていると生活や仕事上のストレスを忘れることができた。おもしろいネタやトークに、ただ笑うっていうことしかできないその瞬間は紛れもなくしあわせで、こんな風に文字にすると大げさに見えるけど、明日からもまた生きていけそう、なんて思った。

 

 そうやってお笑いに希望をもらいながらも、客席に座って私は緊張していた。「笑い」として行われるやりとりのなかに怖いものが混ざっていることがあった。わかりやすい言葉で言えばそれはハラスメントや女性蔑視や同性愛嫌悪だった。だれかを蔑むことで笑いを取ろうとしているのだった。男社会の危うさがもろに出ているようなそうしたやりとりは、個人的な体感ではネタよりも平場のトークや単独ライブでの幕間映像などに見受けられた。昔と比べると減ってきてはいるんだろうし、もちろん言うまでもなく、芸人さんたちもその辺り気をつけているだろう。矢面に立たされて大変だな、と思うことも多々ある。この文章を読んでいるあなたは、「嫌だったら観に行かなきゃいいじゃん」と思うかもしれない。私も自分自身に対してはそう思う。舞台上の芸人さんたちが笑っているやりとりを怖いと感じてショックを受けたくなかった。おもしろいネタをする芸人さんのことを嫌いになりたくなかった。

 

 劇場に行かなければいい。テレビも配信も観なければいい。私はそれで大丈夫だった。怖いと思うものを無視することができた。最近になって疑問視することができるようになってきたけれど、それ以前の私は怖いやりとりを笑ってきた。笑うということは、そのやりとりに加担するということだ。別に芸人さんだけじゃなく、「笑い」は私たちみんなに関係がある。笑いのなかで息をさせ続けてきた差別的なものをなくしていきたい。いま払うことのできるツケはできるだけいま払いたい。お笑いが好きだ。劇場に行って緊張なんかしたくないし、他の人にはそうあってほしくない。お笑いが好きだという気持ちをあきらめたくない。
お笑いへの好きの気持ちと苦々しい思いに揺れながら、『おもろい以外いらんねん』という小説を書きました。馬場リッチバルコニーというお笑いコンビが歩んだ十年間の話です。よかったらお手に取ってみてください。

単行本 46 ● 176ページ
ISBN:978-4-309-02940-5 
発売日:2021.01.27(予定)

幼馴染の咲太と滝場、高校で転校してきたユウキの仲良し三人組。滝場とユウキはお笑いコンビ<馬場リッチバルコニー>を組み、27歳の今も活動中だが――。優しさの革命を起こす大躍進作。

 

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大前粟生

92年生まれ。小説家。京都市在住。同志社大学文学部卒業。著書に『回転草』『私と鰐と妹の部屋』『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』がある。近刊『岩とからあげをまちがえる』。

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